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第3話 幼なじみの正体
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「本当に久しぶりだよね。もう何年になるかな」
立ち話もなんだからと言われて、近くのカフェに私たちは入った。
洗練された店内に、立ち振る舞いがスマートな店員さん。窓が大きいからか、壁が黒なのにもかかわらず、温かな陽気に包まれていた。
二人だけなのだから、カウンターでも良さそうなのに、雪くんは迷わずボックス席へ。
思わず戸惑うと、すかさず「僕のおごりだから」とか「昔の話を誰かに聞かれたくはないから」と、私の逃げ道を塞ぐ。
孤児になって施設暮らしをしていた雪くんと、地元では力のある……有権者の娘の私。確かに他の者の耳に入れる話ではなかった。
「中学生になって雪くんが……遠くに行っちゃったから、ちょうど六年前かな」
本当は親戚の家に引き取られたのだ。私の家は、必要の有無など関係なしに、そういった情報が舞い込みやすい。
ただ雪くんが別の中学に行く、というだけでも喪失感が半端なかったのに、今度は遠くに行ってしまうことを聞いて私は……!
しかも雪くんの口からではなく、人づてに聞いてしまったのがまた、大きかった。
「いいよ。本人を目の前にして、わざわざ言葉を濁さなくたって」
「……でも、雪くんはあの時、何も言わずに行っちゃったじゃない? 言いたくなかったのかなと思って」
「それは……上手くいくかどうか、分からなかったんだ。施設からも、戻りたければ、いつでも戻ってきていいって言われていたから、余計に」
ということは、上手くいったってことだ。
「良かった。今更だけど、私がしていたことって雪くんにとって、負担だったんじゃないかって思っていたから」
「仮にそうだとしたら、こんなところで高野辺に声なんかかけないよ」
確かにそうだ。嫌な過去を思い出す相手にわざわざ会って、何になるんだろうか。
「ずっと高野辺には助けられてきたから、今度は僕がって思ったんだ」
「え?」
どうやって? 住まいなら、実家から通っているからお世話になることはないし、他に助けてもらうことなんて……。
けれど雪くんは自信満々に微笑んで見せるだけで、詳しいことは教えてくれなかった。
「ほら、同じオフィス街にいるから、何かと、ね」
ただそれだけ言うと「そんなことよりさ」とすぐに話題を変えられてしまう。
この時の私は、雪くんの言葉をそのまま受け取っただけで、深く考えようとしなかった。雪くんとの再会を喜び、戸惑い。感情を上手くコントロールできなかったせいだろう。
もっと深く、聞けばよかった。今どこで働いているの? 何の仕事をしているの?
そのたった二言が言えなかっただけで、私は次の日、とんでもない目に遭うことになる。
多分、雪くんの方は……できていたの、かな……?
***
「高野辺早智さんって、あなた?」
休憩室でお昼ご飯を食べている時だった。突然、見知らぬお姉さま方の登場に、休憩室が騒然となる。
この時ほど、自席でご飯を食べなくて良かった、と思ったことはない。
急いで立ち上がり、両手を前で組む。
「はい。私です。何かご迷惑になることを――……」
「ふ~ん。大したことないわね。本当にこの子なの?」
「ちょっと髪型が違うけど、間違いないわ」
「えー、ショック。副社長ってこんなのがいいわけ?」
副社長? どうしてここで、副社長の名前が出てくるの?
けれどそんな質問など、聞ける雰囲気ではない。今の私はどうやら、お姉さま方に値踏みされているようだったからだ。
「あ、でも高野辺さんって新入社員でしょう?」
「は、はい」
右も左も分からないペーペーです!
「ってことは、二十二歳?」
「はい。大卒で入らせていただきました」
「まさか副社長と同じ大学ってことはないわよね」
「何を言っているのよ。副社長は、アメリカの大学を飛び級で卒業したって話なんだから、あり得ないわ」
と、飛び級……。お姉さま方の話っぷりからすると、どうやら副社長は私と同い年らしい。
「そしたら何? 年上には興味がないのかしら」
「タメ限定なら、無理ゲーじゃない」
「というか、そんな人いるの?」
「まぁ、対等な関係がいいって言う人間もいるから」
「ふ~ん。それでも、ねぇ?」
こんな冴えない女の何処がいいの?
そんな幻聴が聞こえてくるようだった。直接言われたわけでもないし、実際にそうだから、反論の余地はないけれど……。
というか、圧が凄くて怖い!
お姉さま方はひとしきり私を値踏みするだけ値踏みをして、休憩室から出て行った。
「こっわっ! 高野辺さん、副社長と何があったの?」
途端に駆け寄ってくる同期たち。そりゃ、興味津々なのは分かるけど……。
「し、知りませんよ。そもそも、副社長の顔なんて知らないんですから」
入社式なんて緊張して、よく見ていなかったし。そもそも重役なんて、皆、同じ顔とスーツ姿。唯一覚えているのは、社長の顔と名前だけ。
何せ我が社、リバーブラッシュの社長は女性。まさにキャリアウーマンといった感じの風貌で、壇上を颯爽と歩く姿がカッコ良い、白河千春さまである。
副社長を調べる傍ら、ホームページの紹介文に写る千春さまの顔写真に、思わずうっとりしてしまう。さっきまで、怖いお姉さま方に囲まれていたから、尚更だ。
けれど目的を忘れてはいけない。私は画面をスクロールさせて、副社長の名前と顔写真を確認した。
「……え?」
嘘、なにこれ。
私は思わず口を手で覆った。
『白河辰則』と書かれているが、間違いない。顔写真が雪くんだと、私にそう教えてくれていた。
立ち話もなんだからと言われて、近くのカフェに私たちは入った。
洗練された店内に、立ち振る舞いがスマートな店員さん。窓が大きいからか、壁が黒なのにもかかわらず、温かな陽気に包まれていた。
二人だけなのだから、カウンターでも良さそうなのに、雪くんは迷わずボックス席へ。
思わず戸惑うと、すかさず「僕のおごりだから」とか「昔の話を誰かに聞かれたくはないから」と、私の逃げ道を塞ぐ。
孤児になって施設暮らしをしていた雪くんと、地元では力のある……有権者の娘の私。確かに他の者の耳に入れる話ではなかった。
「中学生になって雪くんが……遠くに行っちゃったから、ちょうど六年前かな」
本当は親戚の家に引き取られたのだ。私の家は、必要の有無など関係なしに、そういった情報が舞い込みやすい。
ただ雪くんが別の中学に行く、というだけでも喪失感が半端なかったのに、今度は遠くに行ってしまうことを聞いて私は……!
