病弱な公爵令嬢(?)の家庭教師~その正体は?~

有木珠乃

文字の大きさ
上 下
12 / 35
第1章 ディアス公爵邸編

第12話 ルシアの才能

しおりを挟む
 そんなに話が聞きたいのか、それとも案内するのに飽きたのか。観光ツアーもそこそこに、私たちは裏庭に来ていた。

 一応、案内らしい出来事はあった。といっても、私が物凄く高そうな壺を見つけたため、足を止めただけのことなのだ。

「どうした、今度はそれに興味があるのか?」
「違います! 壊してしまったら、どうしようかと思っただけです!」

 そう、壺というのは元々壊れやすい。それなのにも拘らず、その壺は下にいくに連れて細くなっているではないか。ここで大声を出したら、振動で倒れてしまう、と思えるほどに。
 そしてこういうのにはお約束がある。私が壺を割ってしまい、多額のお金を支払う羽目になるのだ。幸いにも、弁償するお金が払えずにただ働きをさせられる、という物語の主人公のような目に遭うことはないだろう。
 なにせコルテス男爵家は成金。養父が一代で築き上げてきたのだ。支払えない金額ではないだろう。けれどその後は……アカデミーを辞めさせられる可能性がある、というだけのこと。

 それはダメ! 絶対にダメよ! そんな未来は絶対に阻止しなくては!

 私は咄嗟に手で口を塞ぐと、ルシア様は呆れた表情でその手も取った。

「気にするな。壊れたら、また新しいのを置けばいいだけのことだ」
「その理屈は分かりますが、一点物だったらどうするのですか。見るからに高そうですよ。弁償は……できますが、その後が怖いのでご遠慮させていただきたく……」
「……これは、そんな大層な物ではない」
「いえいえ、よく見てください。このタッチは、スティナー朝時代に流行った模様に似ていませんか? 色合いも綺麗ですし。特にこの紫色がいい味を出しています」

 思わず熱弁を振るうと、ルシア様はため息を吐きながら、片手で顔を覆った。

「一流作家の作品と変わらぬ評価をするな。これはお……ではなく、私が作った物だ。ちょうどいいと父上が置いたに過ぎない」
「……ルシア様にそのような才能が! そちらの方面に進まれないのですか?」
「……アニタ。自分の立場を忘れていないか。私はこれでも……王子の婚約者候補だぞ、まだ」
「だからこそです。一つでも秀でたものがあれば、候補ではなく婚約者に一歩近づけると思います」

 別にルシア様の取り巻きではないが、私は称賛するように言った。
 元々おべっかを使うタイプではなかったから、変に思われたのだろう。ルシア様の表情は、晴れるどころか怪訝になった。

「……そうだな。しかし、アニタが気に入ったのなら……あげてもいい」
「えっ!? そんな、滅相もないです」
「何故だ?」
「それは、その……私の住まいが、ですね。一応コルテス男爵邸なのですが、アカデミーにほぼ移してしまっている状態なため……」

 だからなんだ、とばかりにルシア様に睨まれた。

「つまり何が言いたいのか、といいますと、ルシア様の作品を受け取ることイコール、アカデミーに持って行くことになってしまうのです」
「その話のどこがダメだというのだ」
「先ほどの私の反応を見ましたよね」
「あぁ」
「アカデミーでも同じような反応をする人がいない、とは限りません。だから……」

 見る人が見れば評価をし、さらに製作者を探すことだろう。
 しかも、アカデミーに在籍している生徒ならともかく、教授たちに目をつけられたら最後。見つけるまで諦めないだろう。
 そしたら私に拒否権などなく、ルシア様の名前を出す。ディアス公爵邸に教授たちが行き、迷惑をかける。そんな未来が容易に想像できた。

「なるほど……確かに面倒事になりそうだな」
「はい。遅かれ早かれ、いずれはそうなるかと思います」

 説明をし終えると、納得がいったような。しかし、腑に落ちない様子だった。

 もしかすると、ディアス公爵邸観光ツアーが早々に終えたのは、そんな理由だったのかもしれない。病弱はともかく、ルシア様は噂通り、我が儘だったから。聞いていた程ではないけれど。

 そして現在、私たちは裏庭にあるベンチに腰を掛けていた。
 綺麗に刈られた芝生。背の低い生け垣に小さな花壇。自室から見えた庭園ほどではなかったが、手入れが行き届いていた。

 建物に沿うように植えられている樹木。昨夜は遅くて分からなかったが、ディアス公爵邸は首都にありながら、緑が多かった。いや、囲まれていると言っても過言ではない。

 おそらくこれは、目隠しのためなのだろう。王族に次ぐ地位を持つ、ディアス公爵家。立場ばかりか、命を狙われてもおかしくはないのだ。爵位が高ければ高いほど。そして財力が多ければ多いほど、無駄に広い敷地を有していると思っていたが、そんな理由もあるのだろう。

 そんなことを思いながら、目の前にある建物を見上げる。昨夜、久しぶりに木登りをしたせいか、自然とそちらにも視線が移った。

 あの木は登り易そう。枝がちょうど真横に伸びて、座るにはピッタリ。ん? ピッタリ……?

 さらに視線を建物に向けると、窓が見えた。下からでは中の様子までは分からない。けれど、見覚えのある場所。窓の形。カーテンの色。

 ま、まさか。

 私は思わず、少しだけ横にずれた。

「アニタ、どこへ行く? 授業はこれからだぞ」

 冷ややかな視線で声をかけるルシア様に、私の顔は真っ青になった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

恥ずかしい 変身ヒロインになりました、なぜならゼンタイを着ただけのようにしか見えないから!

ジャン・幸田
ファンタジー
ヒーローは、 憧れ かもしれない しかし実際になったのは恥ずかしい格好であった! もしかすると 悪役にしか見えない? 私、越智美佳はゼットダンのメンバーに適性があるという理由で選ばれてしまった。でも、恰好といえばゼンタイ(全身タイツ)を着ているだけにしかみえないわ! 友人の長谷部恵に言わせると「ボディラインが露わだしいやらしいわ! それにゼンタイってボディスーツだけど下着よね。法律違反ではないの?」 そんなこと言われるから誰にも言えないわ! でも、街にいれば出動要請があれば変身しなくてはならないわ! 恥ずかしい!

不埒に溺惑

藤川巴/智江千佳子
恋愛
「××もらってくれませんか」 小宮明菜は玉砕前提の、一世一代の告白をしたつもりだった。 「小宮さんの誘惑に耐えられなくなったら、抱きます」 「ゆ、うわく……?」 ――それがどうして、こんなに難しい恋愛ごっこになってしまった? 「誘惑はお休み?」 「八城さんに誘惑されすぎて、それどころじゃない」 「恋愛初心者には見えないんだけどな」 本当に初心者なので、手加減してください、八城さん。 「俺以外のやつにフラフラしたら」 「し、たら?」 「遠慮なくめちゃくちゃにする」 恋愛初心者OL×営業部エースの『誘惑』ラブゲーム開幕?

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

ここは貴方の国ではありませんよ

水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。 厄介ごとが多いですね。 裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。 ※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

処理中です...