上 下
2 / 16

第2話 横暴な過去

しおりを挟む
 初めて会ったのはいつだったのか記憶にない。ただ、いつも誰かに囲まれていたのを覚えている。もしくはいつも一人でいるところを。

「どうしたの? 何があったの?」

 それはいつも、こんな風に優しく声をかけるような場面ではなかった。だって雪くんは……。

「お前、生意気なんだよ!」

 体格のいい、ガキ大将のような少年に突き飛ばされて、小柄で細身な少年は尻もちをついてしまう。よくある男の子たちのご競り合い。もしくは弱い者いじめだった。

 下手に手を出して巻き込まれたら溜まったものではない。だから皆、見て見ぬふりをする。けれど私は我関せずに、そこへ堂々と向かって歩いて行った。

「何をしているの?」

 けして正義心で言ったわけじゃない。

「邪魔なんだけど」

 そう、通行の邪魔だったからだ。しかも相手は気に食わない相手。高々PTAの会長の息子だと言うだけで威張り散らしている男の子だった。

「誰だ! この俺に向かって邪魔だと――……」
「通行の妨げになっているから邪魔だと言ったのよ。そんなに偉いのなら、他の人の迷惑にならない行動をして。アンタの親だって「お手本になるように」って言っていたじゃない」

 告げ口するわよ、と睨んでやる。普通ならこのガキ大将に目をつけられるところだが、私もまた違った意味で特殊な位置にいる人物だったのだ。

「チッ。高野辺かよ。めんどくせーな」
「それはお互い様でしょう。私だってアンタに構いたくないんだから」
「だったら邪魔……分かったよ。どけばいいんだろう」

 普段から親の力を笠に、横暴な振る舞いをしているガキ大将。お互いの力関係を熟知しているのは、むしろ向こうの方だった。
 だからいくら私に盾を付いても意味がないことくらい、知っているのだ。勝てない相手に立ち向かわないのが、向こうのやり方。けれど逆に、私はそれが嫌だった。

「フン、高野辺に感謝するんだな」

 ガキ大将は私と細身の少年を交互に見た後、捨て台詞を吐いて去って行った。取り巻きたちも一緒に。

 あぁ、本当に嫌だ。ガキ大将は自分の力を見せつけたいらしいけれど、私は逆に隠したかった。他の子と同じ扱いをしてほしい。ただそう思っているのに、現実がそれを許さない。
 だからガキ大将の行動が、余計に目に入って嫌になるのだ。

 多分この時も、虫の居所が悪かったのだろう。私にとってはそんな些細な出来事だった。

「大丈夫?」

 けれどそのまま細身の少年を無視して立ち去るのも分が悪い。状況的に、私は彼を助けた立場なのだ。
 けれどさすがに自尊心を傷つけかねないから、手は伸ばすことはしなかった。正義心でやったわけではなくても、相手に嫌われるのは嫌だから。

「……ありがとう」

 少年はバツが悪そうな顔で私を見上げた。ただそれっきりで立ち上がろうとしない。
 どうしたんだろう、としゃがみ込んだ瞬間、腕を掴まれた。

「っ!」

 この時の私は、自分がどんな体勢でいたのか忘れてしまうくらい驚いたらしい。反射的に体を引いてしまった。
 途端、バランスを崩し、後はそのまま少年と同じ体勢になるのを覚悟した。
 けれどお尻が痛むことはなかった。何故なら私は、少年の方に倒れ込んだからだ。少年が腕を引っ張ってくれたお陰で。

「あ、ありがとう」
「僕の方こそ、ごめん。そんなに驚くとは思ってもみなかったんだ」
「急に掴まれたら、誰だってビックリすると思うけど……」
「そうみたいだね。凄くドキドキしているのが聞こえる」

 少年からしたら何気ない一言だったのかもしれない。けれど私は恥ずかしくなって、今度こそ体を後ろに思いっ切り引いた。
 けれど尻餅をつかなかったのは、少年がずっと腕を離さないでいてくれたお陰だった。

