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翌日。

カルミアの元にリネットとランネルが訪れた。昨日、裸足で帰って来たカルミアを心配して、ランネルがリネットを呼んでくれたのである。

「うん、大丈夫だ。傷もそんなにない。……全く裸足で帰って来るなんて、一体どうしてそんな無謀なことを……」

呆れた風に言うランネルに、カルミアは「ごめんなさい」と苦笑を零した。

「でも、ほとんど辻馬車で帰って来たんだもの。自分で歩いた距離なんてほとんどないのよ」
「それでも、もう二度とこんなことしないで頂戴。小さな怪我から大きな病に発展することだってあるんだからね」

リネットは腹を立てながらも、カルミアの足の裏を慎重に見ていた。

「ミアは時々、本当に突拍子もないことをするんだから」

呆れた風に愚痴を零すランネルは、クロエを抱きながら「おてんばさんよ、あなたのお母さんは~」と歌い始める始末だ。

「これからは気をつけるわよ」

カルミアが肩をすくめてそう言うと、リネットとランネルは顔を見合わせて「ぜひそうして」と声の調子を合わせた。

「この話はこれくらいにして。今日はミアの様子を見にきたのもあるが、実は伝えたいことがあって来たのもあるんだ」
「伝えたいこと?」
「そうだ。ミアはこの街に来てから結構経つが、まだ知らないことが多くあるだろう」
「そうね」

カルミアが頷いたのを見届けて、リネットは神妙な面持ちで口を開いた。

「この時期……この街には悪い奴が来る」

リネットの眉間には皺が寄っていた。ランネルはカルミアの手にクロエを戻して、リネットの横に座り直し口を開いた。

「大商人──……テンゼル。それが悪い奴の名前よ」
「その方は、何か悪いことを?」

ランネルは口を重く開いた。

「ええ。誰がどう見ても悪いことをしてる奴だけど。国の役人は捕まえることが出来ないの。何故ならテンゼルは、1年を通して、色んな街へ行って金に困っている文字の読めない美人に甘い話をしては複雑な契約書を渡して、サインさせるのよ。それが自分好みの美人なら男女問わず自らの愛人にする。国の役人が捕まえらえないのは、そういうことなの。ちゃんと契約書があって、当人が同意したサインという証拠がある。だから、捕まえることが出来ない」

テンゼルは何度もそういうことを繰り返している。けれど、国の役人は捕まえられない。時として自らの歩む道を阻んだ子供を嬲り殺したりすることもあったという。ついに捕まると皆が思ったが、そうはならなかった。テンゼルは莫大な賄賂を国の役人に渡していたのだ。


「ミアはお金に困っているわけじゃないし、文字だって読めるから問題はないかもしれないけど。あなたは私達が今までに見たことないくらいの美人だわ。街を出歩いて、テンゼルの目に映って気に入られてしまうかもしれない。……いいえ、絶対に気に入られてしまう。あいつの目に入ったが最後。色んな手段を用いて、あなたを手に入れようとするはずよ」
「そうだ。だから、あいつがこの街に滞在するひと月の間は、絶対に外に出てはいけない。何があってもだ」
「このひと月の間は、私達があなたの家に通う。何か必要な物があったら言って頂戴」

2人の瞳には、僅かな怒りの炎が宿っていた。カルミアは頷いたが、同時にそんな2人のことが心配になる。

「待って頂戴。テンゼルは美しい人が好みなのでしょう?2人だって危ないのではないの?」

ランネルは男だが、その見目は麗しい。リネットも豊満な身体の美人だ。カルミアが危ないというのなら、2人だって確実に危ない。

「安心しろ。私達がテンゼルのお眼鏡に適うことはない」

言い切るリネットに、カルミアは「どうして」と首を傾げる。

「あいつは若い美人にしか興味がないんだ。私達は若くはないし、ここ5年ほどはテンゼルの目の前に姿を晒しても、何の反応もない」
「ええ、だから安心していいわ。……いい?あなたは私達のことなんか気にしなくて良いの。自分の身を守ることだけ考えて頂戴」

改めて言われてしまい、カルミアは頷かざるを得なかった。
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