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第14話 互いのメリット

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 私の驚きとは裏腹に、会長は落ち着いていた。雪くんは逆に、ベッドの端に座り、私の背中を撫でる。

「すみませんが、早智と二人にさせてもらえませんか? ゆっくりと説明をしたいので」
「……そうだな。白河さんとは長い付き合いになりそうだから、こちらもこちらでゆっくり話し合う場を設けるのはいかがだろうか」
「私の方は願ってもいないことですから、是非」

 お父さんの圧力がかった提案を、サラリと同意する会長。一代で会社を大きくしたわけではないのに、腰の低い人だった。
 いや、恐らく知っているのだ。我が家が旧家であること。また、旧家だからこその血の繋がりを。だからあんなことを言ったんだ。

 私は三人が病室から出て行くと、恐る恐る雪くんに尋ねた。

「もしかして、雪くんは知っているの? その……母方の親戚がどこと繋がっているのか」
「ごめん。絶対に早智が嫌がりそうなことだとは思ったんだ。でも、早智と結婚するには、白河家にもメリットがないと、承諾を得られなかったから……だから僕は……」

 私は会長の言葉を思い出した。

『辰則は千春との結婚を断り』

 社長になるんだったら、確かに千春さまと結婚した方が近道だった。でもそうしなかったのは……。

「うん。確かにメリットはあるよね。母方の親戚には、大手銀行の設立に携わった人がいるから。ううん、そこだけじゃなくて他の銀行も。だから会社に万が一のことが起こったら、融資をしてもらうような口添えはできるもの。もしくは私の実家が」

 でも、この事実を知っている人は少ない。親戚と言っても、住んでいる場所も遠いし、四親等以上離れている。
 けれど向こうも旧家であるため、身内を大事にする習性があった。だから、離れていても、伝手を頼ればできてしまうのだ。

 実際、親戚の人がお金を出すわけではなく、口添えをするだけだから。

「一応、義父にはそう言って納得してもらったけれど、絶対にそんなことはしないと誓う。早智に迷惑をかけない」
「うん。今度は雪くんが守ってくれるって言っていたもんね」
「……ごめん、守れなくて」

 雪くんは私の頭に手を近づけてから、頬に触れた。それも痛々しそうな顔で。
 これではどっちが怪我人か分からない。でも、痛みを分け合うっていうのは、こんな感じなのかな、と思うと胸が熱くなった。

「念の為にいうけど、僕はメリットがあるから早智と結婚するわけじゃないからね」
「ないの? メリット。私はあるけど」
「えっ、社長夫人だったら、すぐに叶えられるけど」
「違う違う。そっちのメリットじゃなくて。あと、雪くんが私の実家や財産狙いじゃないことくらい、分かるよ。だからその……」

 ちょっと意地悪なことを言っただけなのに、雪くんが過剰に反応したものだから、私は慌てて訂正した。

 だって、雪くんが私と結婚することにメリットがあるって、何度も言うものだから。逆に私の方はないように言われているように感じたのだ。
 あと、メリットの中に、私への愛情がないことも気に障った。

 私のために今の地位を得たって言っていたのに……。

 それでも雪くんは、私の言葉を嬉しそうな顔で聞いてくれた。

「つまり、拗ねったってこと?」
「うっ」
「大丈夫。どんな肩書があろうがなかろうが、僕は早智が欲しいんだ。これ以上のメリットはないよ」

 サラッとほしい言葉をいう雪くんの顔を見ていられなくて、私は顔を背けた。が、次の瞬間の発言を聞いて、すぐに戻す。

「だから早智に危害を加えた連中は、ちゃんと制裁しておいたから」
「え? 制裁?」
「うん」
「警察がするんじゃなくて?」
「それはそれ、これはこれだよ」

 どうやら私の聞き間違いではなかったらしい。別の意味で頭が痛くなった。


 ***


 雪くんが言った制裁の内容を知ったのは、退院後。と言いたかったが、何だかんだと入院が長引いたため、その期間に知ることとなった。

「社内もまだ、バタバタしているし、今回の件で義姉さんが社長を辞任することも重なって、僕のマンションにもマスコミが張り付いているんだ。そんな場所に、早智を一人でいさせたくないから、もう少しだけ入院していてもらえるかな」

 両親は私の身の安全を考えて賛成してくれたからいいものの、これを機に戻れとまた言い兼ねないか心配だった。
 しかし、雪くんが時間を見つけては会いに来るものだから、高野辺家にもマスコミが来ることを懸念したのだ。
 いくら力があっても、マスコミを止めることはできない。問題を彼らが起こさない限りは警察も当てにならないのだ。

「社長が辞任するということは、小楯さんたちは? 解雇したの?」
「どちらかというと、自主退職かな。今の騒ぎの原因は義姉さんと小楯たちだから、社内には居辛いだろう」
「確かに。そうなると……私も、だね」

 戻ったところで、今までのようにはならない。指示を受けていなくても、第二第三の小楯さんたちが現れるだろう。

「うん。だから、退院したら僕と結婚してほしい。社長夫人になって、今度こそ守らせてくれないかな」
「ずっと家の中にいろってこと?」
「早智が働きたいのなら、働いていいよ。さすがに同じ会社はもう無理だけど」
「……雪くんには心配をかけたくないから、お母さんに相談してみる。私も安心して働けるところがいいもの」

 結婚するということは、社員じゃなくてもリバーブラッシュを背負うことと同じ。また何かあれば、マスコミ沙汰になってしまうのだ。

 もう私だけの問題じゃない。雪くんと一緒に背負っていくんだ。

「それでも私、お嬢様育ちだから、至らないところはいっぱいあると思うの」
「大丈夫。僕よりも早智の方が育ちはいいんだ。だから金銭面以外で、助けてもらうことの方が多いと思う。けど、僕はそんなことで自分を卑下したり、早智を蔑ろにしたりしないよ」
「確かに生まれを気にする人はいるけれど、雪くんはそうじゃないって知っているから大丈夫」
「早智……」

 安心し切った雪くんの顔から、私は眼鏡を取った。そして驚いた隙をついて、ネクタイを引っ張り、顔を寄せてキスをする。

「私を諦めないでくれてありがとう、雪くん。改めて、よろしくね」
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