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宝石と子供

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そんなカルミアの心を穿つように、周囲から歓声があがった。

船から出てきたのは護衛の騎士達だろうか。船に負けず劣らず豪華絢爛な鎧を身に纏いながら、剣を太陽の光に煌めかせ彼らは堂々と作られた道を歩く。そんな彼らの列が1、2、3と続いて10に至ると、より大きな歓声が周囲の空気を膨張させた。



──…おお、ビビアン様だ!なんてお美しいんだろう!

──…あれば噂に聞く銀の髪か。この世のものとは思えない。



華奢なその姿。しかし、彼女から発するオーラはまさに魔性。洗練された動作の中に匂い立つようなあどけない少女の色気。

ダエルの魔王討伐に参加した女達は皆美しかったが、誰もビビアンには叶わなかった。

容姿もそうだが、人心を見透かす様な言動と、その器の広さ。

そして……危い善良すぎるその心。

カルミアはほんの少し前のことを思い出した。


旅の道中のことである。


魔物に親を食われた子供がいた。その子供を憐れんだビビアンは、袖の下に縫い付けていた宝石を子供に与えた。子供は喜んで礼を言い去って行った。と、ビビアンがダエルに自慢気に話すと、滅多に怒らないダエルがこの時ばかりは怒鳴り声をあげた。


『飢えた子供に宝石を渡してどうする!』
『あ、あの子は今日明日にでも死んでしまうわ。そんなあの子を救うことを悪いことだというの?』
『あなたは知らないだろうが。この辺りは想像以上に貧しい村だ。そんな村で子供1人に宝石1つ渡してみろ。周囲から様子を伺っていた大人達がいたいけな子供をなぶり殺してでもその宝石を手に入れようとするだろう。己の命を繋ぐために!』


ダエルはそう言い退けて、ビビアンから子供が去って行った方向を聞きだし、すぐにその後を追いかけた。しかしダエルが子供に追いついた時にはもう遅かった。

小さな子供は見るも無残な姿で地に倒れ伏していたのである。

細く飢えた子供から流れた血とは思えぬほどのおびただしい血の量。誰もが近寄ることを躊躇うほどの光景。

カルミアはそんな小さな子供を抱き上げ、全ての血を拭い取り、ダエルと共にその小さな身体を土に埋めた。そこに一輪の花を置いて。あの時のやるせない気持ちを思い出すと、身体が捩れそうになる。


『ごめんなさい……ごめんなさい』


ビビアンは泣いていた。ビビアンの震える肩を、カルミアは抱き寄せた。その華奢な身体の感触を今でもよく覚えている。

それからというもの、彼女は安易な行動を控えるようになった。


なにかあったらまずダエルに報告し、教えを乞う。真摯な姿勢を見せるビビアンに、ダエルも真摯な態度で向き合っていた。そんな2人の様子に周囲の仲間たちは「まるで教師と生徒のようだ」と微笑ましそうにしていた。一方でカルミアは「まるで恋人のようだ」と思っていた。少なくとも、ビビアンはダエルに好意を寄せていたので、いずれそうなってしまうかもしれないなんて嫌な想像ばかりして。


前に進むビビアンに対して、後ろしか見えない自分自身が心底嫌になった。


(せっかく海に来たのに……またこんなことばっかり考えてる。ほんと、私って女々しいわね)

カルミアが自嘲の笑いを漏らした時。周囲からの声がまた大きくなった。


──……しかし、一体どうしてビビアン様が

──……なんでも耐えていた国交を修復するためとか

──……そんなつまらない話じゃないよ。なんでも勇者様に嫁ぎにきたというじゃないか。

──……そんなまさか。そんなに大切なことなら今頃国中に知らせが届いているはずじゃないか

──……いや、違う、違う。なんでも隣国の王女自ら求婚しに来たという話だぞ


カルミアは心臓が鳴る場所をぎゅっと掴んだ。こんな言葉を聞いて苦しんではいけない。そんな資格は自分にはもうないのだ。

自分からダエルの元を去ったのだから。

(切ないだなんて思ってはいけない)

カルミアは全ての雑念を振り払うように、人の足を踏んずけながら、人並から抜け出して辻馬車に飛び乗った。

手にしていた靴はすでに手の中になく、足は裸足のまま。

気づいたのは、馬車に乗ってしばらくした後のことだった。
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