30 / 79
選択
拒否
しおりを挟む
「う……っ」
「ロメリア!」
心配の声が頭から降って来る。意識を取り戻して1日が経った。用意される食事は全て胃に優しく、身体にも良いもので、とても美味しい。美味しいのだが……何故か、身体が食べることを拒否してしまい、飲み込んだ食べ物を戻してしまう。
(どうして……?身体が生きることを拒否してるっていうの)
この世界に戻ってきた時、この運命に抗ってやろうと強く思ったわけじゃない。ただ、足が勝手に動いていた。この身体自身が導いたというのに、戻って来た途端に食べ物を拒否するなんて。
(……まさか、ここで私が死んでしまったほうが物語がスムーズに進むから……とか)
ゾクリと、悪寒が背中を駆け抜けた。
「ロメリア、待っていなさい。もっと何か口に入れられるものを探すから……」
ロメリアが食べ物を拒否すると分かってから、両親もまたやつれていく。このままでは……負の運命に呑まれる。直感で、そんなことを考えてしまった。
(それだけは、駄目。せめて、身体だけは……健康でいないと)
そうでないと、運命に抗うと決めた時に動けない。だけど。目の前に置かれた温かなスープに目を向ける。無理にでも何か胃に入れなければ、おそらく普通より早く自分の身体は弱るだろう。
「死」の概念がすぐ隣に座って、顔を覗き込んできている。そんな気がしてならなかった。
「……お父様……大丈夫。食べられるわ」
「駄目だよ、ロメリア。無理をしたら」
銀のスプーンを手にして、黄金色のスープを掬う。ほんの少しの量だ。これくらいなら味も何も感じない。ただ、熱いと感じる程度のはずだ。ゆっくりと口の中に流す。とはいえ、流すという感覚はあまりなく、ただ唇を濡らすといったような感覚だ。これなら吐くこともない。ただ、途方もない作業だ。それでも、何もしないよりはましだ。
抗いたい、と明確に思ったわけではない。ただ、ムカつく顔をした運命の顔面を、少しでもつまらなさそうにしてやりたかった。それだけだ。
結局、浅い一皿に入れられたスープを胃に流しこむのに、2時間。夜に出されたリゾットは3時間。水を飲むのにも時間がかかる。食べるのにも飲むのにも、相当な時間と労力がかかる。父公爵はその原因をやはり医者に求めたが「やはり精神的負荷である」としか答えなかった。
(その通りよ)
医者の見解には頷くしかなかった。しかし両親に何か辛いことでもあるのかと聞かれたって答えようがない。ロメリアは物語の人物で、後にガブリエルとマリエンヌにひどく嫉妬して、ひどいことをたくさんする役割を背負っている。いや、もっと端的に言えば、ガブリエルとマリエンヌの仲をより深くするための役割を負っているのだ。それが嫌で、嫌で堪らない。そしてその役割を放棄した時、物語の運命がどんな風に襲いかかってくるのか分からない。不安と絶望がせめぎ合って、身体が逃げようとして「死」を目指している。
(本当に頭が可笑しくなってしまったのだと……この2人をこれ以上やつれさせるわけにはいかない)
今も、ロメリアの手を握る父公爵は、自分に何か出来ることはないのかと必死に考えているのだろう。こんなにも思ってくれる人間にこれ以上酷な事は言えない。
「ロメリア!」
心配の声が頭から降って来る。意識を取り戻して1日が経った。用意される食事は全て胃に優しく、身体にも良いもので、とても美味しい。美味しいのだが……何故か、身体が食べることを拒否してしまい、飲み込んだ食べ物を戻してしまう。
(どうして……?身体が生きることを拒否してるっていうの)
この世界に戻ってきた時、この運命に抗ってやろうと強く思ったわけじゃない。ただ、足が勝手に動いていた。この身体自身が導いたというのに、戻って来た途端に食べ物を拒否するなんて。
(……まさか、ここで私が死んでしまったほうが物語がスムーズに進むから……とか)
ゾクリと、悪寒が背中を駆け抜けた。
「ロメリア、待っていなさい。もっと何か口に入れられるものを探すから……」
ロメリアが食べ物を拒否すると分かってから、両親もまたやつれていく。このままでは……負の運命に呑まれる。直感で、そんなことを考えてしまった。
(それだけは、駄目。せめて、身体だけは……健康でいないと)
そうでないと、運命に抗うと決めた時に動けない。だけど。目の前に置かれた温かなスープに目を向ける。無理にでも何か胃に入れなければ、おそらく普通より早く自分の身体は弱るだろう。
「死」の概念がすぐ隣に座って、顔を覗き込んできている。そんな気がしてならなかった。
「……お父様……大丈夫。食べられるわ」
「駄目だよ、ロメリア。無理をしたら」
銀のスプーンを手にして、黄金色のスープを掬う。ほんの少しの量だ。これくらいなら味も何も感じない。ただ、熱いと感じる程度のはずだ。ゆっくりと口の中に流す。とはいえ、流すという感覚はあまりなく、ただ唇を濡らすといったような感覚だ。これなら吐くこともない。ただ、途方もない作業だ。それでも、何もしないよりはましだ。
抗いたい、と明確に思ったわけではない。ただ、ムカつく顔をした運命の顔面を、少しでもつまらなさそうにしてやりたかった。それだけだ。
結局、浅い一皿に入れられたスープを胃に流しこむのに、2時間。夜に出されたリゾットは3時間。水を飲むのにも時間がかかる。食べるのにも飲むのにも、相当な時間と労力がかかる。父公爵はその原因をやはり医者に求めたが「やはり精神的負荷である」としか答えなかった。
(その通りよ)
医者の見解には頷くしかなかった。しかし両親に何か辛いことでもあるのかと聞かれたって答えようがない。ロメリアは物語の人物で、後にガブリエルとマリエンヌにひどく嫉妬して、ひどいことをたくさんする役割を背負っている。いや、もっと端的に言えば、ガブリエルとマリエンヌの仲をより深くするための役割を負っているのだ。それが嫌で、嫌で堪らない。そしてその役割を放棄した時、物語の運命がどんな風に襲いかかってくるのか分からない。不安と絶望がせめぎ合って、身体が逃げようとして「死」を目指している。
(本当に頭が可笑しくなってしまったのだと……この2人をこれ以上やつれさせるわけにはいかない)
今も、ロメリアの手を握る父公爵は、自分に何か出来ることはないのかと必死に考えているのだろう。こんなにも思ってくれる人間にこれ以上酷な事は言えない。
91
お気に入りに追加
5,450
あなたにおすすめの小説
私のことはお気になさらず
みおな
恋愛
侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。
そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。
私のことはお気になさらず。

純白の牢獄
ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

旦那様、離縁の申し出承りますわ
ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」
大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。
領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。
旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。
その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。
離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに!
*女性軽視の言葉が一部あります(すみません)
はっきり言ってカケラも興味はございません
みおな
恋愛
私の婚約者様は、王女殿下の騎士をしている。
病弱でお美しい王女殿下に常に付き従い、婚約者としての交流も、マトモにしたことがない。
まぁ、好きになさればよろしいわ。
私には関係ないことですから。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
ゼラニウムの花束をあなたに
ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。
じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。
レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。
二人は知らない。
国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。
彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。
※タイトル変更しました

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
君のためだと言われても、少しも嬉しくありません
みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は…… 暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる