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約束
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カルミアは、奥の部屋で寝かされたクロエを抱き上げ、そっとダエルに手渡した。この瞬間を何度夢見てきたことだろう。
ダエルは呆然とした様子でカルミアから赤ん坊を受け取ると、小さな顔を覗いた。閉じられた瞳、金色の髪。クロエは今まで男の腕の中にいたことはない。妙な違和感があるのかくるまれたタオルの中でモゾモゾと動いて、うっすらと目を見開いた。透き通るような赤い瞳が、ダエルの視線と交わる。ダエルはやっと理解したようだった。
「……俺達の子だ。そうだな」
カルミアはほっとした。「誰の子だ?」なんて言われたら憤怒で死んでしまうところだった。
「ええ、そう」
「可愛い。将来は美人に育つな」
ランネルと同じことを言うダエルに、カルミアは笑った。そんな彼女の表情をダエルはじっと見据えてやがて口を開く。
「すまなかった」
真摯に頭を下げるダエルに、カルミアはゆっくりと首を振る。
「…………勘違いしないで。ちゃんと分かっていたのよ。あなたがハーレムを作りたいなんて言った理由。あなたはどうしようもない女好きで、美人に弱いけど。それでも私を裏切ろうとしたことは一度もない。今回も私を裏切ろうと思ったわけじゃないって、ちゃんと知ってるわよ」
カルミアの言葉に、ダエルは苦笑を零す。
「一体どうしたらそこまで俺のことが分かるようになるんだ?自分でさえ分からないことが多いのに」
「ずっとあなたの横にへばりついていたもの」
「へばりつくって。……俺はお前が横にいてくれないとどうしようもないからだろう?」
「あら、あなたは私がいなくたって、生きられるわよ。図太いもの」
その言葉に、ダエルの表情は削げ落ちた。
あまりの変化にカルミアが驚いていると、ダエルは無表情のまま口元だけを動かす。
「……お前が共に生きていてくれない世界はいらないがな」
一瞬、ダエルの持つ聖剣が禍々しい色を解き放ったような気がした。それでもカルミアはダエルから目を背けることなく、彼を見透かすように僅かに笑った。
「知らなかったわ。その剣に新たな魔物が住み始めていたなんて」
「これは『母なる剣』らしい。聖剣なんて可愛いもんじゃない。皆はこれを聖剣などと未だに信じているがな」
「……どういうこと?」
「これは、魔王を育てるための剣だ。俺が討伐した魔王も元はこの剣から生れ、そしてこの剣に倒された。そしてまたこの剣に魔物が宿り、やがて魔王に育つ。だが、俺が生きているかぎり、育った魔物がこの剣から出てくることはない。なにせ、生まれたとしても俺がこの剣で切り捨ててしまえば終わりだからな。つまり俺が生きている限り、この世界は平穏でいられるというわけだ」
「……なるほど。偉くなったものね、ダエル」
「なりたくてなったわけじゃないがな」
皮肉気に笑った後、ダエルはその顔に柔い表情を浮かべた。
「カルミア、優しい俺が嫌いか」
「嫌いじゃないわ。……あなたがハーレムを作りたいなんて言うから、離れたくなっただけ」
「お前さんが嫌というなら、俺はそんなものを作ったりしない」
「ええ、そうなんでしょうね、分かってたけど。あなたに思い知って欲しかったのかもしれないわ。私があなたにとってどれだけ大切な存在かって。傲慢でしょう?でもそれが私なのよ。彼女達とは違って清廉潔白でも、純情でもないの」
「知っている」
苦笑気味に笑うダエルに、カルミアは微笑み返す。
「そういえば、ビビアンがこの国に来ていたけど。あなたに何か御用?」
「国交を回復するためだろう。会っていないから詳しくは知らんが」
「会っていないの?」
「俺はここ数ヵ月の間ずっとお前さんのことを探してたんだ。そんな暇はない」
「……ねえ、どうして私がここにいるって分かったの?」
カルミアが問うと、ダエルはあからさまな溜息を吐いた。
「忘れたのか?俺達の仲間には魔女がいただろう」
「そういえば……」
魔女であるラナエは、艶やかな美女だ。旅道中の仲間の中では、一番カルミアと縁が深く仲の良い女の1人である。
「この広大な国で、たった1人の人間を見つけるなんて、魔女でも大変らしくてな。文句を散々言われながらの捜索だった」
「……そうだったの。それにしたって本当に良いタイミングで飛んできてくれたものだわね」
クスクスと笑うカルミアの表情を、ダエルはじっと見つめた。何かひどく初心な顔をして、言葉を口の中で転がすようにしている。
「それで、だな」
「うん?」
「俺としては、お前さんがそんな俺に惚れ直して、この子と一緒に王都に戻ってきてくれると嬉しいんだが」
「あら、それだけ?」
「いや……その前にちゃんと式を挙げたい」
いつになく緊張の面持ちでそう宣うダエルに、カルミアはふっと笑みを零して「今度ハーレムを作りたいなんて言ったら、惚れ直すこともないわよ」と告げた。
するとダエルは壊れたおもちゃのように首を振って「二度と言わん!」と声を張り上げた。
「約束ね」
「約束だ。惚れ直せないなんて恐ろしい言葉は聞きたくない」
2人は顔を見合わせて微笑みあった。そんな2人の様子をクロエは不思議そうに眺めながらわけも分からず「あう!」と愛らしく声を出した。
こうして英雄ダエルと、その幼馴染であるカルミアは大勢の国民から祝福される中で結婚式を挙げた。
