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ライレルの馬祭り Ⅰ
愛人
しおりを挟む「伯爵夫人の恋人……と言われているわ」
「恋人!?」
ミレーユは思わず、クラディスのいる庭園の方へ振り返ってしまった。幸い、クラディスはミレーユが振り返ったことに気づく様子はなく、遠くからでは何も無いように見える場所をしげしげと眺めていた。
「で、でも……伯爵夫人はご結婚されてるじゃない。つまり……愛人ということ?」
エドモンド曰く、貴族の間では妻以外の女性と関係を持つのは極当たり前にあること、らしい。その逆も然り。夫に飽いた、地位のある女が見目の良い男を愛人とすることもあるとのこと。
だが、そうと説明されても、ミレーユにはいまいちピンとこなかった。
なにせ両親は、社交界一のおしどり夫婦と呼ばれる2人であるし、父である公爵は確かに女性から声をかけられることは多いが、母以外には滅多に笑顔を見せない。母もそれは同じ。
お互い以外は眼中にない両親の元で生まれたミレーユにとって「愛人」という存在がこの世にいることを知ったのは、まさしく青天の霹靂というべきことだった。
『お嬢さんは、良いご両親の元に生まれたね』
『ええ、お父様とお母様の元に生まれて良かったと思ってるわ』
『なかなか、ないことだよ』
『そう?』
『世間的に良い親と言われていたって、子供にとって良い親であるかは全く別だ。位の高い貴族同士の間に生まれ、金銭的に何不自由なく暮らせていたとしても、愛情のない生活は徐々に人間の心を冷やしていく。愛人を求めるのは、足りない愛情が欲しいから……と言う人もいるね。俺もその意見には概ね賛成だ』
唐突に、エドモンドとのやりとりを思い出す。
思えば、アランがエリーを求めたのもそういう理由だったのだろうか。
自分が褒められることばかりを求めて、彼に何か温かな愛情を注いだことはあったか。
今ではもう、思い出すことさえ別に苦ではない。それは過去のこととして自分の中で消化出来ている証拠のような気がした。
「ところでミレーユ、あなた愛人なんて言葉どこで覚えたの?」
唐突に母から投げられた質問に、ミレーユは狼狽える。
「え!?あ……それは……」
母はあえて「愛人」という言葉を使わなかったのに、ご丁寧に「愛人だ」と言い直してしまった。どう説明しようかと、視線を彷徨わせる。エドモンドに教えてもらったと素直に言うべきか。
いや、だが……彼の印象を悪くしそうで言いずらい。
ミレーユは仕方なく最近読んだ本の中に書かれていたから気になって調べた、と答えた。
「……あまり、変な本を読んでは駄目よ」
心配そうにこちらを見てくる母に、ミレーユはコクコクと必死に頷いてみせた。
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