3 / 48
第1章 一緒に潜入調査をするんですか?
第3話 依頼人は騎士団長様(1)
しおりを挟む
普段、垂らしている水色の髪は後ろで三つ編みに。パッチリとした大きな緑色の瞳は、眼鏡でそっと隠す。
そう、今日の私は探偵風に変装をしていた。
というのは間違いで、モディカ公園にマクギニス伯爵家の者が、堂々と歩くわけにもいかないために、変装しているのだ。念のために、帽子もかぶって。
騎士団長様に会うには、ちょっと失礼な装いだとは思ったんだけど、きちんと説明すれば分かってくれるはず。
なにせこちらは依頼を受ける立場。無下にはしないはずだ。いや、断りに行くんだけど。
ううん。後々文句を言うような、せこい真似を“忠犬”ともあろう騎士団長様がするはずはないわ。多分……絶対……。
でも、犬ってすぐに吠えるのよね。突然、大きな声で。騎士団長様もそうなのかしら。ちょっと怖いわ。
しかし、すでにモディカ公園に来ていたため、引き返すことはできない。私が立ち止まると、前を歩く案内役の白猫が振り向いた。
「ねぇ、騎士団長様ってやっぱり怖いお方?」
私はしゃがんで白猫に話しかけた。猫憑きだからといって、猫と話せるわけじゃない。勿論、ピナを通してなら、会話することはできるけど。
だから、ちょっとした仕草や鳴き方で、喜怒哀楽くらいは読み取れた。
「そっか、分からないか。変なことを聞いてごめんね」
傾げる頭に手を乗せて、撫で撫でしてあげる。目を細める白猫の表情に、私の心も自然と落ち着いた。
「凄いな。会話ができるのか」
「ひゃっ!」
そんな和やかな場面に突然、後ろから声をかけられたものだから、私は思わず小さな悲鳴をあげた。
咄嗟に口元を手で覆ったせいだろうか。私はバランスを崩し、横に倒れかけた。
「危ない!」
私は後ろにいた人物に腕を掴まれ、辛うじて地面に当たることはなかった。ホッとした途端、そのまま腕を強く引っ張られ、立ち上がったところまでは良かった。
ち、近い。近過ぎます!
目の前に、逞しい殿方の胸板が迫り、私は焦った。すぐに五歩ほど後ろに下がって謝罪する。
「あ、ありがとうございます。えっと、その……」
「いや、こちらこそ済まない。けして驚かせるつもりはなかったんだ。だからその、なんだ。来てくれて感謝する、マクギニス嬢」
私は思わず顔を上げた。するとそこには、黒髪に水色の瞳をした背の高い男性が立っていた。
さっきは一瞬、引いてしまったけれど、モディカ公園に似合わない、この強面の方はもしかして……。
「俺はカーティス・グルーバーだ」
「こ、近衛騎士団長様!?」
ヒィー! ま、待って。心の準備というものが……!
こっそりと遠くから見て、それから接触するつもりだったのに。こんな不意打ち。
思わず私はどこか隠れる場所を探した。身を隠したい、本能がそう言っていた。けれど、それではあまりにも騎士団長様に失礼だ。
どうしたら、と思った時、逃げずにいた白猫が、足にすり寄って来た。まるで、自分もここにいる、と自己主張しているように感じて、私は咄嗟に抱き上げた。
そのまま白猫の体に顔を埋める。「にゃー」の一言に、私はハッとなって、騎士団長様を見据えた。白猫を抱いたまま。
「初めまして、ルフィナ・マクギニスです」
案の定、騎士団長様はクククッと押し殺すようにして笑っている。
「随分とマクギニス伯爵とは違った令嬢なのだな、君は」
「た、確かに母とは性格は違いますが、これはその、人見知りが激しいだけですので、気になさらないで下さい。けして、騎士団長様が不快だとか、そういう意味ではありませんわ」
「そうか。それは失礼した」
騎士団長様はそう言ったけど、私はなぜか釈然としなかった。
お母様とは違う、それがどういう意味なのか、分からなかったから? それとも、笑われたことに、まだ腹を立てているのだろうか。
「騎士団長様も悪いんですのよ。毎日、いらっしゃった所にいないで、話しかけてきたのですから」
「すまない。今日は猫たちが、どこかそわそわしているように感じて行ってみると、マクギニス嬢が猫に話しかけていたものだから」
「待って下さい。それはつまり、一目で私だと見抜いたということですか?」
一応、変装したつもりだったんだけど、分かってしまうものなのかしら。
完全に私だと認識できないのは困るから、髪の色などは変えなかったんだけど。でも……っ!
「始めは眼鏡をかけているから、マクギニス伯爵かと思ったのだが、それにしては……可愛いと思ってな」
今の間は、幼いと言おうとしていませんでしたか? それを可愛いという言葉で誤魔化しましたよね。嬉しくありませんわよ。
「そうですか。二十五歳の騎士団長様にとって、十九の私は、確かに幼く見えるのでしょう」
「マクギニス嬢。俺はそんなつもりで言ったわけじゃないんだが」
「分かっていますわ。これはただの小娘の戯言ですから」
狼狽える騎士団長様を見て、これで少しは驚かされた仕返しができただろうか、とちょっと意地悪な考えが頭を過った。
そう、今日の私は探偵風に変装をしていた。
というのは間違いで、モディカ公園にマクギニス伯爵家の者が、堂々と歩くわけにもいかないために、変装しているのだ。念のために、帽子もかぶって。
騎士団長様に会うには、ちょっと失礼な装いだとは思ったんだけど、きちんと説明すれば分かってくれるはず。
なにせこちらは依頼を受ける立場。無下にはしないはずだ。いや、断りに行くんだけど。
ううん。後々文句を言うような、せこい真似を“忠犬”ともあろう騎士団長様がするはずはないわ。多分……絶対……。
でも、犬ってすぐに吠えるのよね。突然、大きな声で。騎士団長様もそうなのかしら。ちょっと怖いわ。
しかし、すでにモディカ公園に来ていたため、引き返すことはできない。私が立ち止まると、前を歩く案内役の白猫が振り向いた。
「ねぇ、騎士団長様ってやっぱり怖いお方?」
私はしゃがんで白猫に話しかけた。猫憑きだからといって、猫と話せるわけじゃない。勿論、ピナを通してなら、会話することはできるけど。
だから、ちょっとした仕草や鳴き方で、喜怒哀楽くらいは読み取れた。
「そっか、分からないか。変なことを聞いてごめんね」
傾げる頭に手を乗せて、撫で撫でしてあげる。目を細める白猫の表情に、私の心も自然と落ち着いた。
「凄いな。会話ができるのか」
「ひゃっ!」
そんな和やかな場面に突然、後ろから声をかけられたものだから、私は思わず小さな悲鳴をあげた。
咄嗟に口元を手で覆ったせいだろうか。私はバランスを崩し、横に倒れかけた。
「危ない!」
私は後ろにいた人物に腕を掴まれ、辛うじて地面に当たることはなかった。ホッとした途端、そのまま腕を強く引っ張られ、立ち上がったところまでは良かった。
ち、近い。近過ぎます!
目の前に、逞しい殿方の胸板が迫り、私は焦った。すぐに五歩ほど後ろに下がって謝罪する。
「あ、ありがとうございます。えっと、その……」
「いや、こちらこそ済まない。けして驚かせるつもりはなかったんだ。だからその、なんだ。来てくれて感謝する、マクギニス嬢」
私は思わず顔を上げた。するとそこには、黒髪に水色の瞳をした背の高い男性が立っていた。
さっきは一瞬、引いてしまったけれど、モディカ公園に似合わない、この強面の方はもしかして……。
「俺はカーティス・グルーバーだ」
「こ、近衛騎士団長様!?」
ヒィー! ま、待って。心の準備というものが……!
こっそりと遠くから見て、それから接触するつもりだったのに。こんな不意打ち。
思わず私はどこか隠れる場所を探した。身を隠したい、本能がそう言っていた。けれど、それではあまりにも騎士団長様に失礼だ。
どうしたら、と思った時、逃げずにいた白猫が、足にすり寄って来た。まるで、自分もここにいる、と自己主張しているように感じて、私は咄嗟に抱き上げた。
そのまま白猫の体に顔を埋める。「にゃー」の一言に、私はハッとなって、騎士団長様を見据えた。白猫を抱いたまま。
「初めまして、ルフィナ・マクギニスです」
案の定、騎士団長様はクククッと押し殺すようにして笑っている。
「随分とマクギニス伯爵とは違った令嬢なのだな、君は」
「た、確かに母とは性格は違いますが、これはその、人見知りが激しいだけですので、気になさらないで下さい。けして、騎士団長様が不快だとか、そういう意味ではありませんわ」
「そうか。それは失礼した」
騎士団長様はそう言ったけど、私はなぜか釈然としなかった。
お母様とは違う、それがどういう意味なのか、分からなかったから? それとも、笑われたことに、まだ腹を立てているのだろうか。
「騎士団長様も悪いんですのよ。毎日、いらっしゃった所にいないで、話しかけてきたのですから」
「すまない。今日は猫たちが、どこかそわそわしているように感じて行ってみると、マクギニス嬢が猫に話しかけていたものだから」
「待って下さい。それはつまり、一目で私だと見抜いたということですか?」
一応、変装したつもりだったんだけど、分かってしまうものなのかしら。
完全に私だと認識できないのは困るから、髪の色などは変えなかったんだけど。でも……っ!
「始めは眼鏡をかけているから、マクギニス伯爵かと思ったのだが、それにしては……可愛いと思ってな」
今の間は、幼いと言おうとしていませんでしたか? それを可愛いという言葉で誤魔化しましたよね。嬉しくありませんわよ。
「そうですか。二十五歳の騎士団長様にとって、十九の私は、確かに幼く見えるのでしょう」
「マクギニス嬢。俺はそんなつもりで言ったわけじゃないんだが」
「分かっていますわ。これはただの小娘の戯言ですから」
狼狽える騎士団長様を見て、これで少しは驚かされた仕返しができただろうか、とちょっと意地悪な考えが頭を過った。
0
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説
最強お姉様の帰還! 王子、貴方には堪忍袋の緒が切れました
名無しの夜
恋愛
魔族に誘拐されたヘレナとシルビィ。何とか逃げ延びた深い森の中で姉のヘレナはシルビィを逃すために一つしかない帰還の指輪を使用する。その結果シルビィは無事屋敷に戻り、ヘレナは一人取り残された。
それから六年後。ようやく見つかったヘレナは人語を忘れ、凶暴な獣のようになっていた。それを見たヘレナの元婚約者であるロロド王子はーー
「魔物の情婦にでもなっていたのではないか?」
と言ってヘレナを鼻で笑った上に、シルビィを妻にすることを宣言する。だが大好きな姉を笑われたシルビィは冗談ではなかった。シルビィは誓う。必ず姉を元に戻してこの王子との婚約を破棄してやると。しかしそんなシルビィも知らなかった。行方不明になっていた六年で姉が最強の存在になっていたことを。
大好きだけど、結婚はできません!〜強面彼氏に強引に溺愛されて、困っています〜
楠結衣
恋愛
冷たい川に落ちてしまったリス獣人のミーナは、薄れゆく意識の中、水中を飛ぶような速さで泳いできた一人の青年に助け出される。
ミーナを助けてくれた鍛冶屋のリュークは、鋭く睨むワイルドな人で。思わず身をすくませたけど、見た目と違って優しいリュークに次第に心惹かれていく。
さらに結婚を前提の告白をされてしまうのだけど、リュークの夢は故郷で鍛冶屋をひらくことだと告げられて。
(リュークのことは好きだけど、彼が住むのは北にある氷の国。寒すぎると冬眠してしまう私には無理!)
と断ったのに、なぜか諦めないリュークと期限付きでお試しの恋人に?!
