愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。

古堂すいう

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運命の足音

切ない想い

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ガンガンと、頭の中を何か大きなものが踏み荒らすような音がする。今までの記憶の全てが何かと混ぜられていく。目の奥が白んで、太陽よりも熱い光が脳を焼いているような気がした。


それでも、ロメリアは騎士任命式が終わるまで耐え続けなければと、周囲に悟られぬように、賢明に歯を食いしばった。


長く、永遠にも感じられる時間。苦痛はじわじわとロメリアを追い詰める。

「……っ」

──……マリエンヌとガブリエルは、しばし見つめ合った。2人の間に流れる空気は、どこか甘い。それもそのはず……2人は幼い頃に出会い、それからずっと想い合っていたのだから。

(……うそ)

頭の中で語るその声を否定する。しかし。

『君より可愛い人を知っている』

幼少の頃、そんな風に言っていたガブリエルの声が覆いかぶさるように脳内に響く。

じわりと、ロメリアの瞳に涙が滲んだ。

その様子は、哀れだった。親に捨てられ雨の中彷徨う小さなリスのように、小さな身体がぶるりと震える。

それでも語る声は止まらない。

──……しかしふと、マリエンヌはあることを思い出した。ガブリエルには婚約者がいることを。水色の髪に桃色の瞳。現実離れしたその愛らしい顔立ち。彼女──ロメリア公爵令嬢も今日この日の騎士任命式に呼ばれ、めいいっぱい着飾ってこの場所にいた。そのことを思い出したマリエンヌは、切ない気持ちをひた隠しにしながら、ガブリエルからそっと視線を逸らした。


今はまさに、そんなことが自分の頭の上で行われているのかも知れない。

確信もないのに、何故かその語る声には妙な説得力があって、ロメリアは一層頭を伏せる。

(……怖い)

自分が自分ではなくなってしまいそうで。
今までのままではいられないような気がしてならなかった。

──……視線を逸らしたマリエンヌを見て、ガブリエルは彼女がその一瞬に考えたことを悟ってしまったのか、苦渋にその端正な表情を歪めた。しかし今は式の途中だ。彼女に声を掛けることが出来ず、ガブリエルは切ない想いに身を焦がした。


そこで、声は止んだ。同時に周囲から拍手喝采が割れんばかりに起こる。

「ガブリエル様はきっと立派な騎士様になられるだろう!」
「ガブリエル様、万歳!」


そしてようやく式典の終わりを告げるトランペットの音が鳴った。


瞬間、ロメリアは気を失った。脳内は踏み荒らされた状態で、既に上軸を逸した混乱状態にあった。

遠くで、心配する父と母の声がする。

朝はあんなにも体調が良かったはずなのに、一体どうしてこんなことになってしまったのか。一体この脳内で語る人は誰なのか。この強い既視感はなんなのか。


ロメリアは遠くなる意識の中で、そんなことを考えていた。
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