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第1話 アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢
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「本当にお前は使えない奴だな」
今日もお父様の執務室でお小言を聞く。目を瞑り、後に続く「私の娘なのか疑わしいほどに」という言葉をやり過ごした。
だって仕方がないじゃない。私はお父様の娘じゃないんだから。
そう、私は乙女ゲーム『今宵の月は美しい?』の悪役令嬢、アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢に転生した。
美しい銀髪を靡かせ、青い瞳は自信満々に。微笑む姿さえも凛々しいく、社交界のカンパニュラと呼ばれるほどの人物だった。
当人の性格は、悪役令嬢に設定されているため、カンパニュラの花言葉である「感謝」「誠実な愛」とは程遠かったけれど。そう呼ばずにはいられないくらい、アベリアはカンパニュラのように凛としていたのだ。
しかし、今の私はどうだろうか。凛とするどころか背は俯き加減。
カンパニュラと呼ばれる謂れとなった青いドレスを纏っているけれど、乙女ゲーム『今宵の月は美しい?』のパッケージイラストにいるアベリアとは雲梯の差だった。
だから、お父様がそう疑うのも無理はない。
本当のアベリアだったら、どう切り返すのだろうか。お父様から小言を言われても、髪を後ろに払い、堂々と「ごめんあそばせ」と笑い飛ばすのだろうか。
私にはできない。だってお父様の言う通り私は『使えない』女なのだから。
とはいえ、今の私はお父様の娘であって、娘じゃない、などと言えるわけもなく。今日もこうしてお小言を聞くことしか出来なかった。
お父様の望みは、乙女ゲーム『今宵の月は美しい?』で悪役令嬢、アベリア・ハイドフェルドのキャラクター説明に出てくる、王太子の婚約者。
けれど今の私は、王太子の婚約者ですらなかった。すでにヒロインは現れて、乙女ゲームが始まっているというのに、この体たらく。当の私でさえも嫌になってしまう現実だった。
「あんな男爵令嬢ごときに遅れを取るなど……分かっているのか! この私の屈辱感を!」
「……はい」
一応返事はするものの、内心では呆れていた。
『今宵の月は美しい?』の結末にいちゃもんをつけられても……なのだからである。これは私ではなく、乙女ゲームの製作者側に喧嘩を売っているのと同じことだった。
そもそもこの乙女ゲームは、ヒロインであるクリオ・シュトロブル男爵令嬢が、王太子を始めとする攻略対象者たちと恋愛をするゲーム。
クリオが筋書き通り、王太子と婚約するのは当たり前のことなのだ。
ただ、その前に私が悪役令嬢として立ち塞がっていないだけで……。
そう、本来なら、クリオが登場する前に、するはずだった王太子との婚約ができていなかったのだ。お父様が怒っているのも、それが理由である。
だけど、できなかったものは仕方がない。私だって自分に魅力があるとは思えないのだから。
「お前がエリクセン殿下に、怯えるという失態を犯さなければ今頃は……!」
「申し訳ありません」
違う。何も私に魅力がなかったわけではない。お父様の言う通り、私の態度が悪かったのだ。
エリクセン・リンデン殿下に初めてお会いしたのは、幼い頃。まだ王太子ではなかった時の話である。
転生したばかりの私は、とにかく乙女ゲーム『今宵の月は美しい?』の世界に慣れるのと、ストーリーを思い出すのに忙しかった。
元々、器用な人間じゃないから、やることなすことあたふたあたふた。
たとえば、教えられたことは、必ず一度は失敗すること。それも直後なのだから、冷たい視線が返って来るのは必須だった。
『こんなこともできないのですか?』
使えませんのね。
余韻の沈黙が、そう言っているように感じるほどに。
だから、エリクセン殿下に初めてお会いした時は……もう酷かった。
この方が将来、私を不幸のどん底に追いやるのだわ、と思ったら、怖くて怖くて。
どんなにお優しい言葉をかけられても、私はそれにお応えすることはできなかった。
優しいエリクセン殿下は、それでも公爵令嬢であり、婚約者候補筆頭であった私に歩み寄り続けてくれた。
王城に招いてくださったり、我がハイドフェルド公爵邸に来てくださったり。公務への同行を求められ、実質、婚約者のようにも扱ってくださった。
だから私はエリクセン殿下を、完全に拒否できなかったのだ。この世界で唯一、私に優しい視線をくれる方だから。私が逃げても見捨てず、根気よく向き合ってくれた人だから。
でも物語は進んでいく。私の意思など関係なく。ううん、まるであざ笑うかのように、私たちの前にクリオを登場させたのだ。
「始めは、使えないお前でも構わないと言ってくださったのだぞ。それを有り難がるどころかお前は、逃げるなどと……何を考えている、アベリア」
「返す言葉もありません」
私はさらに俯いた。
クリオが夜会に登場した日。
彼女は攻略対象者の一人である、魔術師、リベラ・リダカン伯爵のエスコートを受けていた。
つまり、クリオはリダカン伯爵のイベント、竜退治を終えていたのだ。けれどこれはイベントであって、攻略後ではない。
クリオが社交界デビューをするためには、リダカン伯爵の協力が必須なのだ。そう、社交界にはエリクセン殿下の他に、攻略対象者がいる。殿下の側近と私の兄が。
その誰かを狙ってやってきたに違いない。
だから私は逃げたのだ。クリオが、エリクセン殿下に近づく前に……近づく姿さえも見たくなくて。
二人が並んだ姿を想像した途端、我慢できなかったのだ。
