愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。

古堂すいう

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悪夢

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『それは、王女と騎士の運命的な恋を描いた物語


◆◇◆プロローグ◆◇◆


「……どうして、こんなところにいる?」

それは、幼いながらに低く耳触りの良い声だった。ぱっと顔を上げる。マリエンヌの目に飛び込んだのは鮮烈な青だった。海の青よりもっと深い群青に近い青。まるで、宝石で出来た彫刻のような人だと、そんなことを考えて呆けていると、少年は僅かに首を傾げる。

「なぜ、答えない」

淡々とした口調の少年だった。表情のようなものも見受けられない。

マリエンヌは少年の質問に対して、なんと答えたらよいのか少しばかり考えた。侍女達を出し抜いて王宮の庭園を駆け巡っている内に迷子になってしまい……信用出来る人間が迎えに来てくれるまでこの白い花の垣根の隙間に隠れていた。そう素直に言うべきか。

マリエンヌはすでに王宮には自分の敵も味方もいるのだと理解していた。

だから、不用意に迷子になったと言っては何か不都合があるかもしれない。

そんな思考の末にマリエンヌは彼の問いには答えず、淡々と彼の深海色の瞳を見返すことにした。

「……」
「……」

気まずい沈黙がその場に落ちる。少年は見つめてくるマリエンヌの瞳を静かに見返した。

(……子供らしくない目ね)

彼の瞳はただ静かに凪ぐばかりで、子供特有の好奇心や未知への探究心、恐怖、不安。そういったものがまるでなかった。

そのことに強く興味を引かれたマリエンヌは「ねぇ」と立ち上がって「そういうあなたはどうしてこんなところに?」と問おうと思ったのだが、髪が垣根の蔦に絡まって立てずに尻もちをついてしまった。

「大丈夫か」

少年は、マリエンヌの予想に反してすぐに心配してくれる。

「……髪が蔦に絡まっている」

少年はすぐにマリエンヌを立たせようとはせず、状況を見てぼそりと呟くと「髪を触ってもいいか」と許可を求めてきた。

「いいけど……下手をしたら葉っぱで手を切ってしまうわ」
「大丈夫」 

少年は短く答えて、マリエンヌの髪と蔦に優しく触れる。

「……っ」

近く迫った少年のあまりの鮮烈な美しさに、マリエンヌは肩を小さく震わせた。

「……痛い?」
「い、いいえ。大丈夫」
「痛かったら痛いと言って」
「…はい」

緊張に唇を戦慄かせながら、マリエンヌは辛うじて頷いた。

ドキドキと早まる心臓の鼓動。まるで踊るようになるその音に、耳が痛くなる。自分は今、どんな顔をしているんだろう。彼にどう見られているんだろう。

不意にそんなことが気になり始めて、マリエンヌは息を潜めるような吐息を漏らした。』
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