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第7話 雪くんの事情と私
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「言ったじゃないか。ずっと昔から早智のことが好きなんだって」
「……そこまでは……聞いてない、と思う」
ずっと、とか。昔から、とか。再会したばかりだから、どれくらい昔なのかは分からないけれど、ここは……聞き流しておこう。
本題に入る前に、語られそうな勢いが雪くんから見て取れたからだ。
そう、まるで大型犬が、大好きな飼い主さんに向かって構って構って、とはしゃいでいる姿と重なる。
「なら今、聞いたってことで」
ニカッと笑う雪くんを見て、こんな感じだったかな、と一瞬、思ってしまった。いや、今は副社長になったのだから、昔とは違うのは当たり前だ。
もしかしたら、こっちの雪くんの方が本当の姿なのかもしれない。ちょっとオドオドした気弱な少年はもういないのだ。
そういえば、再会した時にそんな話をしたっけ。
『今度は僕がって』
まさか、ね。
***
「えっと、何から話そうか」
一旦、私から体を離し、居住まいをただした雪くんが、顎に手を当てて唸った。すぐに助け舟を出したいところだったけれど、私もまだ混乱の最中だった。
それでも、何か言いたくなるのは、昔の癖だろうか。困った雪くんを見ていると、何か言いたくなった。
「昔……そうだ、昔のこと」
「え?」
「中学校に上がる前に転校していったでしょう? 親戚の家に。それが白河家だったの?」
「いや、白河家に養子へ入ったのは、中学を卒業した後なんだ」
雪くんはゆっくりと、その後の経緯を話してくれた。
中学に入り、新しい家族に引き取られても、雪くんの立場は弱いままだった。
当たり前だ。
何年経っても私が旧家のお嬢さんであるのと一緒で、雪くんもまた、孤児というレッテルを貼られている。
いくら私たちが普通に過ごしていても、周りはそういう色眼鏡で見てしまうのだ。
真逆にいるけれど、私と雪くんは一緒だった。
「中学までは義務教育だったから行くことはできたけど、高校はやっぱり無理だったんだ」
「えっ、でも小楯、さんだったっけ? 彼女たちは雪くんがアメリカの大学を飛び級で卒業したって言っていたけれど……」
「それは本当。すぐに就職した先の会社が、リバーブラッシュの子会社だったんだ。早智はうちの会社が何の会社か、勿論、知っているよね」
「当り前でしょう。歯磨き粉の会社。私がいるのは営業課なんだから、知らなかったら仕事にならないわ」
そうだね、と私と雪くんは笑い合う。
「僕がいたのは印刷工場。請負先にリバーブラッシュがあって、歯磨き粉のパッケージを印刷していたんだ。そこで会長、白河家の旦那様に目をかけてもらったのがキッカケだった」
印刷工場の社長とリバーブラッシュの会長は親戚で、口利きしてもらったらしい。雪くんの身の上に同情して。
平静を装っていたけれど、心配そうな顔をしていたのだろう。雪くんがそっと私の頬を撫でる。
「大丈夫。あのままだと、早智と結婚できるどころか、告白すらできない位置にいたんだ。哀れみでも何でもいい。僕はそのチャンスを逃したくはなかった」
「雪くん……」
そこまで想われていたとは知らず、私は目を閉じた。すると、柔らかいものが唇に当たる。
「今の僕の前で、目を閉じるのは危険だよ」
「さ、先にキスをしておいて、それを言うの?」
そんなつもりで目を閉じたわけじゃないのに。
「想いが通じ合って、そんなに時間が経っていないんだから仕方がないだろう」
「そう、だけど……で、雪くんはそのまま白河家の養子に?」
「あ、うん。元々、会長には千春さんしか子どもはいなかったから、その後継に選ばれたんだ」
「そしたら、千春さま、じゃなかった社長と結婚話が持ち上がったんじゃないの?」
普通、婿養子にするはずだから。
「早智がそれを言う? 勿論、断ったさ。小学生の頃から好きな相手がいるからって」
「会長は納得された、のよね。雪くんが副社長の位置にいるのだから」
「うん。だから僕が社長になるまでの繋ぎとして、今は千春さんが社長をしているんだ」
「社長は、それをどう思っているのかしら」
リバーブラッシュの歴史はそんなに古くはないけれど、ずっと一族経営してきた会社だ。
それを養子とはいえ、他人である雪くんに任せる、と父親が言っても、納得できるのだろうか。
私はできない。高野辺家を疎んでいる私でさえも、当主の座に知らない者が座るだなんて、絶対に嫌だ。
