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第1話 恋に恋する令嬢の失恋
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ある満月の夜、私は願った。
「お願いです。あの歌をもう一度聞かせてください」
「それなら、首都へ帰ったら如何ですか? マリタお嬢様」
窓辺で祈るように跪いている私に、後ろからメイドのキーアが冷たく言い放った。まるでオレンジ色の髪を引っ張られたかのように。
ベルネーリ領までついてきてくれたのに酷い。
「嫌よ。どこにいても、ザビエーラ様のご婚約話で持ち切りなんだもの。そんな所に帰りたくはないわ!」
「仕方がありませんでしょう。ザビエーラ様はこの国、ペネーベッジの王子様なのです。長いこと、浮いた話がなかったところに、今回のご婚約。国民ならば、喜ぶべきところです」
「私は悲しんでいるわ。今も」
そう、失恋したのだ。一方的にだけど。告白すらできなかったけど……。多分、相手の目にすら入っていなかったレベルだけど。それでも、それでも! 好きだった。
初めて参加した舞踏会で、迷っている私に親切に道を教えてくれたザビエーラ様。
一目惚れだった。美しい金髪にアメジストのような瞳。恋に落ちるには十分すぎるほど完璧な容姿。思い出すだけでうっとりしてしまう。
そんな方の恋人に、などと考えたことは……あるにはあるけど……。
「マリタお嬢様は伯爵令嬢です。ザビエーラ様とお話できただけでも幸運だと思わなくては」
「そんなことはないわ。物語だと、男爵令嬢が王子と結婚までできるんだから。伯爵令嬢の私だって!」
「物語は作者、または読者の理想を書くものです。現実と一緒にしてはなりません。もう恋に恋する年齢ではありませんでしょう?」
キーアの言う通り、私は今年で十八歳になる。両親にも、もっと大人になりなさいとも言われている。だから今回、領地に引き籠もることにしたのだ。傷心を癒すために。
しかし、静かなベルネーリ領は思った以上に私を退屈にさせた。何せ、生まれてからずっと首都で過ごしてきたのだ。
何もない領地は……耐えられない。
「あぁ。あの時の歌が聞きたいわ」
「さっきも仰っていましたが、あの時、とはいつのことですか?」
「私がお父様たちを説得して、首都にある劇場に行った時のことよ。憶えている?」
半年ぐらい前だろうか。友人からの情報で、どうやらザビエーラ様がお忍びでいらっしゃる、というので見に行ったのだ。
ザビエーラ様は勿論のこと、元々物語が好きだったこともあって、すぐさまオペラに夢中になった。
「そんなこともありましたね。一度のことでしたから、記憶から抜け落ちていました」
「仕方がないでしょう。我がベルネーリ家はあまり裕福ではないんだから」
「卑下なさらないでください。マリタお嬢様が爵位をお継ぎになって盛り立てればよろしいではないですか」
キーアの言う通り、一人娘である私は必然的にベルネーリ伯爵となる未来が決まっている。だからどう足掻いても、ザビエーラ様と結婚することは不可能なのだ。
「そうね。一緒に盛り立ててくれる人、いないかしら」
「それこそ、お月様にお祈りすることですよ、マリタお嬢様」
最もな意見に、私は再び窓の外に向かって跪いた。黄色い瞳を閉じて。
いい人が現れますように、と。
「お願いです。あの歌をもう一度聞かせてください」
「それなら、首都へ帰ったら如何ですか? マリタお嬢様」
窓辺で祈るように跪いている私に、後ろからメイドのキーアが冷たく言い放った。まるでオレンジ色の髪を引っ張られたかのように。
ベルネーリ領までついてきてくれたのに酷い。
「嫌よ。どこにいても、ザビエーラ様のご婚約話で持ち切りなんだもの。そんな所に帰りたくはないわ!」
「仕方がありませんでしょう。ザビエーラ様はこの国、ペネーベッジの王子様なのです。長いこと、浮いた話がなかったところに、今回のご婚約。国民ならば、喜ぶべきところです」
「私は悲しんでいるわ。今も」
そう、失恋したのだ。一方的にだけど。告白すらできなかったけど……。多分、相手の目にすら入っていなかったレベルだけど。それでも、それでも! 好きだった。
初めて参加した舞踏会で、迷っている私に親切に道を教えてくれたザビエーラ様。
一目惚れだった。美しい金髪にアメジストのような瞳。恋に落ちるには十分すぎるほど完璧な容姿。思い出すだけでうっとりしてしまう。
そんな方の恋人に、などと考えたことは……あるにはあるけど……。
「マリタお嬢様は伯爵令嬢です。ザビエーラ様とお話できただけでも幸運だと思わなくては」
「そんなことはないわ。物語だと、男爵令嬢が王子と結婚までできるんだから。伯爵令嬢の私だって!」
「物語は作者、または読者の理想を書くものです。現実と一緒にしてはなりません。もう恋に恋する年齢ではありませんでしょう?」
キーアの言う通り、私は今年で十八歳になる。両親にも、もっと大人になりなさいとも言われている。だから今回、領地に引き籠もることにしたのだ。傷心を癒すために。
しかし、静かなベルネーリ領は思った以上に私を退屈にさせた。何せ、生まれてからずっと首都で過ごしてきたのだ。
何もない領地は……耐えられない。
「あぁ。あの時の歌が聞きたいわ」
「さっきも仰っていましたが、あの時、とはいつのことですか?」
「私がお父様たちを説得して、首都にある劇場に行った時のことよ。憶えている?」
半年ぐらい前だろうか。友人からの情報で、どうやらザビエーラ様がお忍びでいらっしゃる、というので見に行ったのだ。
ザビエーラ様は勿論のこと、元々物語が好きだったこともあって、すぐさまオペラに夢中になった。
「そんなこともありましたね。一度のことでしたから、記憶から抜け落ちていました」
「仕方がないでしょう。我がベルネーリ家はあまり裕福ではないんだから」
「卑下なさらないでください。マリタお嬢様が爵位をお継ぎになって盛り立てればよろしいではないですか」
キーアの言う通り、一人娘である私は必然的にベルネーリ伯爵となる未来が決まっている。だからどう足掻いても、ザビエーラ様と結婚することは不可能なのだ。
「そうね。一緒に盛り立ててくれる人、いないかしら」
「それこそ、お月様にお祈りすることですよ、マリタお嬢様」
最もな意見に、私は再び窓の外に向かって跪いた。黄色い瞳を閉じて。
いい人が現れますように、と。
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