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第1章 ディアス公爵邸編
第13話 激流する疑問
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いやいや。ここで動揺してはいけないわ、アニタ。
ゆっくりと深呼吸をしてから、私はルシア様に向き直った。穏やかな気持ちになれば、自然と表情もついてくるものである。けれど心臓の鼓動は嘘がつけないのか、脈打つ音がうるさく鳴った。
「申し訳ありません。私から提案したことなのに。それでは何をお話ししましょうか。やはり昨日の続きがいいですよね。中途半端でしたから、ルシア様もスッキリするのではないでしょうか」
私は捲し立てるように、矢継ぎ早に言い放った。これでは明らかに怪しい、といっているようなものだが仕方がない。私が養女になった話を蒸し返されないことも重要だが、いちばんは昨夜の出来事である。こちらを追及されないために、私は先手を打つことにした。
「確かに中途半端は良くないな。だが、それ以上の案件ができれば、話は別だ。そうは思わないか、アニタ」
しかし、それが通用するルシア様ではなかった。
『それ以上の案件』……と言いながらルシの部屋がある、目の前の建物に視線を向けられれば、嫌でも気づく。また、私の言っている意味が分かるな、と暗に聞いてくるルシア様の意図にも。
紛いなりにも私はルシア様の家庭教師としてディアス公爵様に雇われた身。それなりに頭はいいのだろうと、認識されているはずだ。そして幸いにも、今のルシア様は私がアカデミーの学生としか認識していない。
こんな意図も読み取れずに、首席だと思われるのは……私のプライドが許さないから、本当に助かった。アカデミーの名誉も守られた、かな?
そんなちっぽけな悩みを悟られないように、私は苦笑して見せた。あくまでも、昨夜の案件を追及されたくない、とルシア様に見せるように。
「そう、ですね」
「アニタが言ったように、私はスッキリするような話が聞きたい。もう一度聞く。昨夜はどこにいた?」
「……おそらくは、ルシア様の部屋に」
一瞬、自分でも踏み込み過ぎたか、と危惧した。けれど、こういうのは思い切りが大事とも言うし……あとはただ、静かにルシア様の言葉を待った。
内心は心臓が爆発しそうなほどだったのは、言うまでもない。
「では、アニタが、いやお前が魔女だというのは本当か?」
「それは私の問いに答えていただいてから、お教えします」
「何?」
「お忘れですか? 私は『おそらく』と申し上げました。それはルシア様が昨夜、どちらにいたのか強く追及されたからです。私自身、合っているのか自信がなかったため、お答えできずにいましたが、それほどまでに言われれば、憶測で答えるしかありません。だからルシア様も、私の答えが合っていたのかおっしゃってください。それが成されない以上、私がお話することはありません」
これはただの屁理屈だ。しかし、向こうが正体を伏せたまま、私を魔女だと聞くのは卑怯だとしか言いようがない。
いくら向こうが公爵令嬢で、私が男爵令嬢だとしても、今は家庭教師と生徒の間柄。対等というのは烏滸がましいが、そのくらい近い立場で話しても、罰は当たらないだろう。加えて内容はとてもデリケートな問題である。腹を割って話しをするのに、身分など気にしてはいられなかった。
「そうだな。アニタは、いやアニーだったか。お前はそういう奴だということを失念していた……昨夜、お前がいたのはルシアの部屋だ。正真正銘、噂通りの病弱な公爵令嬢、ルシア・ディアスの、な」
やはり。では、ここにいるルシにそっくりな令嬢は一体、誰? 何故、ルシア様の名前を使っているの? それをルシは知っているのだろうか。
様々な疑念が浮かんだが、私はそれを一旦心にしまい、別の言葉を口にした。
「アニタとお呼びください。便宜上、アニーと名乗っただけですので……それにルシ、いえルシア様から私のことをお聞きした、と思ってもよろしいですか?」
「あぁ。ルシアもルシアだが、アニタもアニタだな。アニーというのはなんだ。バカかお前たちは。それでよく隠せると思ったな」
ごもっとも過ぎて、返す言葉がない。
「珍しく朝から俺の部屋を訪ねて来たと思いきや、第一声が『アニーを知りませんか?』だぞ。呆れてものが言えなかった」
「申し訳ありません」
「特徴を聞けば茶髪に黄色い目。さらに『アニー』という名前で、すぐにお前だと分かった」
「面目次第もございません」
立ち上がって頭を下がるところまで下げたかったが、座っている状態では、これ以上はできない。やろうとしても、さっきみたいに逃げると思われているのか、手を強く握られていて、それも叶わなかった。
「俺は謝罪を求めているわけではない。確認をしたいだけだ」
「確認、ですか? 一体、何でしょうか?」
「さっき聞いた通りだ。ルシアが言うように、アニタは魔女なのか?」
問い詰めてくる、真剣な青い目。握られている手にも、震えを感じない。強がっているようにも見えない表情。まるで私が、魔女かどうかが重要であるかのような言い方だった。
だけど、私はそれ以外が、凄く気になって仕方がなかった。
さっきから『俺』って何ですか?
