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第4話 魔女の想い(デージー視点)
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ルジェダ・テケという男は、見ていて飽きなかった。
元々童顔なのか、三年前に劇場へやってきた時とほぼ変わらない見た目。その割には打たれ強く、厳しい下働きと練習に耐えていた。
けれど時折見せる寂しげな顔。劇団の中では珍しくも何ともないのに、気がついたら、つい魔法を使っていた。
心を、過去を覗くのは良くないのは分かっている。分かっているけれど、でも……!
何をそんなに、生き急いでいるの? その理由が知りたかった。
『俺は騎士になんてなりたくない! 役者になりたいんだ!』
『道楽だって領民を守れるよ。笑顔を作れるんだから』
『こんな家、出て行ってやる!』
ルジェダの内面は、早く有名になって家族を見返してやりたい気持ちでいっぱいだった。劇場の役者たちと同じ。
皆に反対されてまで押し切った道を、簡単に切り捨てることはできない。私もまた、魔女なのに女優の道を諦められなかったから、ルジェダの気持ちは理解できた。
だからつい、足が向いちゃうのよね~。
「今日くらい明るい顔をしなさいよ!」
いつものように、劇場の裏手にある広場のベンチに腰掛けているルジェダをからかいながら、肩を叩く。
「だったら朗報をくれよ」
「もっちろん! ようやく見つけたわよ、愛しの小鳥ちゃんを!」
「小鳥ちゃんって、お前いくつだよ」
「レディに歳を聞くなんて、そんなことをいうルジェダ君には教えないわよ!」
「なっ! 約束が違うぞ、デージー」
ふふふっ。焦っている焦っている。その顔が可愛いんだから。
「あら、誰が違えると言ったの? 私が嫌いなのはね、自分の努力が無駄になることなのよ。一生懸命調べたんだから、ちゃんと聞きなさい!」
「だったら、僕をからかっていないで、先に教えてくれよ」
「そうね。いつもの癖で、つい」
舌を出して詫びても、ルジェダは呆れた顔を見せるだけ。
この売れっ子女優を前に、なんて反応なの!?
それでも教えてしまうのは、何故かしら?
「まずは名前からね。あの可愛らしいオレンジ色の髪のお嬢さんは、マリタ・ベルネーリ嬢と言って、ベルネーリ伯爵の一人娘。ルジェダの言う通り、あまり裕福な家門ではなかったわ。でも、将来は女伯爵。次男坊のルジェダにはピッタリね」
「……婿養子、かぁ。確かにマリタ嬢を娶れるほどの財力はないけど」
「あら、ご不満?」
好条件じゃない。向こうは婿養子を探しているだろうし、何と言ってもルジェダはテケ辺境伯の次男。格上の相手が来てくれるなんて、貴族ではない私でも大丈夫って分かるけど……。
ルジェダの表情は曇ったままだ。
「男爵令嬢なら、元役者でも大丈夫だろうし、実家の力だって使う必要もない。だけど伯爵令嬢ともなると……」
「身元がハッキリしている方がいいわね。特に辺境伯家という身分があると尚のこと」
つまり、一度は実家に顔を出しに帰るのがネックになっているのね。
「マリタ嬢への想いはそんなものなの? 私はそんなちっぽけなものに魔法を使ったっていうのかしら」
「っ!」
「物語でもあるでしょう。何かを得るためには何かを犠牲にしなくては、前には進めないのよ」
「……そうだな。でも、その前に、直接マリタ嬢に会いたい」
「えぇ。当たって砕けてきなさい」
私はそう言ってルジェダの肩を叩いた。
***
「それでルジェダ様は今、テケ辺境伯様の元に……」
「あらやだ。マリタ嬢には何も言わずに行ったの?」
ルジェダとマリタ嬢を引き合わせてから二カ月後。私は未だベルネーリ領にいる、マリタ嬢のところへ遊びに来ていた。
何でも、一週間以上ルジェダから手紙の返事が来ないため、私の元にファンレターという名のSOSが送られてきたのだ。
けれど、マリタ嬢はルジェダの交友関係を知らない。そこで白羽の矢が立ったのが私、というわけである。
あの時、鳥に変身していたとはいえ、身元を晒してしまったからだ。
ルジェダが私の正体を明かしたとは考え辛い。マリタ嬢は貴族令嬢にありがちな、夢見る少女というやつなのだろうか。
今はルジェダのことで頭がいっぱいだから、気に留めていない可能性も否定できなかった。それくらい、この二カ月。私はルジェダから惚気話を聞かされていたのだ。
失恋といっても相手が王子だったからか、立ち直りが早いこと、早いこと。
「はい。そんな雰囲気もなかったので、全く予想していませんでした。てっきり、私が首都になかなか戻らないから、愛想をつかれたのかと……」
「まぁ、手紙のやり取りだけじゃ分からないわよね」
私の前では口を開けば、マリタ嬢マリタ嬢って煩いんだから。
「直接会えればいいのに……。そうだわ! 明日、テケ辺境伯領に行ってみない?」
「明日ってデージーさん!? 無理ですよ。ここからテケ辺境伯領へは、短く見積もっても一週間はかかります。そんな近場に行くような話ではないんですよ」
「安心して。明日は満月だから」
「……満、月?」
首を傾げるマリタ嬢。
もう忘れてしまったのかしら。私が貴女の前で鳥の姿に変身して現れたのを。それが満月の日だったことを。
その日は一番、私の力が強くなる。そう、満月が力を貸してくれるのだ。
だから、貴女の願いを聞けたのよ。
元々童顔なのか、三年前に劇場へやってきた時とほぼ変わらない見た目。その割には打たれ強く、厳しい下働きと練習に耐えていた。
けれど時折見せる寂しげな顔。劇団の中では珍しくも何ともないのに、気がついたら、つい魔法を使っていた。
心を、過去を覗くのは良くないのは分かっている。分かっているけれど、でも……!
