愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。

古堂すいう

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揺れない

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いや、たぶん……きっと、言わない。


『もう、あの方に近づかないでくれないか』
『……どうしてあの人を傷つけた?』
『どうして君はそうなんだ』
『私は君を愛していない』
『私が彼女以外のことで怒ることはない』
『……あの方を愛してしまった。これは騎士としてあるまじきことだ』
『誰よりも、己の命よりも、あの人のことが大切だ』
『婚約はなかったことにしよう』
『騎士道から外れ、忠誠心より烏滸がましいものをあの方に抱いてしまった。不誠実な私にいつか罰がくだされるのは明白だ』
『それでも私は、あの方の騎士であり続けたい』

物語中のガブリエルは、ロメリアに優しい言葉をかけることは一度もなかった。

そもそも物語中の彼の台詞はとても少ない。しかしマリエンヌに対する言葉の中に、陳腐な愛の言葉は1つとしてなく、それが逆に、短い一言の中にある深い思慮を伺わせた。

結ばれなくてもいい。それでも今世で、公に王女を守れる立場であることに誇りを持っていた。

そんな彼の切ない心情を伺える台詞の数々が、脳裏に流れてくる。

その中に今のような言葉は1つとしてなかった。

(私が……物語のロメリアではないから?)

だから、彼の言動と行動が変わったのか。

ロメリアは呆然としながら、ガブリエルと視線を交わす。

青い瞳は当然のように凪いでいるが、そこに浮かぶのは少なくとも無関心ではなく、穏やかな感情のようだった。決して優しい表情を浮かべているわけではないのに。久しぶりに間近に見る彼の顔は、どことなく優しげで……。

枯れるほど流した涙がまた溢れてくる。

「わ……私の顔を見たって……もぅ、」

もう美しくないのよ。
だからもう見ないで欲しい。

涙と鼻水で一層酷くなった顔が、ガブリエルの湖面のような青い瞳に映っていた。感情に揺れないその瞳のせいで、自分の顔がはっきりと映ってしまうことが今はただ憎らしい。

「……あの時の、君の気持ちがやっと分かった」

あの時。あの時とはどの時だろうか。ふと思考した時、目の前を藤色の花弁が落ちていく。

──……あなたの顔を見ると、嬉しいの。それは確かよ。

幼い頃、この木の下で彼にそんなことを言った気がする。

それより前からずっと、ガブリエルのことが好きだった。だけど、あの頃は自分が、片想いをしているなどと認めたくはなくて、素直になることは出来なかった。

そんな時に、少しだけ勇気を出して彼に告げた言葉だった。

(まさか、ガブリエルがそれを覚えているなんて……思わなかったわ)

ガブリエルはあの時だって無関心だったはずだ。

──……あなたは、私のこと好きじゃないでしょ?

──……ああ

彼は基本的に嘘は吐かない。

だから、あの時点では、彼はロメリアのことをなんとも思っていなかったはずなのだ。

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