千春さまは、どう思われたのだろうか。それを知ったのは、一週間後のことだった。
「……そこまでは……聞いてない、と思う」
ずっと、とか。昔から、とか。再会したばかりだから、どれくらい昔なのかは分からないけれど、ここは……聞き流しておこう。
本題に入る前に、語られそうな勢いが雪くんから見て取れたからだ。
そう、まるで大型犬が、大好きな飼い主さんに向かって構って構って、とはしゃいでいる姿と重なる。
「なら今、聞いたってことで」
ニカッと笑う雪くんを見て、こんな感じだったかな、と一瞬、思ってしまった。いや、今は副社長になったのだから、昔とは違うのは当たり前だ。
もしかしたら、こっちの雪くんの方が本当の姿なのかもしれない。ちょっとオドオドした気弱な少年はもういないのだ。
そういえば、再会した時にそんな話をしたっけ。
『今度は僕がって』
まさか、ね。
***
「えっと、何から話そうか」
一旦、私から体を離し、居住まいをただした雪くんが、顎に手を当てて唸った。すぐに助け舟を出したいところだったけれど、私もまだ混乱の最中だった。
それでも、何か言いたくなるのは、昔の癖だろうか。困った雪くんを見ていると、何か言いたくなった。
「昔……そうだ、昔のこと」
「え?」
「中学校に上がる前に転校していったでしょう? 親戚の家に。それが白河家だったの?」
「いや、白河家に養子へ入ったのは、中学を卒業した後なんだ」
雪くんはゆっくりと、その後の経緯を話してくれた。
中学に入り、新しい家族に引き取られても、雪くんの立場は弱いままだった。
当たり前だ。
何年経っても私が旧家のお嬢さんであるのと一緒で、雪くんもまた、孤児というレッテルを貼られている。
いくら私たちが普通に過ごしていても、周りはそういう色眼鏡で見てしまうのだ。
真逆にいるけれど、私と雪くんは一緒だった。
「中学までは義務教育だったから行くことはできたけど、高校はやっぱり無理だったんだ」
「えっ、でも小楯、さんだったっけ? 彼女たちは雪くんがアメリカの大学を飛び級で卒業したって言っていたけれど……」
「それは本当。すぐに就職した先の会社が、リバーブラッシュの子会社だったんだ。早智はうちの会社が何の会社か、勿論、知っているよね」
「当り前でしょう。歯磨き粉の会社。私がいるのは営業課なんだから、知らなかったら仕事にならないわ」
そうだね、と私と雪くんは笑い合う。
「僕がいたのは印刷工場。請負先にリバーブラッシュがあって、歯磨き粉のパッケージを印刷していたんだ。そこで会長、白河家の旦那様に目をかけてもらったのがキッカケだった」
印刷工場の社長とリバーブラッシュの会長は親戚で、口利きしてもらったらしい。雪くんの身の上に同情して。
平静を装っていたけれど、心配そうな顔をしていたのだろう。雪くんがそっと私の頬を撫でる。
「大丈夫。あのままだと、早智と結婚できるどころか、告白すらできない位置にいたんだ。哀れみでも何でもいい。僕はそのチャンスを逃したくはなかった」
「雪くん……」
そこまで想われていたとは知らず、私は目を閉じた。すると、柔らかいものが唇に当たる。
「今の僕の前で、目を閉じるのは危険だよ」
「さ、先にキスをしておいて、それを言うの?」
そんなつもりで目を閉じたわけじゃないのに。
「想いが通じ合って、そんなに時間が経っていないんだから仕方がないだろう」
「そう、だけど……で、雪くんはそのまま白河家の養子に?」
「あ、うん。元々、会長には千春さんしか子どもはいなかったから、その後継に選ばれたんだ」
「そしたら、千春さま、じゃなかった社長と結婚話が持ち上がったんじゃないの?」
普通、婿養子にするはずだから。
「早智がそれを言う? 勿論、断ったさ。小学生の頃から好きな相手がいるからって」
「会長は納得された、のよね。雪くんが副社長の位置にいるのだから」
「うん。だから僕が社長になるまでの繋ぎとして、今は千春さんが社長をしているんだ」
「社長は、それをどう思っているのかしら」
リバーブラッシュの歴史はそんなに古くはないけれど、ずっと一族経営してきた会社だ。
それを養子とはいえ、他人である雪くんに任せる、と父親が言っても、納得できるのだろうか。
私はできない。高野辺家を疎んでいる私でさえも、当主の座に知らない者が座るだなんて、絶対に嫌だ。
千春さまは、どう思われたのだろうか。それを知ったのは、一週間後のことだった。
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