きっと、ゲームのパッケージイラストよりも素敵に違いない。邪魔者の私がそこにいてはいけない。
警告音が頭の中で響き渡っていた。
今日もお父様の執務室でお小言を聞く。目を瞑り、後に続く「私の娘なのか疑わしいほどに」という言葉をやり過ごした。
だって仕方がないじゃない。私はお父様の娘じゃないんだから。
そう、私は乙女ゲーム『今宵の月は美しい?』の悪役令嬢、アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢に転生した。
美しい銀髪を靡かせ、青い瞳は自信満々に。微笑む姿さえも凛々しいく、社交界のカンパニュラと呼ばれるほどの人物だった。
当人の性格は、悪役令嬢に設定されているため、カンパニュラの花言葉である「感謝」「誠実な愛」とは程遠かったけれど。そう呼ばずにはいられないくらい、アベリアはカンパニュラのように凛としていたのだ。
しかし、今の私はどうだろうか。凛とするどころか背は俯き加減。
カンパニュラと呼ばれる謂れとなった青いドレスを纏っているけれど、乙女ゲーム『今宵の月は美しい?』のパッケージイラストにいるアベリアとは雲梯の差だった。
だから、お父様がそう疑うのも無理はない。
本当のアベリアだったら、どう切り返すのだろうか。お父様から小言を言われても、髪を後ろに払い、堂々と「ごめんあそばせ」と笑い飛ばすのだろうか。
私にはできない。だってお父様の言う通り私は『使えない』女なのだから。
とはいえ、今の私はお父様の娘であって、娘じゃない、などと言えるわけもなく。今日もこうしてお小言を聞くことしか出来なかった。
お父様の望みは、乙女ゲーム『今宵の月は美しい?』で悪役令嬢、アベリア・ハイドフェルドのキャラクター説明に出てくる、王太子の婚約者。
けれど今の私は、王太子の婚約者ですらなかった。すでにヒロインは現れて、乙女ゲームが始まっているというのに、この体たらく。当の私でさえも嫌になってしまう現実だった。
「あんな男爵令嬢ごときに遅れを取るなど……分かっているのか! この私の屈辱感を!」
「……はい」
一応返事はするものの、内心では呆れていた。
『今宵の月は美しい?』の結末にいちゃもんをつけられても……なのだからである。これは私ではなく、乙女ゲームの製作者側に喧嘩を売っているのと同じことだった。
そもそもこの乙女ゲームは、ヒロインであるクリオ・シュトロブル男爵令嬢が、王太子を始めとする攻略対象者たちと恋愛をするゲーム。
クリオが筋書き通り、王太子と婚約するのは当たり前のことなのだ。
ただ、その前に私が悪役令嬢として立ち塞がっていないだけで……。
そう、本来なら、クリオが登場する前に、するはずだった王太子との婚約ができていなかったのだ。お父様が怒っているのも、それが理由である。
だけど、できなかったものは仕方がない。私だって自分に魅力があるとは思えないのだから。
「お前がエリクセン殿下に、怯えるという失態を犯さなければ今頃は……!」
「申し訳ありません」
違う。何も私に魅力がなかったわけではない。お父様の言う通り、私の態度が悪かったのだ。
エリクセン・リンデン殿下に初めてお会いしたのは、幼い頃。まだ王太子ではなかった時の話である。
転生したばかりの私は、とにかく乙女ゲーム『今宵の月は美しい?』の世界に慣れるのと、ストーリーを思い出すのに忙しかった。
元々、器用な人間じゃないから、やることなすことあたふたあたふた。
たとえば、教えられたことは、必ず一度は失敗すること。それも直後なのだから、冷たい視線が返って来るのは必須だった。
『こんなこともできないのですか?』
使えませんのね。
余韻の沈黙が、そう言っているように感じるほどに。
だから、エリクセン殿下に初めてお会いした時は……もう酷かった。
この方が将来、私を不幸のどん底に追いやるのだわ、と思ったら、怖くて怖くて。
どんなにお優しい言葉をかけられても、私はそれにお応えすることはできなかった。
優しいエリクセン殿下は、それでも公爵令嬢であり、婚約者候補筆頭であった私に歩み寄り続けてくれた。
王城に招いてくださったり、我がハイドフェルド公爵邸に来てくださったり。公務への同行を求められ、実質、婚約者のようにも扱ってくださった。
だから私はエリクセン殿下を、完全に拒否できなかったのだ。この世界で唯一、私に優しい視線をくれる方だから。私が逃げても見捨てず、根気よく向き合ってくれた人だから。
でも物語は進んでいく。私の意思など関係なく。ううん、まるであざ笑うかのように、私たちの前にクリオを登場させたのだ。
「始めは、使えないお前でも構わないと言ってくださったのだぞ。それを有り難がるどころかお前は、逃げるなどと……何を考えている、アベリア」
「返す言葉もありません」
私はさらに俯いた。
クリオが夜会に登場した日。
彼女は攻略対象者の一人である、魔術師、リベラ・リダカン伯爵のエスコートを受けていた。
つまり、クリオはリダカン伯爵のイベント、竜退治を終えていたのだ。けれどこれはイベントであって、攻略後ではない。
クリオが社交界デビューをするためには、リダカン伯爵の協力が必須なのだ。そう、社交界にはエリクセン殿下の他に、攻略対象者がいる。殿下の側近と私の兄が。
その誰かを狙ってやってきたに違いない。
だから私は逃げたのだ。クリオが、エリクセン殿下に近づく前に……近づく姿さえも見たくなくて。
二人が並んだ姿を想像した途端、我慢できなかったのだ。
きっと、ゲームのパッケージイラストよりも素敵に違いない。邪魔者の私がそこにいてはいけない。
警告音が頭の中で響き渡っていた。
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