7 / 14
宝石と子供
しおりを挟む
そんなカルミアの心を穿つように、周囲から歓声があがった。
船から出てきたのは護衛の騎士達だろうか。船に負けず劣らず豪華絢爛な鎧を身に纏いながら、剣を太陽の光に煌めかせ彼らは堂々と作られた道を歩く。そんな彼らの列が1、2、3と続いて10に至ると、より大きな歓声が周囲の空気を膨張させた。
──…おお、ビビアン様だ!なんてお美しいんだろう!
──…あれば噂に聞く銀の髪か。この世のものとは思えない。
華奢なその姿。しかし、彼女から発するオーラはまさに魔性。洗練された動作の中に匂い立つようなあどけない少女の色気。
ダエルの魔王討伐に参加した女達は皆美しかったが、誰もビビアンには叶わなかった。
容姿もそうだが、人心を見透かす様な言動と、その器の広さ。
そして……危い善良すぎるその心。
カルミアはほんの少し前のことを思い出した。
旅の道中のことである。
魔物に親を食われた子供がいた。その子供を憐れんだビビアンは、袖の下に縫い付けていた宝石を子供に与えた。子供は喜んで礼を言い去って行った。と、ビビアンがダエルに自慢気に話すと、滅多に怒らないダエルがこの時ばかりは怒鳴り声をあげた。
『飢えた子供に宝石を渡してどうする!』
『あ、あの子は今日明日にでも死んでしまうわ。そんなあの子を救うことを悪いことだというの?』
『あなたは知らないだろうが。この辺りは想像以上に貧しい村だ。そんな村で子供1人に宝石1つ渡してみろ。周囲から様子を伺っていた大人達がいたいけな子供をなぶり殺してでもその宝石を手に入れようとするだろう。己の命を繋ぐために!』
ダエルはそう言い退けて、ビビアンから子供が去って行った方向を聞きだし、すぐにその後を追いかけた。しかしダエルが子供に追いついた時にはもう遅かった。
小さな子供は見るも無残な姿で地に倒れ伏していたのである。
細く飢えた子供から流れた血とは思えぬほどのおびただしい血の量。誰もが近寄ることを躊躇うほどの光景。
カルミアはそんな小さな子供を抱き上げ、全ての血を拭い取り、ダエルと共にその小さな身体を土に埋めた。そこに一輪の花を置いて。あの時のやるせない気持ちを思い出すと、身体が捩れそうになる。
『ごめんなさい……ごめんなさい』
ビビアンは泣いていた。ビビアンの震える肩を、カルミアは抱き寄せた。その華奢な身体の感触を今でもよく覚えている。
それからというもの、彼女は安易な行動を控えるようになった。
なにかあったらまずダエルに報告し、教えを乞う。真摯な姿勢を見せるビビアンに、ダエルも真摯な態度で向き合っていた。そんな2人の様子に周囲の仲間たちは「まるで教師と生徒のようだ」と微笑ましそうにしていた。一方でカルミアは「まるで恋人のようだ」と思っていた。少なくとも、ビビアンはダエルに好意を寄せていたので、いずれそうなってしまうかもしれないなんて嫌な想像ばかりして。
前に進むビビアンに対して、後ろしか見えない自分自身が心底嫌になった。
(せっかく海に来たのに……またこんなことばっかり考えてる。ほんと、私って女々しいわね)
カルミアが自嘲の笑いを漏らした時。周囲からの声がまた大きくなった。
──……しかし、一体どうしてビビアン様が
──……なんでも耐えていた国交を修復するためとか
──……そんなつまらない話じゃないよ。なんでも勇者様に嫁ぎにきたというじゃないか。
──……そんなまさか。そんなに大切なことなら今頃国中に知らせが届いているはずじゃないか
──……いや、違う、違う。なんでも隣国の王女自ら求婚しに来たという話だぞ
カルミアは心臓が鳴る場所をぎゅっと掴んだ。こんな言葉を聞いて苦しんではいけない。そんな資格は自分にはもうないのだ。
自分からダエルの元を去ったのだから。
(切ないだなんて思ってはいけない)
カルミアは全ての雑念を振り払うように、人の足を踏んずけながら、人並から抜け出して辻馬車に飛び乗った。
手にしていた靴はすでに手の中になく、足は裸足のまま。
気づいたのは、馬車に乗ってしばらくした後のことだった。
船から出てきたのは護衛の騎士達だろうか。船に負けず劣らず豪華絢爛な鎧を身に纏いながら、剣を太陽の光に煌めかせ彼らは堂々と作られた道を歩く。そんな彼らの列が1、2、3と続いて10に至ると、より大きな歓声が周囲の空気を膨張させた。
──…おお、ビビアン様だ!なんてお美しいんだろう!
