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番外編②
幸福
しおりを挟む「どうしたの?着たくない?」
わざとらしく上目遣いで見つめると、シモンは「あまりいじめないでくれ」と苦笑を零した。
たぶん、いじめるようなことにはならないと思う。
シモンは何を着ても似合う。まるで服が彼の魅力を引き立たせようと努力しているみたいに。
案の定、ふわふわ寝衣を着たシモンは、いつもより若く見えるだけで、何もおかしなところはなかった。ないどころか、甘いハンサムな顔立ちが引き立って、一層魅力的に見える。それにちょっと、やっぱりエロい。おかしいな。別にエロく見えるものを買ったわけではないのに。いやいや、今はそんなことより。
「どうしよう。今ものすごくお前とスケベなことしたい」
「……喜んでもらえたようでなにより」
照れているのか。くしゃりと、水に湿ったくせ毛を搔きあげるその仕草に、今度こそ鼻血を噴射しそうになる。
あー、いい。ほんと、すごくいい。なーんでこんなにかっこいいんだろう。
「エリス」
「なあに」
「どうしていきなり贈り物を?」
あ、そう言えばまだ言ってなかったか。
「いや……うん、何もない時にさ、贈り物をしたかったからかな。いつも僕がお前に何か贈る時ってさ、お返しとかそういう建前が必要だっただろう?それが口惜しくってさ」
恋人なら将軍就任や、誕生日のような記念日ではなくても贈り物を贈ることが出来る。何かを贈りたかったから。喜んで欲しいから。困った顔がみたいから。たったそれだけ、大した理由もなく贈り物を贈ることが出来る。今の関係性が嬉しくて。だから贈り物を贈りたかった。
シモンはそんな僕の意味することを解したのか、ふっと目を細める。
「考えることは同じだな、エリス」
「ん?」
「おいで、一緒に寝室に行こう」
その手に導かれて浴室を出る。そして久しぶりに入った寝室の内装は、初めて身体を重ねた時とほとんど変わらない。
「少し待っていておくれ」
言い置かれたので大人しく待っていると、少しもしない内にシモンが大きな箱を抱えて戻ってきた。
一体何だ?と問うまでもなく、それは僕への贈り物なのだと分かったし、なによりほんの少し開けられた蓋の隙間から甘い香りが漂ってきて、中身が僕の大好きな菓子だということは想像に難くなかった。
「召し上がれ」
「……ありがとう」
渡された箱を受け取り1つ、真っ赤なジャムのついたクッキーを口の中にほおり込む。苺の香りと、風味豊かなバターがじんわりと舌に溶ける感覚。たぶん王都の東にある人気菓子店のものだろう。ふと視線を感じて、顔をあげるとシモンが穏やかに笑いながら、僕の口元についた何かを指先で拭って、ペロリと舐めた。
「……シモンも、理由なく贈り物がしたかったのか?」
「いや、俺の場合は…‥これは単なる下心だな」
「どういうこと?」
「俺があなたに贈り物をする時は、いつも下心がある。この菓子をあなたに贈るのは、あなたにもっと俺を好きになってもらいたいからだ」
「……」
僕の抱える箱を撫でながら、シモンは「大人げないだろう?」と笑う。
下心。それを言うなら、僕もそうだ。今、シモンが着ている寝衣にだって僕の下心が存分に含まれている。いつもと違うシモンが見たい。困った顔が見たい。これはそんな下心に塗れた贈り物だ。
「そんなこと言ったら僕だってシモンの困った顔がみたいから、これを選んだわけだし。あれ、そう考えると建前は必要なくなっても、今度は下心満載なのがバレバレになるのか。それはそれでちょっと気恥しいような……」
もこもことした手触りを楽しみつつ宣うと、シモンは「これにはそういう意味があるのか」と呆れた風に呟いた。
「うん。だってお前はいつも泰然自若としてるからさ。今回は可愛らしい若者文化に触れたお前がどんな反応するか気になったんだ。……それにしても想像以上に似合ってるなあ。かっこいい。やっぱりシモンは世界一だね。何着ても似合うんだろうな。今度は何を着てもらおうかな」
「おいおい」
「そのかわり、お前も僕に何着せてもいいから。僕もお前の性癖もっと詳しく知りたい」
「……」
僕の言葉を耳にした途端、シモンの表情がぴしりと固まった。
ん、なんで固まるんだ?
「ま、まさかお前。とんでもなくエロいものを僕に着せようとしているんじゃ!?言っておくけど、最近流行ってる裸でエプロンとか、獣の耳飾りをつけるだとかそういうのは無しだぞ!」
「……前から思っていたが、あなたは時々中年のエロおやじみたいな発想をするな」
「……ごほん、ごほん」
軽く咳払いして誤魔化すと(たぶん誤魔化せてないけど)シモンの大きな手が僕の頭の上を滑った。やがて硬い掌が耳の上を掠めて、頬に滑る。
「で……今なんで固まったの?なんか、着てほしいものがあるのか?」
「いや……特に変わった趣味嗜好はないはずだが、あなたに何を着せてもいいと言われると」
「なになに、本当に僕に着せたいものがあるのか?さっきはああ言ったけど、お前が本気で望むなら裸でエプロンでも獣耳でもなんでも着けてやるぞ」
「……いや、そんなものを身に着ける必要はない。俺はたぶん、あなたが生まれたままの姿で俺に身を委ねてくれる姿に一番興奮する……んだと思う」
「……」
ふわっと、眩暈のようなものがした。気づけば鼻の奥がツンと痛い。ああ、これはまた──……。
「エリス!?」
結局のところ、僕はまた鼻血を出してしまい、しばらくは動けなくなってしまった。どうせ今から昼寝をするのだから。別に動けなくてもいいか。
さすがに鼻血を出すこの癖はなんとかしないとと思うけど。
そんなことを思いながら、シモンと共に穏やかな時間を過ごせることが嬉しくて。僕は鼻血を流しているにも関わらず「ふふふ」と幸福の笑いを抑えることが出来ずに、より一層シモンに心配をかけてしまった。
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