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第2話 横暴な過去
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初めて会ったのはいつだったのか記憶にない。ただ、いつも誰かに囲まれていたのを覚えている。もしくはいつも一人でいるところを。
「どうしたの? 何があったの?」
それはいつも、こんな風に優しく声をかけるような場面ではなかった。だって雪くんは……。
「お前、生意気なんだよ!」
体格のいい、ガキ大将のような少年に突き飛ばされて、小柄で細身な少年は尻もちをついてしまう。よくある男の子たちのご競り合い。もしくは弱い者いじめだった。
下手に手を出して巻き込まれたら溜まったものではない。だから皆、見て見ぬふりをする。けれど私は我関せずに、そこへ堂々と向かって歩いて行った。
「何をしているの?」
けして正義心で言ったわけじゃない。
「邪魔なんだけど」
そう、通行の邪魔だったからだ。しかも相手は気に食わない相手。高々PTAの会長の息子だと言うだけで威張り散らしている男の子だった。
「誰だ! この俺に向かって邪魔だと――……」
「通行の妨げになっているから邪魔だと言ったのよ。そんなに偉いのなら、他の人の迷惑にならない行動をして。アンタの親だって「お手本になるように」って言っていたじゃない」
告げ口するわよ、と睨んでやる。普通ならこのガキ大将に目をつけられるところだが、私もまた違った意味で特殊な位置にいる人物だったのだ。
「チッ。高野辺かよ。めんどくせーな」
「それはお互い様でしょう。私だってアンタに構いたくないんだから」
「だったら邪魔……分かったよ。どけばいいんだろう」
普段から親の力を笠に、横暴な振る舞いをしているガキ大将。お互いの力関係を熟知しているのは、むしろ向こうの方だった。
だからいくら私に盾を付いても意味がないことくらい、知っているのだ。勝てない相手に立ち向かわないのが、向こうのやり方。けれど逆に、私はそれが嫌だった。
「フン、高野辺に感謝するんだな」
ガキ大将は私と細身の少年を交互に見た後、捨て台詞を吐いて去って行った。取り巻きたちも一緒に。
あぁ、本当に嫌だ。ガキ大将は自分の力を見せつけたいらしいけれど、私は逆に隠したかった。他の子と同じ扱いをしてほしい。ただそう思っているのに、現実がそれを許さない。
だからガキ大将の行動が、余計に目に入って嫌になるのだ。
多分この時も、虫の居所が悪かったのだろう。私にとってはそんな些細な出来事だった。
「大丈夫?」
けれどそのまま細身の少年を無視して立ち去るのも分が悪い。状況的に、私は彼を助けた立場なのだ。
けれどさすがに自尊心を傷つけかねないから、手は伸ばすことはしなかった。正義心でやったわけではなくても、相手に嫌われるのは嫌だから。
「……ありがとう」
少年はバツが悪そうな顔で私を見上げた。ただそれっきりで立ち上がろうとしない。
どうしたんだろう、としゃがみ込んだ瞬間、腕を掴まれた。
「っ!」
この時の私は、自分がどんな体勢でいたのか忘れてしまうくらい驚いたらしい。反射的に体を引いてしまった。
途端、バランスを崩し、後はそのまま少年と同じ体勢になるのを覚悟した。
けれどお尻が痛むことはなかった。何故なら私は、少年の方に倒れ込んだからだ。少年が腕を引っ張ってくれたお陰で。
「あ、ありがとう」
「僕の方こそ、ごめん。そんなに驚くとは思ってもみなかったんだ」
「急に掴まれたら、誰だってビックリすると思うけど……」
「そうみたいだね。凄くドキドキしているのが聞こえる」
少年からしたら何気ない一言だったのかもしれない。けれど私は恥ずかしくなって、今度こそ体を後ろに思いっ切り引いた。
けれど尻餅をつかなかったのは、少年がずっと腕を離さないでいてくれたお陰だった。
「助けてくれてありがとう。それからごめん。どんな子か知りたくて、ちょっと意地悪をしたんだ」
少年は何でもないように立ち上がった。私も同時に引っ張り上げられる。それがあまりにも力強くて、気がついたら尋ねていた。
「……あいつらにはやられていたのに、どうして?」
「歯向かったところでメリットもないし……やられっぱなしなのも、また同じだけど……」
「あいつらにとってはお遊びみたいなものだからね」
やられた本人を目の前にして言うことではなかったけれど、それが事実だ。
「うん。施設にいる僕なんて、ごみクズとしか見ていないんだよ」
もしも私が優しい女の子だったらきっと「そんなことはないよ」って言えたんだろうな。けれど少年もまた、それを望んではいなかった。
「でも今日はメリットがあった」
「怪我をしているのに?」
私はそっと、少年の頬に触れる。赤くなった痕。肌が白いせいか、鮮やかな色になっている。が、やはり痛々しい。
「誰にも見向きされていないってことが分かったから。それが高野辺さん一人だったとしても」
そう言って笑ってくれた。自嘲じゃない、安心したような笑みに、私の心が温かくなった。
