上 下
61 / 79
2人

揺れない

しおりを挟む
いや、たぶん……きっと、言わない。


『もう、あの方に近づかないでくれないか』
『……どうしてあの人を傷つけた?』
『どうして君はそうなんだ』
『私は君を愛していない』
『私が彼女以外のことで怒ることはない』
『……あの方を愛してしまった。これは騎士としてあるまじきことだ』
『誰よりも、己の命よりも、あの人のことが大切だ』
『婚約はなかったことにしよう』
『騎士道から外れ、忠誠心より烏滸がましいものをあの方に抱いてしまった。不誠実な私にいつか罰がくだされるのは明白だ』
『それでも私は、あの方の騎士であり続けたい』

物語中のガブリエルは、ロメリアに優しい言葉をかけることは一度もなかった。

そもそも物語中の彼の台詞はとても少ない。しかしマリエンヌに対する言葉の中に、陳腐な愛の言葉は1つとしてなく、それが逆に、短い一言の中にある深い思慮を伺わせた。

結ばれなくてもいい。それでも今世で、公に王女を守れる立場であることに誇りを持っていた。

そんな彼の切ない心情を伺える台詞の数々が、脳裏に流れてくる。

その中に今のような言葉は1つとしてなかった。

(私が……物語のロメリアではないから?)

だから、彼の言動と行動が変わったのか。

ロメリアは呆然としながら、ガブリエルと視線を交わす。

青い瞳は当然のように凪いでいるが、そこに浮かぶのは少なくとも無関心ではなく、穏やかな感情のようだった。決して優しい表情を浮かべているわけではないのに。久しぶりに間近に見る彼の顔は、どことなく優しげで……。

枯れるほど流した涙がまた溢れてくる。

「わ……私の顔を見たって……もぅ、」

もう美しくないのよ。
だからもう見ないで欲しい。

涙と鼻水で一層酷くなった顔が、ガブリエルの湖面のような青い瞳に映っていた。感情に揺れないその瞳のせいで、自分の顔がはっきりと映ってしまうことが今はただ憎らしい。

「……あの時の、君の気持ちがやっと分かった」

あの時。あの時とはどの時だろうか。ふと思考した時、目の前を藤色の花弁が落ちていく。

──……あなたの顔を見ると、嬉しいの。それは確かよ。

幼い頃、この木の下で彼にそんなことを言った気がする。

それより前からずっと、ガブリエルのことが好きだった。だけど、あの頃は自分が、片想いをしているなどと認めたくはなくて、素直になることは出来なかった。

そんな時に、少しだけ勇気を出して彼に告げた言葉だった。

(まさか、ガブリエルがそれを覚えているなんて……思わなかったわ)

ガブリエルはあの時だって無関心だったはずだ。

──……あなたは、私のこと好きじゃないでしょ?

──……ああ

彼は基本的に嘘は吐かない。

だから、あの時点では、彼はロメリアのことをなんとも思っていなかったはずなのだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。 『もう君はいりません、アリスミ・カロック』 恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。 恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。 『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』 『えっ……』 任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。 私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。 それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。 ――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。 ※このお話の設定は架空のものです。 ※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

あなたへの想いを終わりにします

四折 柊
恋愛
 シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)

【本編完結】記憶をなくしたあなたへ

ブラウン
恋愛
記憶をなくしたあなたへ。 私は誓約書通り、あなたとは会うことはありません。 あなたも誓約書通り私たちを探さないでください。 私には愛し合った記憶があるが、あなたにはないという事実。 もう一度信じることができるのか、愛せるのか。 2人の愛を紡いでいく。 本編は6話完結です。 それ以降は番外編で、カイルやその他の子供たちの状況などを投稿していきます

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

処理中です...