「泊まっていい?」
「今日、泊まってけ」
「俺の故郷で結婚してほしい!」
あまく溺愛してくるリュークに、ミーナの好きの気持ちは加速していく。
やっぱり、氷の国に一緒に行きたい!寒さに慣れると決意したミーナはある行動に出る……。
ミーナの一途な想いの行方は?二人の恋の結末は?!
健気でかわいいリス獣人と、見た目が怖いのに甘々なペンギン獣人の恋物語。
一途で溺愛なハッピーエンドストーリーです。
*小説家になろう様でも掲載しています
*表紙イラストは星影さき様に描いていただきました
人形にされた伯爵令嬢~婚約破棄された落ちこぼれ魔術師は時を越えて幸せを掴む~
有木珠乃
恋愛
リゼット・バルテは生まれつき魔力量が多かった。
強き魔術師になるだろうと周囲に期待され、来るべき戦いに備えてヴィクトル・マニフィカ公爵の婚約者となった。
しかし、リゼットは魔力量が多いだけで魔法はからっきし。出来損ないの役立たずな魔術師だった。
そんなリゼットにヴィクトルは婚約破棄を言い渡す。承諾したリゼットは一つだけ願いを言う。
「私を殺して下さい」
帰る家のないリゼットにはその選択しか道はなかった。ヴィクトルはリゼットの叶える振りをして、ある人物に依頼をする。
そして、リゼットは人形に。それもヴィクトルが英雄と讃えられる伝承を語る人形になっていた。
※この作品はカクヨム、エブリスタにも投稿しています。
聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです
石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。
聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。
やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。
女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。
素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。
異世界に行った理由
ミカン♬
恋愛
私、香川美緒はある夜突然異世界に転移し、紫月の乙女となった。
イケメン騎士のリシャールに保護され、成り行きで妻になってしまう。
ギフトに【トレード】を授けられたが、トレード先は元の世界の実家限定。
錬金術師の第三王子付きになったけど、交換できるのはショボイ物ばかり。それでも殿下は大喜びで研究に精を出す。
それにしても何故、私はこの世界にやって来たのだろう。最後にその秘密を知ったのは元の世界の妹ユキだった。地球の環境汚染は異世界にも広がっている?
異世界での自分の存在意義に悩むミオ&実家で奮闘する妹ユキがヒロインです。
ご都合主義なので追及はお許しください。深い意味は無くフワッと設定です。
運命の番なのに、炎帝陛下に全力で避けられています
四馬㋟
恋愛
美麗(みれい)は疲れていた。貧乏子沢山、六人姉弟の長女として生まれた美麗は、飲んだくれの父親に代わって必死に働き、五人の弟達を立派に育て上げたものの、気づけば29歳。結婚適齢期を過ぎたおばさんになっていた。長年片思いをしていた幼馴染の結婚を機に、田舎に引っ込もうとしたところ、宮城から迎えが来る。貴女は桃源国を治める朱雀―ー炎帝陛下の番(つがい)だと言われ、のこのこ使者について行った美麗だったが、炎帝陛下本人は「番なんて必要ない」と全力で拒否。その上、「痩せっぽっちで色気がない」「チビで子どもみたい」と美麗の外見を酷評する始末。それでも長女気質で頑張り屋の美麗は、彼の理想の女――番になるため、懸命に努力するのだが、「化粧濃すぎ」「太り過ぎ」と尽く失敗してしまい……
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
突然伯爵令嬢になってお姉様が出来ました!え、家の義父もお姉様の婚約者もクズしかいなくない??
シャチ
ファンタジー
母の再婚で伯爵令嬢になってしまったアリアは、とっても素敵なお姉様が出来たのに、実の母も含めて、家族がクズ過ぎるし、素敵なお姉様の婚約者すらとんでもない人物。
何とかお姉様を救わなくては!
日曜学校で文字書き計算を習っていたアリアは、お仕事を手伝いながらお姉様を何とか手助けする!
小説家になろうで日間総合1位を取れました~
転載防止のためにこちらでも投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる