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第4章 辺境伯夫人の戦い
第36話 常に味方とは限らない
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「ううんっ」
目が覚めると、アリスター様の姿を探してしまう。ベッドを共にしてから、私の癖になっていた。
でも今は……アリスター様は巡回に出ているから……。
その寂しさを和らげるために、寝返りを打とうとした瞬間、左手が動かない。厳密にいうと、縫い付けられているかのように、引っ張っても動かないのだ。
「メイベルっ!」
「え? アリスター様?」
何でここに? いやそれよりも、どうしてベッドの中にいないの?
驚きのあまり、私は起き上がった。すると何故かアリスター様は、慌てて私の体を支えるように寄り添ってくれた。
確かにちょっとダルいけど、そこまでする必要はないのに。相変わらず、過保護なんだから。
ふふふっと笑いつつ、私は疑問を投げかけた。
「えっと、旦那様は巡回に行ったのではないのですか?」
「何を言っているんだ。シオドーラがメイベルを襲ったから俺は……!」
「シオドーラが? 私を?」
何を言っているの? と首を傾げると、今度は訝しげな顔をされてしまった。
「旦那様?」
「メイベル。確認をするんだが、俺と騎士団が巡回に出た後、何があった?」
「何って、何もありませんでしたよ。旦那様に言われたように、城の警備が万全か、毎日の散策は欠かしませんでしたし。サミーからも報告を受けていて、特に変わったことは……なかったと、思います」
多分。けれどアリスター様の様子が、それは違うと言っている。明らかに、何かあったことが伺えるのに、何も分からない。
けれど不思議と不安にならなかったのは、前にも見たことがあったからだ。
そう、首都のブレイズ公爵邸で。キョトンとする私と、驚く皆の顔。まさに、今と同じ状況だった。
「旦那様。サミーを呼んできてもらえますか? その疑問を解決できると思うんです」
「心当たりがあるんだな」
「……はい」
皆が心配をしているのに、私自身は身に覚えがない。記憶にない。だから余計、心配に拍車をかけてしまうのだ。そう、今のアリスター様と同じように。
私を一人、残して行くのが嫌なのか、扉を開けた後、すぐに戻ってきた。
「サミーを呼んだが、その前に診察を受けてくれ。記憶になくても、体は憶えている」
「……分かりました」
こういう時、察しが良いのは助かる。私は一言も「憶えていない」「知らない」とは言っていないのにもかかわらず、さらに事情があることまで踏んでくれるのが。
それも、怒らずに……。
言ったら、さすがのアリスター様でも怒るのかな。
***
数分後、お医者様とサミーがやってきた。アリスター様に言われたように診察を受け、無事に良好とお墨付きを得る。
これで二人も安心するだろう、と思ったのだが、問題が一つ、片付いただけで、解決したわけではない。
難しい表情のアリスター様と、落ち着かないサミーを残して、お医者様は出て行かれた。
静まり返る寝室。天蓋カーテンが纏められているのに息苦しい。朝の温かい日差しがベッドの上を照らしてくれているのに。私は堪らず、この静寂を破った。
「旦那様はサミーから事の詳細を聞いたんですか? その、私が襲われた経緯を」
「あぁ」
その返事を聞き、視線をサミーに向ける。
「今、ここでその内容を聞いてもよろしいですか?」
「お、奥様っ!」
「サミー、教えて。私が魔力を使うほどの事態を」
「魔力?」
何故そこでその単語が出るのか、とアリスター様の顔には、そう書いてあった。思わず笑みがこぼれる。お兄様と親しくしていても、やはり聞いていなかったのが分かったからだ。
そうでなければ、私にあの短剣を渡すはずがない。
「はい。私は何故か、魔力を使うとその前後の記憶がなくなってしまうんです」
「奥様、それは……」
「いいのよ、サミー」
「何が、だ。それを知っていたら――……」
「どうしましたか? 私から短剣を取り上げましたか? 魔導具もなく、ただの剣だけで聖女とやり合えるだけの力を、私が持っていると思ったのですか?」
温室育ちの元公爵令嬢に。
「だから護衛を――……」
「密かにつけてくださっていたのは分かりました。でも、相手は聖女、いえシオドーラです。あの規格外に正攻法では勝てないことくらい、旦那様なら分かりますよね」
「シオドーラは扉を開けずに現れました。まるで白い蝶を扉に見立てて入ってきた感じだったんです。さらにその白い蝶で扉を覆われてしまい、護衛が異変に気づいても、中に入れなかったそうです」
ほらね、とアリスター様に顔を向けると、険しい顔がさらに歪んだ。
「しかし、そのお陰でご主人様の到着が早かったのも事実です。あと一歩遅かったら、と思うと……」
「さ、サミー」
「傷だらけの奥様を見て、どれほどご主人様が辛い思いをなさったのか。その上、十日間も目を覚まされなかったのですよ。片時も離れずにいたご主人様のお気持ちを察してください」
あ、あれ? 私、サミーにも怒られている?
