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第9話 早智の事情と僕(辰則(雪)視点)
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「早智!」
午後三時頃、副社長付きの運転手兼SPの宇佐美から連絡を受けた。早智が部屋を出た、と。
僕は早々に仕事を切り上げて、部屋に戻った。予想していたとはいえ、早智がいない部屋を見ると、ダメージが大きい。
「どこへ……は一つしかないか」
帰ったのだ。早智は高野辺家から離れたいと思っていても、完全に切り離そうとはしなかった。多分、それが血の繋がり、というものなのだろう。
僕には分からない血の絆。すでに両親がいなくなってから、だいぶ経つからだろうか。その繋がりを理解することはできなかった。
「嫌なら、切り捨てればいいのに」
僕はそう呟くと、部屋の外で待つ宇佐美に命じて、高野辺家へ向かった。
彼は部屋を出る早智を見ていても、それを止めず。さらに僕が追うことも非難しない。
副社長付きと言っても、宇佐美は会長からの命令で僕の傍にいるのだ。始めは監視目的なのかと思ったが……違うのか?
命令を聞かなかったり、逆らったりしても、首にする権限を僕は持っていない。宇佐美の雇用主はあくまで会長だからだ。
「今はそんなことを気にしている場合じゃない」
早智だ。最悪な状況になっていないといいんだが……。
***
けれど、そういう予想ほど当たるものである。
久しぶりの街を前にしても、懐かしいという感情は湧き上がらなかった。六年という月日と都心に近いこともあって、昔の面影など全く見られなかったからだろう。
けれど、早智の家の場所は変わらない。玄関先も、また。
「あら、名雪くん。いえ、白河さんでしたね。なかなか慣れなくて、ごめんなさい」
出迎えてくれたのは早智の母親だった。再会した時は、懐かし気に接してくれていたものの、僕の企みを知ったからなのか、あからさまな嫌味を言ってきた。
しかしこっちは子どもの頃から散々聞かされてきた身。その程度では傷つきやしない。
「いえいえ。僕も生まれ故郷に帰って来ると、名雪の方が馴染むので、どちらでも構いません。お好きな方で呼んでください」
立場が弱かった頃の苗字を気にするとでも?
むしろ僕は、名雪姓の方が好きだった。確かに、嫌な記憶の方が多いけれど、すぐに早智は気づいてくれたし、「雪くん」と呼んでくれるのが嬉しかったからだ。
だから早智を返してもらうよ。
「高野辺家の奥さまに出迎えていただいたのは嬉しいのですが、早智さんはどちらに?」
これから対峙するとはいえ、昔のように「おばさん」と呼ぶことも、「お義母さん」とも呼ぶことも避けた。どちらも相手の揚げ足を取るような呼び方だったからだ。
しかし、相手の表情が変わらない、というのはやり辛い。眉の一つでも浮かしてくれればいいものを。
だから僕は言葉を続けた。
「一旦、荷物を取りに帰るというので、帰宅を許したんですが、未だに帰らないもので、迎えに来ました。いるのは分かっているんです」
ハッタリだった。早智が帰宅したのを確認したわけではない。が、ここは強行突破しなければ、先には進めないような気がしたのだ。
あくまでも、相手の出方次第だが。
「迎えなど、その必要はありません。早智は本日をもって、リバーブラッシュを退職させました。よってお宅とはもう、関係ありません! お引き取りを」
「そんな勝手なことができるとでも言うんですか? 会社をやめるということは――……」
「退職代行、という商売が成り立つ時代ですよ。無理だと仰るなら、そちらを使わせていただきます。確か、会社に連絡することも、行かなくてもできるんでしたよね」
詳しくはないが、そうだという噂を聞いたことがあった。
「ですが、それは早智さんの意思ではないでしょう。これでも幼なじみだと言える間柄です。早智はそんなことを望んでいない」
「望む望まないは関係ありません。それにこれは我が家の問題。口を出さないでちょうだい!」
「そうはいきません。僕は早智の恋人なんですから、彼女の意思を尊重します」
「尊重? 早智を勝手に営業課から秘書にしたのは貴方でしょう。どこが尊重しているの。貴方のやっていることは、私たちと何も変わらないわ」
確かに、早智の母親の言う通りだった。普通でいたい早智なら、僕の秘書よりも、営業課を望んだだろう。
でも僕は……嫌だった。営業課は男も多い職場。誰かに取られるわけにはいかないんだ!
そのために僕は、ここまで上り詰めたのに……!
