29 / 32
番外編②
失態
しおりを挟む「エリス、よく来たな。疲れたろう」
翌日、シモンの王都郊外に建つ屋敷へたどり着くと、出迎えてくれたのは執事ではなくシモン本人だった。普通、こういう時に出迎えるのは執事なのだが、シモンはそういう堅苦しいことを嫌う傾向にある。それにしても……。
「……」
「ん?どうした」
首を傾げながら苦笑を零すシモンを、僕はまじまじと目をかっぴらいて見つめてしまう。
今日のシモンは、いつも以上に緩い恰好をしていた。普段は堅苦しい正装か、軽装備の鎧をつけているだとか、何かと剛健さを滲ませるような衣装を身に纏いつつ、一部を着崩しているようなイメージのある彼だが、今日は滲む堅苦しさはなく、ほどよく着崩されたシャツとはだけられた胸元から見える盛り上がった筋肉が色気を増大させ、実に……悩ましい格好をしている。
いや、かっこよすぎじゃない?僕にまた鼻血出させたいのか?
とは口には出さず平静を装って「なんでもない」と答える。
が、さすがに見過ぎたのか。シモンはまたしても苦笑しながら「ああ、すまない」と何故か謝ってきた。
「だらしのない恰好で出迎えてしまって、すまないね。実は訓練が長引いて、急いで湯を使っていたところなんだよ」
「それだったら、急いで出てこなくても良かったのに」
「恋人を出迎えたかっただけだよ。それに……会うのに汗を掻いたままというのもな……時間通りに来てくれたのにすまない。まだ洗いきれていないから、軽食でも食べて待っていてくれるかね」
柔く微笑んでいるシモンは、いつもよりどこか眠そうに見えた。元々、今日はお昼を過ぎて会う予定ではあったが。その前に仕事があるとは知らなかった。考えてみれば、この時期は市井や、学園を出たばかりの訓練生を指導する期間だ。しかも軍部ではそれぞれの任地が変更され、人間関係において非常に神経をすり減らす時期でもある。シモンは将軍だから基本的に王都にいるが、それでも周囲に変化が起これば多少は疲れるものだろう。
どれだけ体力のある軍人で、精神力に自信のある者でも、指導を行いながら、自らの鍛錬も行い、軍全体の指揮を執る日々を送り続ければ疲弊もする。体力と気力は決して無尽蔵に生み出されるものではないのだから。
会えることが嬉しくて、浮かれて前半の予定についてまで考えが至らなかった。これは僕の失態だろう。
「眠いだろう、シモン」
「いや……そんなことは」
「湯を使い終わったら、一緒に昼寝しようか」
「それは」
「いいから早くいっておいでよ。僕はお前の寝台で待ってるから。あ、いや、エロい意味でじゃないぞ!ただ眠るって意味で言った」
シモンの身体をぐるりと180度回転させて、そっと背を押す。わずかにこちらに視線を流したシモンは「エロい意味の方が嬉しい」と吐息まじりに呟いた。
112
お気に入りに追加
3,654
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。