8 / 14
忠告
しおりを挟む
翌日。
カルミアの元にリネットとランネルが訪れた。昨日、裸足で帰って来たカルミアを心配して、ランネルがリネットを呼んでくれたのである。
「うん、大丈夫だ。傷もそんなにない。……全く裸足で帰って来るなんて、一体どうしてそんな無謀なことを……」
呆れた風に言うランネルに、カルミアは「ごめんなさい」と苦笑を零した。
「でも、ほとんど辻馬車で帰って来たんだもの。自分で歩いた距離なんてほとんどないのよ」
「それでも、もう二度とこんなことしないで頂戴。小さな怪我から大きな病に発展することだってあるんだからね」
リネットは腹を立てながらも、カルミアの足の裏を慎重に見ていた。
「ミアは時々、本当に突拍子もないことをするんだから」
呆れた風に愚痴を零すランネルは、クロエを抱きながら「おてんばさんよ、あなたのお母さんは~」と歌い始める始末だ。
「これからは気をつけるわよ」
カルミアが肩をすくめてそう言うと、リネットとランネルは顔を見合わせて「ぜひそうして」と声の調子を合わせた。
「この話はこれくらいにして。今日はミアの様子を見にきたのもあるが、実は伝えたいことがあって来たのもあるんだ」
「伝えたいこと?」
「そうだ。ミアはこの街に来てから結構経つが、まだ知らないことが多くあるだろう」
「そうね」
カルミアが頷いたのを見届けて、リネットは神妙な面持ちで口を開いた。
「この時期……この街には悪い奴が来る」
リネットの眉間には皺が寄っていた。ランネルはカルミアの手にクロエを戻して、リネットの横に座り直し口を開いた。
「大商人──……テンゼル。それが悪い奴の名前よ」
「その方は、何か悪いことを?」
ランネルは口を重く開いた。
「ええ。誰がどう見ても悪いことをしてる奴だけど。国の役人は捕まえることが出来ないの。何故ならテンゼルは、1年を通して、色んな街へ行って金に困っている文字の読めない美人に甘い話をしては複雑な契約書を渡して、サインさせるのよ。それが自分好みの美人なら男女問わず自らの愛人にする。国の役人が捕まえらえないのは、そういうことなの。ちゃんと契約書があって、当人が同意したサインという証拠がある。だから、捕まえることが出来ない」
テンゼルは何度もそういうことを繰り返している。けれど、国の役人は捕まえられない。時として自らの歩む道を阻んだ子供を嬲り殺したりすることもあったという。ついに捕まると皆が思ったが、そうはならなかった。テンゼルは莫大な賄賂を国の役人に渡していたのだ。
「ミアはお金に困っているわけじゃないし、文字だって読めるから問題はないかもしれないけど。あなたは私達が今までに見たことないくらいの美人だわ。街を出歩いて、テンゼルの目に映って気に入られてしまうかもしれない。……いいえ、絶対に気に入られてしまう。あいつの目に入ったが最後。色んな手段を用いて、あなたを手に入れようとするはずよ」
「そうだ。だから、あいつがこの街に滞在するひと月の間は、絶対に外に出てはいけない。何があってもだ」
「このひと月の間は、私達があなたの家に通う。何か必要な物があったら言って頂戴」
2人の瞳には、僅かな怒りの炎が宿っていた。カルミアは頷いたが、同時にそんな2人のことが心配になる。
「待って頂戴。テンゼルは美しい人が好みなのでしょう?2人だって危ないのではないの?」
ランネルは男だが、その見目は麗しい。リネットも豊満な身体の美人だ。カルミアが危ないというのなら、2人だって確実に危ない。
「安心しろ。私達がテンゼルのお眼鏡に適うことはない」
言い切るリネットに、カルミアは「どうして」と首を傾げる。
「あいつは若い美人にしか興味がないんだ。私達は若くはないし、ここ5年ほどはテンゼルの目の前に姿を晒しても、何の反応もない」
「ええ、だから安心していいわ。……いい?あなたは私達のことなんか気にしなくて良いの。自分の身を守ることだけ考えて頂戴」
改めて言われてしまい、カルミアは頷かざるを得なかった。
カルミアの元にリネットとランネルが訪れた。昨日、裸足で帰って来たカルミアを心配して、ランネルがリネットを呼んでくれたのである。
「うん、大丈夫だ。傷もそんなにない。……全く裸足で帰って来るなんて、一体どうしてそんな無謀なことを……」
呆れた風に言うランネルに、カルミアは「ごめんなさい」と苦笑を零した。
「でも、ほとんど辻馬車で帰って来たんだもの。自分で歩いた距離なんてほとんどないのよ」
「それでも、もう二度とこんなことしないで頂戴。小さな怪我から大きな病に発展することだってあるんだからね」