これが初恋だと気づいたのは、中学生になって少年、いや雪くんと離れ離れになった後だった。
「どうしたの? 何があったの?」
それはいつも、こんな風に優しく声をかけるような場面ではなかった。だって雪くんは……。
「お前、生意気なんだよ!」
体格のいい、ガキ大将のような少年に突き飛ばされて、小柄で細身な少年は尻もちをついてしまう。よくある男の子たちのご競り合い。もしくは弱い者いじめだった。
下手に手を出して巻き込まれたら溜まったものではない。だから皆、見て見ぬふりをする。けれど私は我関せずに、そこへ堂々と向かって歩いて行った。
「何をしているの?」
けして正義心で言ったわけじゃない。
「邪魔なんだけど」
そう、通行の邪魔だったからだ。しかも相手は気に食わない相手。高々PTAの会長の息子だと言うだけで威張り散らしている男の子だった。
「誰だ! この俺に向かって邪魔だと――……」
「通行の妨げになっているから邪魔だと言ったのよ。そんなに偉いのなら、他の人の迷惑にならない行動をして。アンタの親だって「お手本になるように」って言っていたじゃない」
告げ口するわよ、と睨んでやる。普通ならこのガキ大将に目をつけられるところだが、私もまた違った意味で特殊な位置にいる人物だったのだ。
「チッ。高野辺かよ。めんどくせーな」
「それはお互い様でしょう。私だってアンタに構いたくないんだから」
「だったら邪魔……分かったよ。どけばいいんだろう」
普段から親の力を笠に、横暴な振る舞いをしているガキ大将。お互いの力関係を熟知しているのは、むしろ向こうの方だった。
だからいくら私に盾を付いても意味がないことくらい、知っているのだ。勝てない相手に立ち向かわないのが、向こうのやり方。けれど逆に、私はそれが嫌だった。
「フン、高野辺に感謝するんだな」
ガキ大将は私と細身の少年を交互に見た後、捨て台詞を吐いて去って行った。取り巻きたちも一緒に。
あぁ、本当に嫌だ。ガキ大将は自分の力を見せつけたいらしいけれど、私は逆に隠したかった。他の子と同じ扱いをしてほしい。ただそう思っているのに、現実がそれを許さない。
だからガキ大将の行動が、余計に目に入って嫌になるのだ。
多分この時も、虫の居所が悪かったのだろう。私にとってはそんな些細な出来事だった。
「大丈夫?」
けれどそのまま細身の少年を無視して立ち去るのも分が悪い。状況的に、私は彼を助けた立場なのだ。
けれどさすがに自尊心を傷つけかねないから、手は伸ばすことはしなかった。正義心でやったわけではなくても、相手に嫌われるのは嫌だから。
「……ありがとう」
少年はバツが悪そうな顔で私を見上げた。ただそれっきりで立ち上がろうとしない。
どうしたんだろう、としゃがみ込んだ瞬間、腕を掴まれた。
「っ!」
この時の私は、自分がどんな体勢でいたのか忘れてしまうくらい驚いたらしい。反射的に体を引いてしまった。
途端、バランスを崩し、後はそのまま少年と同じ体勢になるのを覚悟した。
けれどお尻が痛むことはなかった。何故なら私は、少年の方に倒れ込んだからだ。少年が腕を引っ張ってくれたお陰で。
「あ、ありがとう」
「僕の方こそ、ごめん。そんなに驚くとは思ってもみなかったんだ」
「急に掴まれたら、誰だってビックリすると思うけど……」
「そうみたいだね。凄くドキドキしているのが聞こえる」
少年からしたら何気ない一言だったのかもしれない。けれど私は恥ずかしくなって、今度こそ体を後ろに思いっ切り引いた。
けれど尻餅をつかなかったのは、少年がずっと腕を離さないでいてくれたお陰だった。
「助けてくれてありがとう。それからごめん。どんな子か知りたくて、ちょっと意地悪をしたんだ」
少年は何でもないように立ち上がった。私も同時に引っ張り上げられる。それがあまりにも力強くて、気がついたら尋ねていた。
「……あいつらにはやられていたのに、どうして?」
「歯向かったところでメリットもないし……やられっぱなしなのも、また同じだけど……」
「あいつらにとってはお遊びみたいなものだからね」
やられた本人を目の前にして言うことではなかったけれど、それが事実だ。
「うん。施設にいる僕なんて、ごみクズとしか見ていないんだよ」
もしも私が優しい女の子だったらきっと「そんなことはないよ」って言えたんだろうな。けれど少年もまた、それを望んではいなかった。
「でも今日はメリットがあった」
「怪我をしているのに?」
私はそっと、少年の頬に触れる。赤くなった痕。肌が白いせいか、鮮やかな色になっている。が、やはり痛々しい。
「誰にも見向きされていないってことが分かったから。それが高野辺さん一人だったとしても」
そう言って笑ってくれた。自嘲じゃない、安心したような笑みに、私の心が温かくなった。
これが初恋だと気づいたのは、中学生になって少年、いや雪くんと離れ離れになった後だった。
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