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王宮

タァナ

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ミレーユは考えに考え抜いて、結果、執務机の棚から1つ、スモーキーな香りの染み付いた紙を取り出した。

「……ダナイ商会」

以前、何か困ったことがあればいつでもここを尋ねておいでとエドモンドから渡されたものだ。

(ここへ行って、エドモンドとお話したら、少しはこの不安も晴れるかもしれない)

つい先日は「アランを変えてしまったのは自分なのかもしれない」と落ち込んで何かを具体的に相談することが出来なかったが、少し落ち着いた今なら上手く話せそうだ。


ミレーユは小さな紙を握りしめ、馬車を出すように命じる。


王都からそこそこ離れたシェスフィ地方の一角に商会の拠点があると御者が言うので、彼に任せてミレーユは馬車に揺られる。

小さな窓を流れる風景は、建物が背比べをする無機質なものから、徐々に水彩画の世界のように長閑で朗らかになる。

基本的に屋敷から積極的に外に出ないミレーユは窓の外に不安を覚えて、時々ちらりと見てはすぐに視線を逸らすを繰り返していた。

「お嬢様……、一体ダナイ商会に何のご用事が?」

静かに問いかけてきたのは、公爵邸に仕えて長いばあや─タァナだ。彼女は、公爵邸のメイド達を束ねる立場にある人間。そして公爵邸で唯一、ミレーユに厳しく出来る人間と言っても過言ではなかった。というのも、モデューセ公爵夫妻がミレーユにとことん甘いので、厳しく指導するような家庭教師は、皆、やめさせられてしまっていたので、必然的にそうなってしまったと言うほかない。タァナは、怒ってくれる大人が周りにいない状況は良くないと考えて、必要に応じてミレーユには厳しくした。それもこれも現公爵であるミセラの乳母であった彼女にしか出来ないことだった。

「社交の場で知り合った方がいらっしゃるの。その方とお話しにいくだけよ」
「……お嬢様」
「なによ」
「最近、お元気がおありでありませんね」

穏やかに問われて、ミレーユは言葉を失った。

「何かおありになりましたか?」
「……なにも」

言えるわけがない。

タァナは、確かに厳しい人間だが……既に祖父母のいないミレーユにとっては、祖母のような存在でもあった。そんな彼女に「エリーがアランと浮気していたの」なんてどうしてそんなことを報告出来ると言うのだろう。

実は心の優しい彼女を悲しみに沈めてしまうのは必然だ。

「なにも、ないわ。本当よ」
「……」

ミレーユが無理に笑うのを見て、タァナはそれ以上何か言うことをやめて悲しげに睫毛を伏せた。

馬蹄だけが馬車の中に響く。ミレーユは瞼をゆっくりと閉じた。
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