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第5話 私だけの王子様
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翌日。澄み渡る青空に浮かび上がるように、白い月が見えた。欠けることのない、美しい姿で。
「う~。何だか緊張してきました」
街中をデージーさんと歩きながら、私は情けない声を出した。
何せ今、テケ辺境伯領に来ているからだ。国防を担っているだけあって、街並みも何処か緊張感が漂っている。あちらこちらに警備兵の姿が見えるせいだろうか。
首都でさえも、こんなに多くはいない。
しかし、待ちゆく人々は当たり前の光景なのか、気にする素振りもなく通り過ぎていく。今の私は恐らく、おのぼりさんよろしく、余所者感丸出しに違いない。
昨日まで田舎……いや長閑なベルネーリ伯爵領にいたのだから仕方がないと言えばそうなんだけど……。恥ずかしい~。
「ここまで来て、今更何を言うの?」
隣を歩くデージーさんは、美しい艶のある金髪を靡かせて、颯爽と歩く。そこから覗く緑色の瞳は、エメラルドのような煌めきがある。
さすがは首都の劇場で人気になるほどの人物だわ。何処にいても、様になっている。
「だって、ウチの領地とは違い過ぎるというか、厳格というか……」
「堅苦しい?」
「……はい」
ルジェダ様に会いに来れば、家族と対面するのは必須。紹介であれ、偶然であれ……。
そう思った途端、足が竦んだ。
一度しかお会いしていないけれど、ルジェダ様は柔らかい印象の持ち主だった。首都の騎士やベルネーリ領の自警団の者から感じる、厳ついイメージはない。
「立ち入ったことを聞いていいのか分からないんだけど、マリタ嬢はルジェダの事情をどこまで知っているの?」
「役者になりたくて家を飛び出したこと、は聞きました。あと、劇団に入った経緯も」
「あぁ、憶えているわ。団長の首を縦に振らせるために、毎日毎日、出待ちしていたのよね」
「演技も披露していたとか」
「あれは演技というより、コメディとかパフォーマンスに近いかな。それで団長が根負けしたの。毎日、見たくないって」
クククッと笑うデージーさんを見て、劇場並びに劇団の中で、ルジェダ様が可愛がられているのがよく分かった。と、同時に羨ましくも感じる。
それならさっさと、首都に帰ればいいのに。ルジェダ様を追って。毎日でなくても、会うことができるじゃない。だけど――……。
「あの、首都はまだザビエーラ様のことで盛り上がっていますか?」
「気になるのなら、帰りに寄ってみる?」
「それは……デージーさんの負担になるのでは? 二回も、その……使うことになるんですよ」
「……一応聞くけど、ルジェダに聞いたの? 私が魔女だってこと」
やっぱり正体を晒されたくないのか、最後の方は小さく言うデージーさん。
「私が教えてほしいってお願いしたんです。あの黄色い鳥がデージーさんなのか、出会うまでの演出も素敵だったから。勿論、歌も含めて」
「まぁ! 嬉しいことを! 本当、マリタ嬢は可愛いわね」
「デ、デージーさん!?」
街中だというのに感極まったのか、デージーさんに抱きつかれた。その瞬間、一気に集まる視線。私はその両方に慌てふためいた。
「な、何をやっているんだよ! それも、マリタ嬢に抱きつくとか、羨ましいにも程があるだろう」
「え?」
思わず声のする方へ顔を向けた。途端、みるみる内に相手の顔が真っ赤に染まっていく。
「あっ、これはその」
「ルジェダ様」
こういう場合、どうしたらいいんだろう。駆け寄りたい。でも、まだ一度しかお会いしていないのに、それは余りにも、はしたないような……。
すると突然、背中を押された。今の私にそんなことを出来るのは一人しかいない。先ほどまで私に抱き着いていたデージーさんしか……。
「ウダウダしないの! 会いに来たんでしょう?」
「っ! はい!」
初めて会った時と同じ。デージーさんはどうして? と思った時には、駆け寄って来たルジェダ様に腕を掴まれた。
「マリタ嬢、大丈夫か? デージーは、何と言うか乱暴なところがあるから」
「いいえ。とても優しい方ですよ。今も私の背中を押してくれたんですから」
「押すって、あぁそういうことか」
どうやらルジェダ様の目には、私がデージーさんに危害を加えられたように映ったのだろう。
「その、お手紙の返事がパタリと来なくなって、デージーさんに連絡したんです。そしたら、テケ辺境伯領に誘われて……」
「不安にさせてごめん。でも、マリタ嬢との関係を進めるには、実家の力が必要だったんだ」
「え?」
関係って、つまりお友達からアレに? まだ二カ月で、会ったのだって二回目よ?
「首都に帰ろうとしない理由は分かっているから、逆に帰りたい理由にしようと思ったんだけど、やっぱりただの役者じゃダメだって気づいたんだ。もっとカッコいい姿じゃないとって」
「……だから騎士様に?」
「王子様は無理だから、せめて」
私は思わず俯いた。
ルジェダ様は私のために変わろうとしてくれている。
嫌だった騎士になろうとしてくれている。
私のために――……。
「マ、マリタ嬢!?」
ギュッとキツく目を閉じると、ポツポツと地面を濡らす。それがルジェダ様にも見えたのか、私の肩に触れる気配がした。
けれど一向にやってこない感触。
私は一歩前に踏み出した。そしてルジェダ様のシャツを握り締める。
「私のために役者を諦めないでください。ルジェダ様が舞台に立っても大丈夫なように、二人で考えればいいじゃないですか。手順が違いますよ。先に言うことがありますでしょう」
たとえば、そう――……。
「好きです、マリタ嬢」
ルジェダ様がそっと私の背中に触れた。
「私も、今のルジェダ様が好きです」
一途に私だけを求めてくれる王子様。可愛らしい、私だけの。
だから、騎士にならなくてもいい。今のままでも十分素敵なのだから。
体を寄せられ、民衆が見守る中、私たちは抱き合った。
「う~。何だか緊張してきました」
街中をデージーさんと歩きながら、私は情けない声を出した。
何せ今、テケ辺境伯領に来ているからだ。国防を担っているだけあって、街並みも何処か緊張感が漂っている。あちらこちらに警備兵の姿が見えるせいだろうか。
首都でさえも、こんなに多くはいない。
しかし、待ちゆく人々は当たり前の光景なのか、気にする素振りもなく通り過ぎていく。今の私は恐らく、おのぼりさんよろしく、余所者感丸出しに違いない。
昨日まで田舎……いや長閑なベルネーリ伯爵領にいたのだから仕方がないと言えばそうなんだけど……。恥ずかしい~。
「ここまで来て、今更何を言うの?」
隣を歩くデージーさんは、美しい艶のある金髪を靡かせて、颯爽と歩く。そこから覗く緑色の瞳は、エメラルドのような煌めきがある。
さすがは首都の劇場で人気になるほどの人物だわ。何処にいても、様になっている。
「だって、ウチの領地とは違い過ぎるというか、厳格というか……」
「堅苦しい?」
「……はい」
ルジェダ様に会いに来れば、家族と対面するのは必須。紹介であれ、偶然であれ……。
そう思った途端、足が竦んだ。
一度しかお会いしていないけれど、ルジェダ様は柔らかい印象の持ち主だった。首都の騎士やベルネーリ領の自警団の者から感じる、厳ついイメージはない。
「立ち入ったことを聞いていいのか分からないんだけど、マリタ嬢はルジェダの事情をどこまで知っているの?」
「役者になりたくて家を飛び出したこと、は聞きました。あと、劇団に入った経緯も」
「あぁ、憶えているわ。団長の首を縦に振らせるために、毎日毎日、出待ちしていたのよね」
「演技も披露していたとか」
「あれは演技というより、コメディとかパフォーマンスに近いかな。それで団長が根負けしたの。毎日、見たくないって」
クククッと笑うデージーさんを見て、劇場並びに劇団の中で、ルジェダ様が可愛がられているのがよく分かった。と、同時に羨ましくも感じる。
それならさっさと、首都に帰ればいいのに。ルジェダ様を追って。毎日でなくても、会うことができるじゃない。だけど――……。
「あの、首都はまだザビエーラ様のことで盛り上がっていますか?」
「気になるのなら、帰りに寄ってみる?」
「それは……デージーさんの負担になるのでは? 二回も、その……使うことになるんですよ」
「……一応聞くけど、ルジェダに聞いたの? 私が魔女だってこと」
やっぱり正体を晒されたくないのか、最後の方は小さく言うデージーさん。
「私が教えてほしいってお願いしたんです。あの黄色い鳥がデージーさんなのか、出会うまでの演出も素敵だったから。勿論、歌も含めて」
「まぁ! 嬉しいことを! 本当、マリタ嬢は可愛いわね」
「デ、デージーさん!?」
街中だというのに感極まったのか、デージーさんに抱きつかれた。その瞬間、一気に集まる視線。私はその両方に慌てふためいた。
「な、何をやっているんだよ! それも、マリタ嬢に抱きつくとか、羨ましいにも程があるだろう」
「え?」
思わず声のする方へ顔を向けた。途端、みるみる内に相手の顔が真っ赤に染まっていく。
「あっ、これはその」
「ルジェダ様」
こういう場合、どうしたらいいんだろう。駆け寄りたい。でも、まだ一度しかお会いしていないのに、それは余りにも、はしたないような……。
すると突然、背中を押された。今の私にそんなことを出来るのは一人しかいない。先ほどまで私に抱き着いていたデージーさんしか……。
「ウダウダしないの! 会いに来たんでしょう?」
「っ! はい!」
初めて会った時と同じ。デージーさんはどうして? と思った時には、駆け寄って来たルジェダ様に腕を掴まれた。
「マリタ嬢、大丈夫か? デージーは、何と言うか乱暴なところがあるから」
「いいえ。とても優しい方ですよ。今も私の背中を押してくれたんですから」
「押すって、あぁそういうことか」
どうやらルジェダ様の目には、私がデージーさんに危害を加えられたように映ったのだろう。
「その、お手紙の返事がパタリと来なくなって、デージーさんに連絡したんです。そしたら、テケ辺境伯領に誘われて……」
「不安にさせてごめん。でも、マリタ嬢との関係を進めるには、実家の力が必要だったんだ」
「え?」
関係って、つまりお友達からアレに? まだ二カ月で、会ったのだって二回目よ?
「首都に帰ろうとしない理由は分かっているから、逆に帰りたい理由にしようと思ったんだけど、やっぱりただの役者じゃダメだって気づいたんだ。もっとカッコいい姿じゃないとって」
「……だから騎士様に?」
「王子様は無理だから、せめて」
私は思わず俯いた。
ルジェダ様は私のために変わろうとしてくれている。
嫌だった騎士になろうとしてくれている。
私のために――……。
「マ、マリタ嬢!?」
ギュッとキツく目を閉じると、ポツポツと地面を濡らす。それがルジェダ様にも見えたのか、私の肩に触れる気配がした。
けれど一向にやってこない感触。
私は一歩前に踏み出した。そしてルジェダ様のシャツを握り締める。
「私のために役者を諦めないでください。ルジェダ様が舞台に立っても大丈夫なように、二人で考えればいいじゃないですか。手順が違いますよ。先に言うことがありますでしょう」
たとえば、そう――……。
「好きです、マリタ嬢」
ルジェダ様がそっと私の背中に触れた。
「私も、今のルジェダ様が好きです」
一途に私だけを求めてくれる王子様。可愛らしい、私だけの。
だから、騎士にならなくてもいい。今のままでも十分素敵なのだから。
体を寄せられ、民衆が見守る中、私たちは抱き合った。
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