何をそんなに、生き急いでいるの? その理由が知りたかった。
『俺は騎士になんてなりたくない! 役者になりたいんだ!』
『道楽だって領民を守れるよ。笑顔を作れるんだから』
『こんな家、出て行ってやる!』
ルジェダの内面は、早く有名になって家族を見返してやりたい気持ちでいっぱいだった。劇場の役者たちと同じ。
皆に反対されてまで押し切った道を、簡単に切り捨てることはできない。私もまた、魔女なのに女優の道を諦められなかったから、ルジェダの気持ちは理解できた。
だからつい、足が向いちゃうのよね~。
「今日くらい明るい顔をしなさいよ!」
いつものように、劇場の裏手にある広場のベンチに腰掛けているルジェダをからかいながら、肩を叩く。
「だったら朗報をくれよ」
「もっちろん! ようやく見つけたわよ、愛しの小鳥ちゃんを!」
「小鳥ちゃんって、お前いくつだよ」
「レディに歳を聞くなんて、そんなことをいうルジェダ君には教えないわよ!」
「なっ! 約束が違うぞ、デージー」
ふふふっ。焦っている焦っている。その顔が可愛いんだから。
「あら、誰が違えると言ったの? 私が嫌いなのはね、自分の努力が無駄になることなのよ。一生懸命調べたんだから、ちゃんと聞きなさい!」
「だったら、僕をからかっていないで、先に教えてくれよ」
「そうね。いつもの癖で、つい」
舌を出して詫びても、ルジェダは呆れた顔を見せるだけ。
この売れっ子女優を前に、なんて反応なの!?
それでも教えてしまうのは、何故かしら?
「まずは名前からね。あの可愛らしいオレンジ色の髪のお嬢さんは、マリタ・ベルネーリ嬢と言って、ベルネーリ伯爵の一人娘。ルジェダの言う通り、あまり裕福な家門ではなかったわ。でも、将来は女伯爵。次男坊のルジェダにはピッタリね」
「……婿養子、かぁ。確かにマリタ嬢を娶れるほどの財力はないけど」
「あら、ご不満?」
好条件じゃない。向こうは婿養子を探しているだろうし、何と言ってもルジェダはテケ辺境伯の次男。格上の相手が来てくれるなんて、貴族ではない私でも大丈夫って分かるけど……。
ルジェダの表情は曇ったままだ。
「男爵令嬢なら、元役者でも大丈夫だろうし、実家の力だって使う必要もない。だけど伯爵令嬢ともなると……」
「身元がハッキリしている方がいいわね。特に辺境伯家という身分があると尚のこと」
つまり、一度は実家に顔を出しに帰るのがネックになっているのね。
「マリタ嬢への想いはそんなものなの? 私はそんなちっぽけなものに魔法を使ったっていうのかしら」
「っ!」
「物語でもあるでしょう。何かを得るためには何かを犠牲にしなくては、前には進めないのよ」
「……そうだな。でも、その前に、直接マリタ嬢に会いたい」
「えぇ。当たって砕けてきなさい」
私はそう言ってルジェダの肩を叩いた。
***
「それでルジェダ様は今、テケ辺境伯様の元に……」
「あらやだ。マリタ嬢には何も言わずに行ったの?」
ルジェダとマリタ嬢を引き合わせてから二カ月後。私は未だベルネーリ領にいる、マリタ嬢のところへ遊びに来ていた。
何でも、一週間以上ルジェダから手紙の返事が来ないため、私の元にファンレターという名のSOSが送られてきたのだ。
けれど、マリタ嬢はルジェダの交友関係を知らない。そこで白羽の矢が立ったのが私、というわけである。
あの時、鳥に変身していたとはいえ、身元を晒してしまったからだ。
ルジェダが私の正体を明かしたとは考え辛い。マリタ嬢は貴族令嬢にありがちな、夢見る少女というやつなのだろうか。
今はルジェダのことで頭がいっぱいだから、気に留めていない可能性も否定できなかった。それくらい、この二カ月。私はルジェダから惚気話を聞かされていたのだ。
失恋といっても相手が王子だったからか、立ち直りが早いこと、早いこと。
「はい。そんな雰囲気もなかったので、全く予想していませんでした。てっきり、私が首都になかなか戻らないから、愛想をつかれたのかと……」
「まぁ、手紙のやり取りだけじゃ分からないわよね」
私の前では口を開けば、マリタ嬢マリタ嬢って煩いんだから。
「直接会えればいいのに……。そうだわ! 明日、テケ辺境伯領に行ってみない?」
「明日ってデージーさん!? 無理ですよ。ここからテケ辺境伯領へは、短く見積もっても一週間はかかります。そんな近場に行くような話ではないんですよ」
「安心して。明日は満月だから」
「……満、月?」
首を傾げるマリタ嬢。
もう忘れてしまったのかしら。私が貴女の前で鳥の姿に変身して現れたのを。それが満月の日だったことを。
その日は一番、私の力が強くなる。そう、満月が力を貸してくれるのだ。
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