──…あれば噂に聞く銀の髪か。この世のものとは思えない。
華奢なその姿。しかし、彼女から発するオーラはまさに魔性。洗練された動作の中に匂い立つようなあどけない少女の色気。
ダエルの魔王討伐に参加した女達は皆美しかったが、誰もビビアンには叶わなかった。
容姿もそうだが、人心を見透かす様な言動と、その器の広さ。
そして……危い善良すぎるその心。
カルミアはほんの少し前のことを思い出した。
旅の道中のことである。
魔物に親を食われた子供がいた。その子供を憐れんだビビアンは、袖の下に縫い付けていた宝石を子供に与えた。子供は喜んで礼を言い去って行った。と、ビビアンがダエルに自慢気に話すと、滅多に怒らないダエルがこの時ばかりは怒鳴り声をあげた。
『飢えた子供に宝石を渡してどうする!』
『あ、あの子は今日明日にでも死んでしまうわ。そんなあの子を救うことを悪いことだというの?』
『あなたは知らないだろうが。この辺りは想像以上に貧しい村だ。そんな村で子供1人に宝石1つ渡してみろ。周囲から様子を伺っていた大人達がいたいけな子供をなぶり殺してでもその宝石を手に入れようとするだろう。己の命を繋ぐために!』
ダエルはそう言い退けて、ビビアンから子供が去って行った方向を聞きだし、すぐにその後を追いかけた。しかしダエルが子供に追いついた時にはもう遅かった。
小さな子供は見るも無残な姿で地に倒れ伏していたのである。
細く飢えた子供から流れた血とは思えぬほどのおびただしい血の量。誰もが近寄ることを躊躇うほどの光景。
カルミアはそんな小さな子供を抱き上げ、全ての血を拭い取り、ダエルと共にその小さな身体を土に埋めた。そこに一輪の花を置いて。あの時のやるせない気持ちを思い出すと、身体が捩れそうになる。
『ごめんなさい……ごめんなさい』
ビビアンは泣いていた。ビビアンの震える肩を、カルミアは抱き寄せた。その華奢な身体の感触を今でもよく覚えている。
それからというもの、彼女は安易な行動を控えるようになった。
なにかあったらまずダエルに報告し、教えを乞う。真摯な姿勢を見せるビビアンに、ダエルも真摯な態度で向き合っていた。そんな2人の様子に周囲の仲間たちは「まるで教師と生徒のようだ」と微笑ましそうにしていた。一方でカルミアは「まるで恋人のようだ」と思っていた。少なくとも、ビビアンはダエルに好意を寄せていたので、いずれそうなってしまうかもしれないなんて嫌な想像ばかりして。
前に進むビビアンに対して、後ろしか見えない自分自身が心底嫌になった。
(せっかく海に来たのに……またこんなことばっかり考えてる。ほんと、私って女々しいわね)
カルミアが自嘲の笑いを漏らした時。周囲からの声がまた大きくなった。
──……しかし、一体どうしてビビアン様が
──……なんでも耐えていた国交を修復するためとか
──……そんなつまらない話じゃないよ。なんでも勇者様に嫁ぎにきたというじゃないか。
──……そんなまさか。そんなに大切なことなら今頃国中に知らせが届いているはずじゃないか
──……いや、違う、違う。なんでも隣国の王女自ら求婚しに来たという話だぞ
カルミアは心臓が鳴る場所をぎゅっと掴んだ。こんな言葉を聞いて苦しんではいけない。そんな資格は自分にはもうないのだ。
自分からダエルの元を去ったのだから。
(切ないだなんて思ってはいけない)
カルミアは全ての雑念を振り払うように、人の足を踏んずけながら、人並から抜け出して辻馬車に飛び乗った。
手にしていた靴はすでに手の中になく、足は裸足のまま。
気づいたのは、馬車に乗ってしばらくした後のことだった。
53
お気に入りに追加
738
あなたにおすすめの小説
王子が親友を好きになり婚約破棄「僕は本当の恋に出会えた。君とは結婚できない」王子に付きまとわれて迷惑してる?衝撃の真実がわかった。
window
恋愛
セシリア公爵令嬢とヘンリー王子の婚約披露パーティーが開かれて以来、彼の様子が変わった。ある日ヘンリーから大事な話があると呼び出された。
「僕は本当の恋に出会ってしまった。もう君とは結婚できない」
もうすっかり驚いてしまったセシリアは、どうしていいか分からなかった。とりあえず詳しく話を聞いてみようと思い尋ねる。
先日の婚約披露パーティーの時にいた令嬢に、一目惚れしてしまったと答えたのです。その令嬢はセシリアの無二の親友で伯爵令嬢のシャロンだったというのも困惑を隠せない様子だった。
結局はヘンリーの強い意志で一方的に婚約破棄したいと宣言した。誠実な人柄の親友が裏切るような真似はするはずがないと思いシャロンの家に会いに行った。
するとヘンリーがシャロンにしつこく言い寄っている現場を目撃する。事の真実がわかるとセシリアは言葉を失う。
ヘンリーは勝手な思い込みでシャロンを好きになって、つきまとい行為を繰り返していたのだ。
暴力婚約者は婚約破棄の後に豹変しました
ルイス
恋愛
セイロン王国の伯爵令嬢フラウは、婚約者のデルタの言葉の暴力に苛まれていた。