もしかして、ずっと『お』と言っていたのは、『俺』の『お』で合っていますか?
そして『私』から『俺』になった理由もお聞きしたいです!
私は目を閉じて、それらの言葉をグッと呑み込んだ。これでは先ほどの『少女』と同じになってしまう。困らせれば、欲しい答えは返って来ないだろう。先ほどの私がそうだったのだから、『少女』も同じように思うはずだ。
だから私はゆっくりと息を吐き、心を落ち着かせた。ずっと秘密にするように言われ続けてきたからだろう。正体を明かすことが、こんなにも緊張するなんて思わなかった。それも、お祖母様の言いつけを破ろうとしているのだ。少しだけ胸がズキリと痛んだ。
「確かに私は魔女です。それを確認してどうするおつもりですか?」
そう、敢えて追及することには意味があるはずだ。この『少女』は興味本位で人の正体を暴くような人物ではない。今まで来た家庭教師を問答無用で追い出してきたのだ。しかも、素性など知る必要がない、と思っていた人物である。
私が魔女だと知った途端、手のひらを返す意図とは何だろうか。
「ルシアを治してもらいたいのだ」
治す? ルシ、いやルシア様……を? どうして……。
私をさらなる疑問が襲った。
ゆっくりと深呼吸をしてから、私はルシア様に向き直った。穏やかな気持ちになれば、自然と表情もついてくるものである。けれど心臓の鼓動は嘘がつけないのか、脈打つ音がうるさく鳴った。
「申し訳ありません。私から提案したことなのに。それでは何をお話ししましょうか。やはり昨日の続きがいいですよね。中途半端でしたから、ルシア様もスッキリするのではないでしょうか」
私は捲し立てるように、矢継ぎ早に言い放った。これでは明らかに怪しい、といっているようなものだが仕方がない。私が養女になった話を蒸し返されないことも重要だが、いちばんは昨夜の出来事である。こちらを追及されないために、私は先手を打つことにした。
「確かに中途半端は良くないな。だが、それ以上の案件ができれば、話は別だ。そうは思わないか、アニタ」
しかし、それが通用するルシア様ではなかった。
『それ以上の案件』……と言いながらルシの部屋がある、目の前の建物に視線を向けられれば、嫌でも気づく。また、私の言っている意味が分かるな、と暗に聞いてくるルシア様の意図にも。
紛いなりにも私はルシア様の家庭教師としてディアス公爵様に雇われた身。それなりに頭はいいのだろうと、認識されているはずだ。そして幸いにも、今のルシア様は私がアカデミーの学生としか認識していない。
こんな意図も読み取れずに、首席だと思われるのは……私のプライドが許さないから、本当に助かった。アカデミーの名誉も守られた、かな?
そんなちっぽけな悩みを悟られないように、私は苦笑して見せた。あくまでも、昨夜の案件を追及されたくない、とルシア様に見せるように。
「そう、ですね」
「アニタが言ったように、私はスッキリするような話が聞きたい。もう一度聞く。昨夜はどこにいた?」
「……おそらくは、ルシア様の部屋に」
一瞬、自分でも踏み込み過ぎたか、と危惧した。けれど、こういうのは思い切りが大事とも言うし……あとはただ、静かにルシア様の言葉を待った。
内心は心臓が爆発しそうなほどだったのは、言うまでもない。
「では、アニタが、いやお前が魔女だというのは本当か?」
「それは私の問いに答えていただいてから、お教えします」
「何?」
「お忘れですか? 私は『おそらく』と申し上げました。それはルシア様が昨夜、どちらにいたのか強く追及されたからです。私自身、合っているのか自信がなかったため、お答えできずにいましたが、それほどまでに言われれば、憶測で答えるしかありません。だからルシア様も、私の答えが合っていたのかおっしゃってください。それが成されない以上、私がお話することはありません」
これはただの屁理屈だ。しかし、向こうが正体を伏せたまま、私を魔女だと聞くのは卑怯だとしか言いようがない。
いくら向こうが公爵令嬢で、私が男爵令嬢だとしても、今は家庭教師と生徒の間柄。対等というのは烏滸がましいが、そのくらい近い立場で話しても、罰は当たらないだろう。加えて内容はとてもデリケートな問題である。腹を割って話しをするのに、身分など気にしてはいられなかった。
「そうだな。アニタは、いやアニーだったか。お前はそういう奴だということを失念していた……昨夜、お前がいたのはルシアの部屋だ。正真正銘、噂通りの病弱な公爵令嬢、ルシア・ディアスの、な」
やはり。では、ここにいるルシにそっくりな令嬢は一体、誰? 何故、ルシア様の名前を使っているの? それをルシは知っているのだろうか。
様々な疑念が浮かんだが、私はそれを一旦心にしまい、別の言葉を口にした。
「アニタとお呼びください。便宜上、アニーと名乗っただけですので……それにルシ、いえルシア様から私のことをお聞きした、と思ってもよろしいですか?」
「あぁ。ルシアもルシアだが、アニタもアニタだな。アニーというのはなんだ。バカかお前たちは。それでよく隠せると思ったな」
ごもっとも過ぎて、返す言葉がない。
「珍しく朝から俺の部屋を訪ねて来たと思いきや、第一声が『アニーを知りませんか?』だぞ。呆れてものが言えなかった」
「申し訳ありません」
「特徴を聞けば茶髪に黄色い目。さらに『アニー』という名前で、すぐにお前だと分かった」
「面目次第もございません」
立ち上がって頭を下がるところまで下げたかったが、座っている状態では、これ以上はできない。やろうとしても、さっきみたいに逃げると思われているのか、手を強く握られていて、それも叶わなかった。
「俺は謝罪を求めているわけではない。確認をしたいだけだ」
「確認、ですか? 一体、何でしょうか?」
「さっき聞いた通りだ。ルシアが言うように、アニタは魔女なのか?」
問い詰めてくる、真剣な青い目。握られている手にも、震えを感じない。強がっているようにも見えない表情。まるで私が、魔女かどうかが重要であるかのような言い方だった。
だけど、私はそれ以外が、凄く気になって仕方がなかった。
さっきから『俺』って何ですか?
もしかして、ずっと『お』と言っていたのは、『俺』の『お』で合っていますか?
そして『私』から『俺』になった理由もお聞きしたいです!
私は目を閉じて、それらの言葉をグッと呑み込んだ。これでは先ほどの『少女』と同じになってしまう。困らせれば、欲しい答えは返って来ないだろう。先ほどの私がそうだったのだから、『少女』も同じように思うはずだ。
だから私はゆっくりと息を吐き、心を落ち着かせた。ずっと秘密にするように言われ続けてきたからだろう。正体を明かすことが、こんなにも緊張するなんて思わなかった。それも、お祖母様の言いつけを破ろうとしているのだ。少しだけ胸がズキリと痛んだ。
「確かに私は魔女です。それを確認してどうするおつもりですか?」
そう、敢えて追及することには意味があるはずだ。この『少女』は興味本位で人の正体を暴くような人物ではない。今まで来た家庭教師を問答無用で追い出してきたのだ。しかも、素性など知る必要がない、と思っていた人物である。
私が魔女だと知った途端、手のひらを返す意図とは何だろうか。
「ルシアを治してもらいたいのだ」
治す? ルシ、いやルシア様……を? どうして……。
私をさらなる疑問が襲った。
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