中にはハンカチを握りしめて悔しそうに歯噛みする女達が何人かいたが。誰もが祝福の声をあげる中で、彼女達の金切り声は埋もれ、そして掻き消えてしまった。
ダエルは呆然とした様子でカルミアから赤ん坊を受け取ると、小さな顔を覗いた。閉じられた瞳、金色の髪。クロエは今まで男の腕の中にいたことはない。妙な違和感があるのかくるまれたタオルの中でモゾモゾと動いて、うっすらと目を見開いた。透き通るような赤い瞳が、ダエルの視線と交わる。ダエルはやっと理解したようだった。
「……俺達の子だ。そうだな」
カルミアはほっとした。「誰の子だ?」なんて言われたら憤怒で死んでしまうところだった。
「ええ、そう」
「可愛い。将来は美人に育つな」
ランネルと同じことを言うダエルに、カルミアは笑った。そんな彼女の表情をダエルはじっと見据えてやがて口を開く。
「すまなかった」
真摯に頭を下げるダエルに、カルミアはゆっくりと首を振る。
「…………勘違いしないで。ちゃんと分かっていたのよ。あなたがハーレムを作りたいなんて言った理由。あなたはどうしようもない女好きで、美人に弱いけど。それでも私を裏切ろうとしたことは一度もない。今回も私を裏切ろうと思ったわけじゃないって、ちゃんと知ってるわよ」
カルミアの言葉に、ダエルは苦笑を零す。
「一体どうしたらそこまで俺のことが分かるようになるんだ?自分でさえ分からないことが多いのに」
「ずっとあなたの横にへばりついていたもの」
「へばりつくって。……俺はお前が横にいてくれないとどうしようもないからだろう?」
「あら、あなたは私がいなくたって、生きられるわよ。図太いもの」
その言葉に、ダエルの表情は削げ落ちた。
あまりの変化にカルミアが驚いていると、ダエルは無表情のまま口元だけを動かす。
「……お前が共に生きていてくれない世界はいらないがな」
一瞬、ダエルの持つ聖剣が禍々しい色を解き放ったような気がした。それでもカルミアはダエルから目を背けることなく、彼を見透かすように僅かに笑った。
「知らなかったわ。その剣に新たな魔物が住み始めていたなんて」
「これは『母なる剣』らしい。聖剣なんて可愛いもんじゃない。皆はこれを聖剣などと未だに信じているがな」
「……どういうこと?」
「これは、魔王を育てるための剣だ。俺が討伐した魔王も元はこの剣から生れ、そしてこの剣に倒された。そしてまたこの剣に魔物が宿り、やがて魔王に育つ。だが、俺が生きているかぎり、育った魔物がこの剣から出てくることはない。なにせ、生まれたとしても俺がこの剣で切り捨ててしまえば終わりだからな。つまり俺が生きている限り、この世界は平穏でいられるというわけだ」
「……なるほど。偉くなったものね、ダエル」
「なりたくてなったわけじゃないがな」
皮肉気に笑った後、ダエルはその顔に柔い表情を浮かべた。
「カルミア、優しい俺が嫌いか」
「嫌いじゃないわ。……あなたがハーレムを作りたいなんて言うから、離れたくなっただけ」
「お前さんが嫌というなら、俺はそんなものを作ったりしない」
「ええ、そうなんでしょうね、分かってたけど。あなたに思い知って欲しかったのかもしれないわ。私があなたにとってどれだけ大切な存在かって。傲慢でしょう?でもそれが私なのよ。彼女達とは違って清廉潔白でも、純情でもないの」
「知っている」
苦笑気味に笑うダエルに、カルミアは微笑み返す。
「そういえば、ビビアンがこの国に来ていたけど。あなたに何か御用?」
「国交を回復するためだろう。会っていないから詳しくは知らんが」
「会っていないの?」
「俺はここ数ヵ月の間ずっとお前さんのことを探してたんだ。そんな暇はない」
「……ねえ、どうして私がここにいるって分かったの?」
カルミアが問うと、ダエルはあからさまな溜息を吐いた。
「忘れたのか?俺達の仲間には魔女がいただろう」
「そういえば……」
魔女であるラナエは、艶やかな美女だ。旅道中の仲間の中では、一番カルミアと縁が深く仲の良い女の1人である。
「この広大な国で、たった1人の人間を見つけるなんて、魔女でも大変らしくてな。文句を散々言われながらの捜索だった」
「……そうだったの。それにしたって本当に良いタイミングで飛んできてくれたものだわね」
クスクスと笑うカルミアの表情を、ダエルはじっと見つめた。何かひどく初心な顔をして、言葉を口の中で転がすようにしている。
「それで、だな」
「うん?」
「俺としては、お前さんがそんな俺に惚れ直して、この子と一緒に王都に戻ってきてくれると嬉しいんだが」
「あら、それだけ?」
「いや……その前にちゃんと式を挙げたい」
いつになく緊張の面持ちでそう宣うダエルに、カルミアはふっと笑みを零して「今度ハーレムを作りたいなんて言ったら、惚れ直すこともないわよ」と告げた。
するとダエルは壊れたおもちゃのように首を振って「二度と言わん!」と声を張り上げた。
「約束ね」
「約束だ。惚れ直せないなんて恐ろしい言葉は聞きたくない」
2人は顔を見合わせて微笑みあった。そんな2人の様子をクロエは不思議そうに眺めながらわけも分からず「あう!」と愛らしく声を出した。
こうして英雄ダエルと、その幼馴染であるカルミアは大勢の国民から祝福される中で結婚式を挙げた。
中にはハンカチを握りしめて悔しそうに歯噛みする女達が何人かいたが。誰もが祝福の声をあげる中で、彼女達の金切り声は埋もれ、そして掻き消えてしまった。
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