リネットは腹を立てながらも、カルミアの足の裏を慎重に見ていた。
「ミアは時々、本当に突拍子もないことをするんだから」
呆れた風に愚痴を零すランネルは、クロエを抱きながら「おてんばさんよ、あなたのお母さんは~」と歌い始める始末だ。
「これからは気をつけるわよ」
カルミアが肩をすくめてそう言うと、リネットとランネルは顔を見合わせて「ぜひそうして」と声の調子を合わせた。
「この話はこれくらいにして。今日はミアの様子を見にきたのもあるが、実は伝えたいことがあって来たのもあるんだ」
「伝えたいこと?」
「そうだ。ミアはこの街に来てから結構経つが、まだ知らないことが多くあるだろう」
「そうね」
カルミアが頷いたのを見届けて、リネットは神妙な面持ちで口を開いた。
「この時期……この街には悪い奴が来る」
リネットの眉間には皺が寄っていた。ランネルはカルミアの手にクロエを戻して、リネットの横に座り直し口を開いた。
「大商人──……テンゼル。それが悪い奴の名前よ」
「その方は、何か悪いことを?」
ランネルは口を重く開いた。
「ええ。誰がどう見ても悪いことをしてる奴だけど。国の役人は捕まえることが出来ないの。何故ならテンゼルは、1年を通して、色んな街へ行って金に困っている文字の読めない美人に甘い話をしては複雑な契約書を渡して、サインさせるのよ。それが自分好みの美人なら男女問わず自らの愛人にする。国の役人が捕まえらえないのは、そういうことなの。ちゃんと契約書があって、当人が同意したサインという証拠がある。だから、捕まえることが出来ない」
テンゼルは何度もそういうことを繰り返している。けれど、国の役人は捕まえられない。時として自らの歩む道を阻んだ子供を嬲り殺したりすることもあったという。ついに捕まると皆が思ったが、そうはならなかった。テンゼルは莫大な賄賂を国の役人に渡していたのだ。
「ミアはお金に困っているわけじゃないし、文字だって読めるから問題はないかもしれないけど。あなたは私達が今までに見たことないくらいの美人だわ。街を出歩いて、テンゼルの目に映って気に入られてしまうかもしれない。……いいえ、絶対に気に入られてしまう。あいつの目に入ったが最後。色んな手段を用いて、あなたを手に入れようとするはずよ」
「そうだ。だから、あいつがこの街に滞在するひと月の間は、絶対に外に出てはいけない。何があってもだ」
「このひと月の間は、私達があなたの家に通う。何か必要な物があったら言って頂戴」
2人の瞳には、僅かな怒りの炎が宿っていた。カルミアは頷いたが、同時にそんな2人のことが心配になる。
「待って頂戴。テンゼルは美しい人が好みなのでしょう?2人だって危ないのではないの?」
ランネルは男だが、その見目は麗しい。リネットも豊満な身体の美人だ。カルミアが危ないというのなら、2人だって確実に危ない。
「安心しろ。私達がテンゼルのお眼鏡に適うことはない」
言い切るリネットに、カルミアは「どうして」と首を傾げる。
「あいつは若い美人にしか興味がないんだ。私達は若くはないし、ここ5年ほどはテンゼルの目の前に姿を晒しても、何の反応もない」
「ええ、だから安心していいわ。……いい?あなたは私達のことなんか気にしなくて良いの。自分の身を守ることだけ考えて頂戴」
改めて言われてしまい、カルミアは頷かざるを得なかった。
43
お気に入りに追加
738
あなたにおすすめの小説
王子が親友を好きになり婚約破棄「僕は本当の恋に出会えた。君とは結婚できない」王子に付きまとわれて迷惑してる?衝撃の真実がわかった。
window
恋愛
セシリア公爵令嬢とヘンリー王子の婚約披露パーティーが開かれて以来、彼の様子が変わった。ある日ヘンリーから大事な話があると呼び出された。
「僕は本当の恋に出会ってしまった。もう君とは結婚できない」
もうすっかり驚いてしまったセシリアは、どうしていいか分からなかった。とりあえず詳しく話を聞いてみようと思い尋ねる。
先日の婚約披露パーティーの時にいた令嬢に、一目惚れしてしまったと答えたのです。その令嬢はセシリアの無二の親友で伯爵令嬢のシャロンだったというのも困惑を隠せない様子だった。
結局はヘンリーの強い意志で一方的に婚約破棄したいと宣言した。誠実な人柄の親友が裏切るような真似はするはずがないと思いシャロンの家に会いに行った。
するとヘンリーがシャロンにしつこく言い寄っている現場を目撃する。事の真実がわかるとセシリアは言葉を失う。
ヘンリーは勝手な思い込みでシャロンを好きになって、つきまとい行為を繰り返していたのだ。