「さらに魔力を使うと記憶を失うことまで知らされていなかったなんて、いくらなんでも……! 私はてっきり知っているとばかり思っていたから」
「あ、うん。ごめん、ごめんって」
ベッドから出られないのをいいことに、サミーはアリスター様に近づく。
「ご主人様。奥様は魔力を使うと加減ができないため、その反動で記憶を失うんです」
「えっと、正確に言うと、操作が下手なんです。いつも最大出力になってしまい……あっ、でも、元々魔力が少ないので、大惨事になることはありません」
ううっ。自分で言っていて恥ずかしい。ポンコツ過ぎて記憶を失うって、どんだけよ!
「そのため、騎士団に交じって行っていた訓練も、一時期禁止されていたんです」
「サミー! そこまで言わなくても」
「いいえ。公爵家の方々が奥様に対して過保護になったのは、それがキッカケだったことも知ってもらった方がいいと思います」
「そうだな。メイベルの性格からしたら、またやりかねん」
「分かっていただけて光栄です」
まっ、待って! 何で流れがそっちに!
「それでは私はこれで。奥様の食事を用意して参ります」
「あぁ、頼む」
「えっ、待ってサミー!」
この状況でアリスター様と二人きりは……!
さすがに怖いから~~~!!
目が覚めると、アリスター様の姿を探してしまう。ベッドを共にしてから、私の癖になっていた。
でも今は……アリスター様は巡回に出ているから……。
その寂しさを和らげるために、寝返りを打とうとした瞬間、左手が動かない。厳密にいうと、縫い付けられているかのように、引っ張っても動かないのだ。
「メイベルっ!」
「え? アリスター様?」
何でここに? いやそれよりも、どうしてベッドの中にいないの?
驚きのあまり、私は起き上がった。すると何故かアリスター様は、慌てて私の体を支えるように寄り添ってくれた。
確かにちょっとダルいけど、そこまでする必要はないのに。相変わらず、過保護なんだから。
ふふふっと笑いつつ、私は疑問を投げかけた。
「えっと、旦那様は巡回に行ったのではないのですか?」
「何を言っているんだ。シオドーラがメイベルを襲ったから俺は……!」
「シオドーラが? 私を?」
何を言っているの? と首を傾げると、今度は訝しげな顔をされてしまった。
「旦那様?」
「メイベル。確認をするんだが、俺と騎士団が巡回に出た後、何があった?」
「何って、何もありませんでしたよ。旦那様に言われたように、城の警備が万全か、毎日の散策は欠かしませんでしたし。サミーからも報告を受けていて、特に変わったことは……なかったと、思います」
多分。けれどアリスター様の様子が、それは違うと言っている。明らかに、何かあったことが伺えるのに、何も分からない。
けれど不思議と不安にならなかったのは、前にも見たことがあったからだ。
そう、首都のブレイズ公爵邸で。キョトンとする私と、驚く皆の顔。まさに、今と同じ状況だった。
「旦那様。サミーを呼んできてもらえますか? その疑問を解決できると思うんです」
「心当たりがあるんだな」
「……はい」
皆が心配をしているのに、私自身は身に覚えがない。記憶にない。だから余計、心配に拍車をかけてしまうのだ。そう、今のアリスター様と同じように。
私を一人、残して行くのが嫌なのか、扉を開けた後、すぐに戻ってきた。
「サミーを呼んだが、その前に診察を受けてくれ。記憶になくても、体は憶えている」
「……分かりました」
こういう時、察しが良いのは助かる。私は一言も「憶えていない」「知らない」とは言っていないのにもかかわらず、さらに事情があることまで踏んでくれるのが。
それも、怒らずに……。
言ったら、さすがのアリスター様でも怒るのかな。
***
数分後、お医者様とサミーがやってきた。アリスター様に言われたように診察を受け、無事に良好とお墨付きを得る。
これで二人も安心するだろう、と思ったのだが、問題が一つ、片付いただけで、解決したわけではない。
難しい表情のアリスター様と、落ち着かないサミーを残して、お医者様は出て行かれた。
静まり返る寝室。天蓋カーテンが纏められているのに息苦しい。朝の温かい日差しがベッドの上を照らしてくれているのに。私は堪らず、この静寂を破った。
「旦那様はサミーから事の詳細を聞いたんですか? その、私が襲われた経緯を」
「あぁ」
その返事を聞き、視線をサミーに向ける。
「今、ここでその内容を聞いてもよろしいですか?」
「お、奥様っ!」
「サミー、教えて。私が魔力を使うほどの事態を」
「魔力?」
何故そこでその単語が出るのか、とアリスター様の顔には、そう書いてあった。思わず笑みがこぼれる。お兄様と親しくしていても、やはり聞いていなかったのが分かったからだ。
そうでなければ、私にあの短剣を渡すはずがない。
「はい。私は何故か、魔力を使うとその前後の記憶がなくなってしまうんです」
「奥様、それは……」
「いいのよ、サミー」
「何が、だ。それを知っていたら――……」
「どうしましたか? 私から短剣を取り上げましたか? 魔導具もなく、ただの剣だけで聖女とやり合えるだけの力を、私が持っていると思ったのですか?」
温室育ちの元公爵令嬢に。
「だから護衛を――……」
「密かにつけてくださっていたのは分かりました。でも、相手は聖女、いえシオドーラです。あの規格外に正攻法では勝てないことくらい、旦那様なら分かりますよね」
「シオドーラは扉を開けずに現れました。まるで白い蝶を扉に見立てて入ってきた感じだったんです。さらにその白い蝶で扉を覆われてしまい、護衛が異変に気づいても、中に入れなかったそうです」
ほらね、とアリスター様に顔を向けると、険しい顔がさらに歪んだ。
「しかし、そのお陰でご主人様の到着が早かったのも事実です。あと一歩遅かったら、と思うと……」
「さ、サミー」
「傷だらけの奥様を見て、どれほどご主人様が辛い思いをなさったのか。その上、十日間も目を覚まされなかったのですよ。片時も離れずにいたご主人様のお気持ちを察してください」
あ、あれ? 私、サミーにも怒られている?
「さらに魔力を使うと記憶を失うことまで知らされていなかったなんて、いくらなんでも……! 私はてっきり知っているとばかり思っていたから」
「あ、うん。ごめん、ごめんって」
ベッドから出られないのをいいことに、サミーはアリスター様に近づく。
「ご主人様。奥様は魔力を使うと加減ができないため、その反動で記憶を失うんです」
「えっと、正確に言うと、操作が下手なんです。いつも最大出力になってしまい……あっ、でも、元々魔力が少ないので、大惨事になることはありません」
ううっ。自分で言っていて恥ずかしい。ポンコツ過ぎて記憶を失うって、どんだけよ!
「そのため、騎士団に交じって行っていた訓練も、一時期禁止されていたんです」
「サミー! そこまで言わなくても」
「いいえ。公爵家の方々が奥様に対して過保護になったのは、それがキッカケだったことも知ってもらった方がいいと思います」
「そうだな。メイベルの性格からしたら、またやりかねん」
「分かっていただけて光栄です」
まっ、待って! 何で流れがそっちに!
「それでは私はこれで。奥様の食事を用意して参ります」
「あぁ、頼む」
「えっ、待ってサミー!」
この状況でアリスター様と二人きりは……!
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