しかも雪くんの口からではなく、人づてに聞いてしまったのがまた、大きかった。
「いいよ。本人を目の前にして、わざわざ言葉を濁さなくたって」
「……でも、雪くんはあの時、何も言わずに行っちゃったじゃない? 言いたくなかったのかなと思って」
「それは……上手くいくかどうか、分からなかったんだ。施設からも、戻りたければ、いつでも戻ってきていいって言われていたから、余計に」
ということは、上手くいったってことだ。
「良かった。今更だけど、私がしていたことって雪くんにとって、負担だったんじゃないかって思っていたから」
「仮にそうだとしたら、こんなところで高野辺に声なんかかけないよ」
確かにそうだ。嫌な過去を思い出す相手にわざわざ会って、何になるんだろうか。
「ずっと高野辺には助けられてきたから、今度は僕がって思ったんだ」
「え?」
どうやって? 住まいなら、実家から通っているからお世話になることはないし、他に助けてもらうことなんて……。
けれど雪くんは自信満々に微笑んで見せるだけで、詳しいことは教えてくれなかった。
「ほら、同じオフィス街にいるから、何かと、ね」
ただそれだけ言うと「そんなことよりさ」とすぐに話題を変えられてしまう。
この時の私は、雪くんの言葉をそのまま受け取っただけで、深く考えようとしなかった。雪くんとの再会を喜び、戸惑い。感情を上手くコントロールできなかったせいだろう。
もっと深く、聞けばよかった。今どこで働いているの? 何の仕事をしているの?
そのたった二言が言えなかっただけで、私は次の日、とんでもない目に遭うことになる。
多分、雪くんの方は……できていたの、かな……?
***
「高野辺早智さんって、あなた?」
休憩室でお昼ご飯を食べている時だった。突然、見知らぬお姉さま方の登場に、休憩室が騒然となる。
この時ほど、自席でご飯を食べなくて良かった、と思ったことはない。
急いで立ち上がり、両手を前で組む。
「はい。私です。何かご迷惑になることを――……」
「ふ~ん。大したことないわね。本当にこの子なの?」
「ちょっと髪型が違うけど、間違いないわ」
「えー、ショック。副社長ってこんなのがいいわけ?」
副社長? どうしてここで、副社長の名前が出てくるの?
けれどそんな質問など、聞ける雰囲気ではない。今の私はどうやら、お姉さま方に値踏みされているようだったからだ。
「あ、でも高野辺さんって新入社員でしょう?」
「は、はい」
右も左も分からないペーペーです!
「ってことは、二十二歳?」
「はい。大卒で入らせていただきました」
「まさか副社長と同じ大学ってことはないわよね」
「何を言っているのよ。副社長は、アメリカの大学を飛び級で卒業したって話なんだから、あり得ないわ」
と、飛び級……。お姉さま方の話っぷりからすると、どうやら副社長は私と同い年らしい。
「そしたら何? 年上には興味がないのかしら」
「タメ限定なら、無理ゲーじゃない」
「というか、そんな人いるの?」
「まぁ、対等な関係がいいって言う人間もいるから」
「ふ~ん。それでも、ねぇ?」
こんな冴えない女の何処がいいの?
そんな幻聴が聞こえてくるようだった。直接言われたわけでもないし、実際にそうだから、反論の余地はないけれど……。
というか、圧が凄くて怖い!
お姉さま方はひとしきり私を値踏みするだけ値踏みをして、休憩室から出て行った。
「こっわっ! 高野辺さん、副社長と何があったの?」
途端に駆け寄ってくる同期たち。そりゃ、興味津々なのは分かるけど……。
「し、知りませんよ。そもそも、副社長の顔なんて知らないんですから」
入社式なんて緊張して、よく見ていなかったし。そもそも重役なんて、皆、同じ顔とスーツ姿。唯一覚えているのは、社長の顔と名前だけ。
何せ我が社、リバーブラッシュの社長は女性。まさにキャリアウーマンといった感じの風貌で、壇上を颯爽と歩く姿がカッコ良い、白河千春さまである。
副社長を調べる傍ら、ホームページの紹介文に写る千春さまの顔写真に、思わずうっとりしてしまう。さっきまで、怖いお姉さま方に囲まれていたから、尚更だ。
けれど目的を忘れてはいけない。私は画面をスクロールさせて、副社長の名前と顔写真を確認した。
「……え?」
嘘、なにこれ。
私は思わず口を手で覆った。
『白河辰則』と書かれているが、間違いない。顔写真が雪くんだと、私にそう教えてくれていた。
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