暴力婚約者は婚約破棄の後に豹変しました
ルイス
恋愛
セイロン王国の伯爵令嬢フラウは、婚約者のデルタの言葉の暴力に苛まれていた。
「デルタ様、私はもう我慢ができません!」
「こんなことくらいで根を上げる奴など私の妻に相応しくない。出て行くが良い!」
婚約破棄と言う形で追い出されたフラウだったが、内心ではホッとしていた。もう、彼に会う必要がないからだ。しかし、婚約破棄の後、デルタは豹変したように彼女を溺愛するようになり──。
私と一緒にいることが苦痛だったと言われ、その日から夫は家に帰らなくなりました。
田太 優
恋愛
結婚して1年も経っていないというのに朝帰りを繰り返す夫。
結婚すれば変わってくれると信じていた私が間違っていた。
だからもう離婚を考えてもいいと思う。
夫に離婚の意思を告げたところ、返ってきたのは私を深く傷つける言葉だった。
【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!
さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」
「はい、愛しています」
「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」
「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」
「え……?」
「さようなら、どうかお元気で」
愛しているから身を引きます。
*全22話【執筆済み】です( .ˬ.)"
ホットランキング入りありがとうございます
2021/09/12
※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください!
2021/09/20
幼馴染の公爵令嬢が、私の婚約者を狙っていたので、流れに身を任せてみる事にした。
完菜
恋愛
公爵令嬢のアンジェラは、自分の婚約者が大嫌いだった。アンジェラの婚約者は、エール王国の第二王子、アレックス・モーリア・エール。彼は、誰からも愛される美貌の持ち主。何度、アンジェラは、婚約を羨ましがられたかわからない。でもアンジェラ自身は、5歳の時に婚約してから一度も嬉しいなんて思った事はない。アンジェラの唯一の幼馴染、公爵令嬢エリーもアンジェラの婚約者を羨ましがったうちの一人。アンジェラが、何度この婚約が良いものではないと説明しても信じて貰えなかった。アンジェラ、エリー、アレックス、この三人が貴族学園に通い始めると同時に、物語は動き出す。
【完結】用済みと捨てられたはずの王妃はその愛を知らない
千紫万紅
恋愛
王位継承争いによって誕生した後ろ楯のない無力な少年王の後ろ楯となる為だけに。
公爵令嬢ユーフェミアは僅か10歳にして大国の王妃となった。
そして10年の時が過ぎ、無力な少年王は賢王と呼ばれるまでに成長した。
その為後ろ楯としての価値しかない用済みの王妃は廃妃だと性悪宰相はいう。
「城から追放された挙げ句、幽閉されて監視されて一生を惨めに終えるくらいならば、こんな国……逃げだしてやる!」
と、ユーフェミアは誰にも告げず城から逃げ出した。
だが、城から逃げ出したユーフェミアは真実を知らない。
【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?
星野真弓
恋愛
十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。
だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。
そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。
しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――
【完結】「妹が欲しがるのだから与えるべきだ」と貴方は言うけれど……
小笠原 ゆか
恋愛
私の婚約者、アシュフォード侯爵家のエヴァンジェリンは、後妻の産んだ義妹ダルシニアを虐げている――そんな噂があった。次期王子妃として、ひいては次期王妃となるに相応しい振る舞いをするよう毎日叱責するが、エヴァンジェリンは聞き入れない。最後の手段として『婚約解消』を仄めかしても動じることなく彼女は私の下を去っていった。
この作品は『小説家になろう』でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる