愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。

古堂すいう

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運命の再会より

過ぎて

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「ガ、ガブリエル……?」

 ロメリアの呼びかけに、ガブリエルはハッとした表情をしてマリエンヌから視線を外した。深い海色の瞳が、ロメリアを見つめる。

「来たのか」
「う、うん」

 ガブリエルはロメリアを見て特段驚いたような表情は見せなかった。ロメリアが訓練所を訪れることが分かっていたのか。それとも、ただ表情に出ていないだけなのか。おそらく後者なのだろうな、とロメリアは予想する。

「元気だったか」
「元気だったわ。私は元気よって何度も手紙に書いたじゃないの」
「……私も元気だった」
「知ってるわ」

 何だこの会話は。ぎこちなさすぎて泣けてくる。と、ロメリアは心中で途方に暮れたが、短い言葉のやりとりでも彼と直接会話できることが幸せだったので、心にわだかまるモヤモヤをその片隅に押しのけた。ガブリエルは、ロメリアの様子をじっと見つめた後、ふと顔をあげて王女の前に歩み、膝をつき、頭を垂れる。

「──……王女殿下に拝謁いたします」
「顔をあげてください」

 マリエンヌに即されて、ガブリエルは顔をあげた。途端、王女も、そして彼女を囲む侍女達も息をのむ。磨き抜かれた宝石より、月下に咲く花より、麗しいその面差し。見つめ返されると、沈みゆきそうな錯覚を覚える、深い海の色の瞳。神話の世界へ迷い込んでしまったような、ガブリエルの容姿は、人にそのような陶酔を与える。

「……あ、あなたがロメリアの婚約者様?」
「はい」
「とても……、とても素敵な方ですね。どうか、立ち上がってくださいませ」

マリエンヌの世辞に、ガブリエルは何も答えなかった。ただ淡々と立ち上がる。

(ガブリエルはこんなに綺麗な王女様を見ても何も思わないのかしら。……いえ、でもさっき、確かに彼は呆然としていたような……気のせいなんかじゃないはずよ)

 押さえつけたはずのモヤモヤが、また滾々と湧き上がる。この可笑しな感覚に、ロメリアは何という感情の名前をつけたらいいのか分からなかった。

「あの……」

 マリエンヌが何がしかを話しかけようとしたその時。ガブリエルを呼ぶ声があった。「おーい!ガブリエル、訓練始まっちゃうぞー!」と。それは訓練所の方から聞こえる声だった。

「訓練の時間ですので、御前を失礼させていただきます」
「あ、はい……もちろんです」

 王女相手でも全く物怖じしないガブリエルに、彼女の傍に控えていた護衛騎士達が苦笑を零す。彼らの内の何人かは、もしかしたら少なからず彼のことを知っているのかもしれない。

 ガブリエルはくるりと身体の向きを変えてロメリアの前に立った。しかし彼は何も言わない。

「……い、愛しの婚約者がわざわざ会いに来てあげたのに、何も言わないの?」

 つい、いつもの調子で意地を張ったもの言いをしてしまった。これだからガブリエルは、いつまでたっても自分のことを好きになってくれないのだ。とロメリアは自分の態度とその心意気に愕然としてしまった。わずかにしょんぼりと顔を俯けると、ふいに頬に固い掌が押し当てられ、顔を上向きにさせられる。

「へ」

 思わず素っ頓狂な声をあげてしまうロメリアに、ガブリエルは「顔が見えない」とただそれだけを言って、しばらくロメリアの顔を見つめた後、なぜそんなことを言ったのか説明しないままに、その場を去ってしまった。

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