愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。

古堂すいう

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運命の足音

役目

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──……それは、王女と騎士の恋物語。


(そう。そうだった……。そんな文言から始まる小説を私は読んだのよ)

白んだ視界には何も映らない。何も聞こえない。何も響かない。

ただ「無」だけがそこに広がっていた。

その中に1人、自分がいる。それだけは分かった。

呆然と、近いのか遠いのかも分からない白を眺めているとふと足元で何かが動いた。

視線を落とすと、見知らぬ女がこちらを覗いていた。

(ううん……知らないんじゃない。忘れてただけよ)

それが前世の自分だと気づくのに……いや、思い出すのに時間は掛からなかった。

覗き込んでくる女の目を見ていると、頭の中に色鮮やかな記憶が流れこんでくる。

今生きる世界とは全く異なる世界。雑多なビル群。利便性に優れた服。電車。本屋。駅前。電柱。パン屋。


見つめ合ってどれくらいたったのか。

そんな時間の流れさえも分からないこの世界で、ただ記憶だけが鮮やかな色彩を持っていた。

一瞬一瞬と蘇る記憶。そんな世界で生きる自分を見つめる。

前世の自分と今の自分には特に性格的な違いはなかった。両親に甘やかされて育ち、我儘で傲慢……世間知らずの箱入り娘。自分の容姿に誰よりも自信があって、誰かに愛されることを当然だと考えていた。

まるきり同じ。 

だけど、違うこともある。

この世界は前世の世界よりシビアだということ。

何故か。

それはこの世界で負うべき自分の役目が定まってしまっているからだ。

前世では、それは自分自身で決めるべきもののはずだった。

役目というものは、一見して決まっている方が楽だと考えられるかもしれない。だが、実際役目が決まっていて……しかもそれが不運なことに「悪役」であるとしたら……ほとんどの場合、倒される運命が定まってしまっている。

それは、あまりに理不尽というもの。


(でも、もう……私はロメリアの人生を歩んでいる)

今更、本当に……どうしようもない。
 

ロメリアが負う役割が「悪役」だと覚えていられたなら……と、後悔したってもう遅い。

ロメリアはいわゆる、悪役令嬢というやつだ。と言っても、大した悪役令嬢ではない。ただマリエンヌに対して異常なほど嫉妬し、なんとか彼女とガブリエルを引き離そうと画策する。しかし、ロメリアは生粋の箱入り娘で大した策を思いつくことも出来ない。加えて一層、ガブリエルとマリエンヌが距離を縮めていくことに対して、ガブリエルのことが大好きで仕方がないロメリアは、王女であるマリエンヌへの憎悪を募らせ──……。

やがて、ロメリアの嫉妬心は、ガブリエルとマリエンヌが仲睦まじくすることを良しと考えていない貴族達に利用されてしまうのである。
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