「そんなことはないよ、お母さん」
「早智……」
奥に見える階段から、早智がゆっくりと降りてくる。どうやら、僕と母親の話を二階から聞いていたようだった。
僕が呼びかけると、早智は優しい笑みを向けてくれた。
午後三時頃、副社長付きの運転手兼SPの宇佐美から連絡を受けた。早智が部屋を出た、と。
僕は早々に仕事を切り上げて、部屋に戻った。予想していたとはいえ、早智がいない部屋を見ると、ダメージが大きい。
「どこへ……は一つしかないか」
帰ったのだ。早智は高野辺家から離れたいと思っていても、完全に切り離そうとはしなかった。多分、それが血の繋がり、というものなのだろう。
僕には分からない血の絆。すでに両親がいなくなってから、だいぶ経つからだろうか。その繋がりを理解することはできなかった。
「嫌なら、切り捨てればいいのに」
僕はそう呟くと、部屋の外で待つ宇佐美に命じて、高野辺家へ向かった。
彼は部屋を出る早智を見ていても、それを止めず。さらに僕が追うことも非難しない。
副社長付きと言っても、宇佐美は会長からの命令で僕の傍にいるのだ。始めは監視目的なのかと思ったが……違うのか?
命令を聞かなかったり、逆らったりしても、首にする権限を僕は持っていない。宇佐美の雇用主はあくまで会長だからだ。
「今はそんなことを気にしている場合じゃない」
早智だ。最悪な状況になっていないといいんだが……。
***
けれど、そういう予想ほど当たるものである。
久しぶりの街を前にしても、懐かしいという感情は湧き上がらなかった。六年という月日と都心に近いこともあって、昔の面影など全く見られなかったからだろう。
けれど、早智の家の場所は変わらない。玄関先も、また。
「あら、名雪くん。いえ、白河さんでしたね。なかなか慣れなくて、ごめんなさい」
出迎えてくれたのは早智の母親だった。再会した時は、懐かし気に接してくれていたものの、僕の企みを知ったからなのか、あからさまな嫌味を言ってきた。
しかしこっちは子どもの頃から散々聞かされてきた身。その程度では傷つきやしない。
「いえいえ。僕も生まれ故郷に帰って来ると、名雪の方が馴染むので、どちらでも構いません。お好きな方で呼んでください」
立場が弱かった頃の苗字を気にするとでも?
むしろ僕は、名雪姓の方が好きだった。確かに、嫌な記憶の方が多いけれど、すぐに早智は気づいてくれたし、「雪くん」と呼んでくれるのが嬉しかったからだ。
だから早智を返してもらうよ。
「高野辺家の奥さまに出迎えていただいたのは嬉しいのですが、早智さんはどちらに?」
これから対峙するとはいえ、昔のように「おばさん」と呼ぶことも、「お義母さん」とも呼ぶことも避けた。どちらも相手の揚げ足を取るような呼び方だったからだ。
しかし、相手の表情が変わらない、というのはやり辛い。眉の一つでも浮かしてくれればいいものを。
だから僕は言葉を続けた。
「一旦、荷物を取りに帰るというので、帰宅を許したんですが、未だに帰らないもので、迎えに来ました。いるのは分かっているんです」
ハッタリだった。早智が帰宅したのを確認したわけではない。が、ここは強行突破しなければ、先には進めないような気がしたのだ。
あくまでも、相手の出方次第だが。
「迎えなど、その必要はありません。早智は本日をもって、リバーブラッシュを退職させました。よってお宅とはもう、関係ありません! お引き取りを」
「そんな勝手なことができるとでも言うんですか? 会社をやめるということは――……」
「退職代行、という商売が成り立つ時代ですよ。無理だと仰るなら、そちらを使わせていただきます。確か、会社に連絡することも、行かなくてもできるんでしたよね」
詳しくはないが、そうだという噂を聞いたことがあった。
「ですが、それは早智さんの意思ではないでしょう。これでも幼なじみだと言える間柄です。早智はそんなことを望んでいない」
「望む望まないは関係ありません。それにこれは我が家の問題。口を出さないでちょうだい!」
「そうはいきません。僕は早智の恋人なんですから、彼女の意思を尊重します」
「尊重? 早智を勝手に営業課から秘書にしたのは貴方でしょう。どこが尊重しているの。貴方のやっていることは、私たちと何も変わらないわ」
確かに、早智の母親の言う通りだった。普通でいたい早智なら、僕の秘書よりも、営業課を望んだだろう。
でも僕は……嫌だった。営業課は男も多い職場。誰かに取られるわけにはいかないんだ!
そのために僕は、ここまで上り詰めたのに……!
「そんなことはないよ、お母さん」
「早智……」
奥に見える階段から、早智がゆっくりと降りてくる。どうやら、僕と母親の話を二階から聞いていたようだった。
僕が呼びかけると、早智は優しい笑みを向けてくれた。
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