愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。

古堂すいう

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挿話 (ガブリエルside)

出会い③ (挿話……ガブリエルside)

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そこは室内のはずだった。

それなのに、扉を開けた瞬間にむせ返るような薔薇の香りがして、視界には黄、赤、白といった色とりどりの薔薇が色彩豊かな花瓶に飾られ、瑞々しく咲き誇っていた。

(一体、どうして室内にこんなに薔薇があるんだ?)

ガブリエルは疑問を抱きながら、室内を見渡し、僅かな物音を聞きつけてそちらへ視線を向ける。

背を向けて置かれた重厚な椅子から、水色の髪の少女が立ち上がったようだった。

クルリと、少女が振り向く。

「……」

くるくると緩く巻かれた水色の髪は、背後から見るより一層美しい色合いをしていた。ガブリエルを見つめる桃色の瞳には、好奇心を宿した光が踊っている。髪の両脇に添えられたリボンは彼女の愛らしさをより一層引き立たせ、身に着けているレースたっぷりのドレスは、彼女を一層お姫様然とさせていた。

ガブリエルの隣に立つセディスはその愛らしさに感動しているのか感嘆の溜息を零す。

一方、ガブリエルは(確かに……妖精みたいだな)と無感動に心の中で呟いただけだった。

「ロメリア、今日から婚約者になるガブリエル様だよ」

公爵が言外に挨拶するように即すと、ロメリアと呼ばれた少女は、僅かにガブリエルの様子を伺う素振りを見せながら「こんにちわ。ロメリア・キャンリベルですわ」と膝を折って優雅に挨拶してみせた。重そうなレースのドレスを着ているにも関わらず、そんなことを微塵を感じさせない洗練された挨拶だった。

顔をあげた少女の表情は自信に満ち溢れ、何かを期待するように輝いている。

しかしガブリエルには彼女が何を期待しているのかさっぱり分からず、とりあえず自分も挨拶しようと口を開いた。

「ガブリエル・カイテスだ……よろしく」

ガブリエルは無表情のままただ慇懃に頭をさげた。

そんな彼に対してロメリアは、宝石のような瞳をまんまるにして、薔薇色に染まった頬を膨らませる。

「なんで、ロメリアのこと綺麗って言わないの?」
「こ、こら、ロメリア。やめなさい」

ロメリアの言葉に、父親である公爵は狼狽しているようだった。その隣で公爵夫人も額から汗を垂らしてあらぬ方向を向いている。公爵夫妻とセディスの間に気まずい空気が流れた。しかしロメリアは、そんな空気をも一切無視して目の前にいるガブリエルの反応を伺う。覗き込んで来る桃色の瞳を見つめながら、ガブリエルは冷静に疑問を抱いた。

(綺麗だと……言わないといけないのか?)

ガブリエルはロメリアと違い、大人間に流れる気まずい空気感を察していた。しかしロメリアの「綺麗と言われて当然」というその態度が不思議で堪らず、ここで偽りの言葉を吐くのも違う気がして素直に思ったことを口にした。

「君より可愛い人を知っている」

そんな答えに、もちろんロメリアは納得するはずもなく、より一層不機嫌そうな顔でガブリエルを睨みつけた。
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