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第12話 黒幕の存在(辰則(雪)視点)

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 少し休憩したくて非常階段のところへ行くと、下の階で声がした。
 しかも聞き慣れた声。さらに耳を澄ませば、その声が早智だと認識できた。

「……――のなら、離してください!」

 しかも言い争っていることに気づいた僕は、すぐに駆け下りた。が、次の瞬間、物凄い音が鳴り響く。

 まさか……早智が? いや、音だけじゃ分からない。早智でない可能性だってあり得る。
 しかしどちらにしても、早智のピンチであることには変わらない。そう、相手に怪我を負わせたのであれば。

 そうだ。動揺している場合じゃない。急いで行かなければ……。

 けれど状況は、いつも必要としていない時に限って、予想通りに動いてしまう。

「早智?」
「ふ、副社長……こ、これは、その……」

 下の踊り場で倒れている早智と、僕の近くで座り込んでいる笠木の姿があった。

 どうやら腰を抜かして動けないらしい。それはそれで好都合だった。逃げられたら困るのだ。

「宇佐美」
「はい」

 どこにいたのか分からないが、呼ぶと黒いスーツを着た宇佐美が現れた。SPも兼ねているため、常に僕の傍にいるらしい。
 けれどこの時ほど、僕よりも早智を守ってほしかったと願わざるを得なかった。が、今はそんなことを言っている場合ではない。

 早智の安否確認も必要だが、宇佐美にはやってもらいたいことがあったからだ。僕は両手を強く握り締め、必要なことを命じた。

「そこにいる笠木と小楯、横倉が逃げないように捕まえておいてくれ」
「了解しました。あと、救急車の手配は済ませておきました。間もなく到着するかと」
「……助かる」
「いえ、お助けできず、申し訳ありません」

 宇佐美は早智のSPじゃない。本当なら謝る必要はないんだ。けれど今は、その言葉に助けられたような気がした。

 早智に駆け寄り、抱き締めたい気持ちを抑える。こういう場合、下手に動かしてはいけないからだ。
 けれど髪から薄っすらと見える血が痛々しい。

「今度は僕が守るって言ったのに……」
「ゆ、き……くん?」
「早智!」

 横向きのまま、早智が僕を見る。良かった、意識がある。

「今は動かない方がいい。頭を強く打ったのか、血が出ているから」
「血?」
「うん。でも、もうすぐ救急車が来るから安心して」

 僕の言葉に早智は、目を瞬きさせて答える。

 声を出すのも辛いのか? そう思っただけで、胸の奥から怒りが込み上げてくる。早智に危害を加えた笠木は勿論のこと、何もできなかった自分に対しても……。


 ***


 救急車が到着して間もなく、早智は病院に運ばれた。心配で付き添いたかったのだが、誰が呼んだのか、警察もやって来たのだ。

「被害者である高野辺早智さんと、言い争いになった原因は何ですか?」

 僕がありのまま状況説明をすると、警官が笠木に詰め寄った。その近くには小楯と横倉もいる。
 しかし、三人が結託しないようにと、宇佐美がその間にいるのだが、その姿がまるで看守のようだった。

「それは……高野辺さんが、仕事を……そう! 仕事をサボろうとしたから止めたんです」
「だから追いかけていたんですが? それも三人で」
「追いかけていた? 被害者を、ですか?」

 笠木はいい案を思いついたように言ったが、逆に宇佐美によって窮地に追いやられていた。
 ただの運転手でSPだと思っていたから、驚かされた。早智を助けられなかったことを、僕と同じように、気にしているのだろうか。

「それはさすがに妙ですね。まさかとは思いますが、いじめでもされていたんですか? だから言うことの利かない被害者を突き落とした」
「違います! アレは高野辺さんが私の手を振り払ったから」
「被害者が抵抗しているのなら、尚更ですね。とりあえず、現場はこのままにしてもらえますか? 事故というよりも事件性の方が高くなりましたので」
「分かりました。ここは閉鎖します。元々、非常階段であまり、人が寄り付かない場所なので、大丈夫でしょう」

 その言葉に警官は頷き、笠木は青ざめた。

「ま、待ってください! 私はただ、頼まれただけなんです!」
「あ、杏奈!」
「だってこのままじゃ」

 そう、このまま黒幕の存在を明かさなければ、笠木は逮捕まではいかないが、何かしらの罪と会社……主に僕からの制裁は受けることになるだろう。

 さらに言うと、黒幕が笠木たちを庇うような人間ならば、このような裏切りはしない、ともいえる。だから逆に、見捨てられる可能性も高いことを示唆していた。

 僕はここぞとばかりに、トドメを刺す。

「誰の指示だったのか言えば、笠木だけではなく、あとの二人の処遇も考えておこう」
「副社長……」
「ここで言わなくても、警察の方で事情聴取を受けることになるから結果は変わらない。が、社内での処遇はどうかな。僕の口添えよりも、バックにいる誰かさんがどうにかしてくれる、というのなら、話は別だが」

 してくれない、と予想したから笠木はあのように言ったのだ。さぁ、どう出る?

「じ、実は社長に……言われてやりました!」

 僕はすかさずスマホを操作した。何故って? それはこれから言う笠木の言葉を録音するためさ。

 大人しくしていれば、もう少し社長業を長くできたものを。墓穴を掘ってくれてありがとうございます、義姉さん。いや白河千春。

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