「助けてくれてありがとう。それからごめん。どんな子か知りたくて、ちょっと意地悪をしたんだ」

 少年は何でもないように立ち上がった。私も同時に引っ張り上げられる。それがあまりにも力強くて、気がついたら尋ねていた。

「……あいつらにはやられていたのに、どうして?」
「歯向かったところでメリットもないし……やられっぱなしなのも、また同じだけど……」
「あいつらにとってはお遊びみたいなものだからね」

 やられた本人を目の前にして言うことではなかったけれど、それが事実だ。

「うん。施設にいる僕なんて、ごみクズとしか見ていないんだよ」

 もしも私が優しい女の子だったらきっと「そんなことはないよ」って言えたんだろうな。けれど少年もまた、それを望んではいなかった。

「でも今日はメリットがあった」
「怪我をしているのに?」

 私はそっと、少年の頬に触れる。赤くなった痕。肌が白いせいか、鮮やかな色になっている。が、やはり痛々しい。

「誰にも見向きされていないってことが分かったから。それが高野辺さん一人だったとしても」

 そう言って笑ってくれた。自嘲じゃない、安心したような笑みに、私の心が温かくなった。

 これが初恋だと気づいたのは、中学生になって少年、いや雪くんと離れ離れになった後だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

年下男子に追いかけられて極甘求婚されています

あさの紅茶
恋愛
◆結婚破棄され憂さ晴らしのために京都一人旅へ出かけた大野なぎさ(25) 「どいつもこいつもイチャイチャしやがって!ムカつくわー!お前ら全員幸せになりやがれ!」 ◆年下幼なじみで今は京都の大学にいる富田潤(20) 「京都案内しようか?今どこ?」 再会した幼なじみである潤は実は子どもの頃からなぎさのことが好きで、このチャンスを逃すまいと猛アプローチをかける。 「俺はもう子供じゃない。俺についてきて、なぎ」 「そんなこと言って、後悔しても知らないよ?」

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

私のところの執事がスキンシップ過多なんですがどうすればいい?

下菊みこと
恋愛
異世界にもネット掲示板的なのがあったら? 小説家になろう様でも投稿しております。

逃げて、追われて、捕まって (元悪役令嬢編)

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で貴族令嬢として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 *****ご報告**** 「逃げて、追われて、捕まって」連載版については、2020年 1月28日 レジーナブックス 様より書籍化しております。 **************** サクサクと読める、5000字程度の短編を書いてみました! なろうでも同じ話を投稿しております。

皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する

真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。

内気な貧乏男爵令嬢はヤンデレ殿下の寵妃となる

下菊みこと
恋愛
ヤンデレが愛しい人を搦めとるだけ。

青い導火線 クセモノたちの狂詩曲

奈月沙耶
恋愛
高校生になって始まったのは騒がしい日々。 クセモノな先輩たちに振り回されて彼はたくましくなっていく。 やがて知る様々な思い、たくさんの思惑。 そして一生ものの恋が始まる――――。 始めは学園コメディですが後半恋愛色が強くなります。多角多面な恋愛模様がお好きな方は是非。 今後は「Lotus 便利屋はカフェにいる」に続きます。 ※2021/12/11~冒頭から文章とレイアウトの手直ししていきます。内容に変更はありません *登場人物 ・池崎正人 新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。 ・中川美登利 中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。 ・一ノ瀬誠 生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。 ・綾小路高次 風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする? ・坂野今日子 中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。 ・船岡和美 中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。 ・澤村祐也 文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。 ・安西史弘 体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。 ・森村拓己 正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。 ・片瀬修一 正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。 ・小暮綾香 正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。 ・須藤恵 綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。 ・宮前仁 美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。 ・錦小路紗綾 綾小路の婚約者。京都に住んでいる。 ・志岐琢磨 喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。 ・中川巽 美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。 ・榊亜紀子 美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。 ・村上達彦 巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

処理中です...