「デルタ様、私はもう我慢ができません!」
「こんなことくらいで根を上げる奴など私の妻に相応しくない。出て行くが良い!」
婚約破棄と言う形で追い出されたフラウだったが、内心ではホッとしていた。もう、彼に会う必要がないからだ。しかし、婚約破棄の後、デルタは豹変したように彼女を溺愛するようになり──。
聖女の私は妹に裏切られ、国を追放することになりましたがあなたは聖女の力を持っていないですよ?〜国を追放され、劣悪な環境の国に来た聖女の物語〜
らん
恋愛
アデリーナ・ハートフィールドはシライアという国で聖女をしていた。
ある日のこと、アデリーナは婚約者であり、この国の最高権力者ローラン・ベイヤー公爵に呼び出される。その場には妹であるグロウィンの姿もあった。
「お前に代わってグロウィンがこの国の聖女となることになった」
公爵はそう言う。アデリーナにとってそれは衝撃的なことであった。グロウィンは聖女の力を持っていないことを彼女は知っているし、その力が後天性のものではなく、先天性のものであることも知っている。しかし、彼に逆らうことも出来ずに彼女はこの国から追放された。
彼女が行かされたのは、貧困で生活が苦しい国のデラートであった。
突然の裏切りに彼女はどうにかなってしまいそうだったが、ここでただ死ぬのを待つわけにもいかずに彼女はこの地で『何でも屋』として暮らすことになった。
『何でも屋』を始めてから何日か経ったある日、彼女は平和に過ごせるようになっていたが、その生活も突然の終わりを迎える。
私と一緒にいることが苦痛だったと言われ、その日から夫は家に帰らなくなりました。
田太 優
恋愛
結婚して1年も経っていないというのに朝帰りを繰り返す夫。
結婚すれば変わってくれると信じていた私が間違っていた。
だからもう離婚を考えてもいいと思う。
夫に離婚の意思を告げたところ、返ってきたのは私を深く傷つける言葉だった。
【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!
さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」
「はい、愛しています」
「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」
「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」
「え……?」
「さようなら、どうかお元気で」
愛しているから身を引きます。
*全22話【執筆済み】です( .ˬ.)"
ホットランキング入りありがとうございます
2021/09/12
※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください!
2021/09/20
幼馴染の公爵令嬢が、私の婚約者を狙っていたので、流れに身を任せてみる事にした。
完菜
恋愛
公爵令嬢のアンジェラは、自分の婚約者が大嫌いだった。アンジェラの婚約者は、エール王国の第二王子、アレックス・モーリア・エール。彼は、誰からも愛される美貌の持ち主。何度、アンジェラは、婚約を羨ましがられたかわからない。でもアンジェラ自身は、5歳の時に婚約してから一度も嬉しいなんて思った事はない。アンジェラの唯一の幼馴染、公爵令嬢エリーもアンジェラの婚約者を羨ましがったうちの一人。アンジェラが、何度この婚約が良いものではないと説明しても信じて貰えなかった。アンジェラ、エリー、アレックス、この三人が貴族学園に通い始めると同時に、物語は動き出す。
【完結】用済みと捨てられたはずの王妃はその愛を知らない
千紫万紅
恋愛
王位継承争いによって誕生した後ろ楯のない無力な少年王の後ろ楯となる為だけに。
公爵令嬢ユーフェミアは僅か10歳にして大国の王妃となった。
そして10年の時が過ぎ、無力な少年王は賢王と呼ばれるまでに成長した。
その為後ろ楯としての価値しかない用済みの王妃は廃妃だと性悪宰相はいう。
「城から追放された挙げ句、幽閉されて監視されて一生を惨めに終えるくらいならば、こんな国……逃げだしてやる!」
と、ユーフェミアは誰にも告げず城から逃げ出した。
だが、城から逃げ出したユーフェミアは真実を知らない。
【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?
星野真弓
恋愛
十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。
だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。
そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。
しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる