72 / 73
女神の祝福
必然
しおりを挟む
セレーネとエルゲンは、シンと静まり返った礼拝堂の椅子に腰掛け、手を繋ぎながら礼拝堂正面に佇む女神像を見上げていた。慈愛の笑みを浮かべた白いその像は、いつも穏やかな微笑みを浮かべるエルゲンを彷彿とさせるのに、冷然とした厳かさもあってか、どうにも緊張してしまう。
「……ねぇ、エルゲン」
小さく、震えるような声音でセレーネは呼びかける。エルゲンは握っていた手を一層強く握りなおして「どうしましたか」と静かに答えた。
「私、あなたと結婚することが出来て……よかったわ」
「……私もあなたと結婚することが出来て良かったと心底思っておりますよ。幼い頃、あなたに救われて、恋い焦がれて……こうして手を繋いでいられる。これ以上に幸福なことはありません」
「……うん」
セレーネが頷く様子を見つめて、エルゲンは「急にどうしてそのようなことを?」と問いかける。
「あなたが横にいてくれなかったらって……想像すると怖くなったのよ」
自分は祖父に可愛がられ、甘やかされて育ったから。そして自分もそれに甘んじてしまったから。
エルゲンと出会っていなかったらきっと、もっと独りよがりな人間になっていたかも知れない。自分の美しさに執着するような頑な人間になり果てるだけだったかもしれない。
あるいは、エルゲンともっと別の出会い方をしていたら……レーヌのように振る舞ったかもしれない。
想像したって仕方のないこと。だけど、ほんの少し過去がずれていたら?
今の未来はなかった。
考えても仕方のない「事実」
けれど、牢に入り涙を流すレーヌに、セレーネどうしても「別の未来の自分」を重ねて見てしまう。
「セレーネ」
穏やかなのに、どこか芯のある声音で呼ばれる。そのたびにセレーネは、人生という道を歩く時、隣で歩いてくれるのはエルゲンなのだと実感して安堵する。
「……そもそも、あなたがあの雪の日に、私を見つけなければ、きっと私はここにはいません。元々私には、あなたに恋い焦がれて生きる道か、あの雪の道で死ぬか……私の人生の分かれ道はそれのみだったのです」
「……」
いつもの数倍強い口調で断言したエルゲンはもう1つのほうのセレーネの手を取り、その華奢な身体を引き寄せる。
「愛しています、セレーネ。あなたが横にいない未来など私に訪れることはなかった」
切なく甘い響きを伴う声音によって紡ぎ出された言葉に、セレーネは嗚咽を漏らす。
注がれる温かな愛情がどうしょうもなく愛しくて、何か返したくて。でも、今は抱き寄せてくれるその身体を抱きしめ返すしか出来なくて。
2人は、女神像に見守られながら、しばらくの間抱き合っていた。
「……ねぇ、エルゲン」
小さく、震えるような声音でセレーネは呼びかける。エルゲンは握っていた手を一層強く握りなおして「どうしましたか」と静かに答えた。
「私、あなたと結婚することが出来て……よかったわ」
「……私もあなたと結婚することが出来て良かったと心底思っておりますよ。幼い頃、あなたに救われて、恋い焦がれて……こうして手を繋いでいられる。これ以上に幸福なことはありません」
「……うん」
セレーネが頷く様子を見つめて、エルゲンは「急にどうしてそのようなことを?」と問いかける。
「あなたが横にいてくれなかったらって……想像すると怖くなったのよ」
自分は祖父に可愛がられ、甘やかされて育ったから。そして自分もそれに甘んじてしまったから。
エルゲンと出会っていなかったらきっと、もっと独りよがりな人間になっていたかも知れない。自分の美しさに執着するような頑な人間になり果てるだけだったかもしれない。
あるいは、エルゲンともっと別の出会い方をしていたら……レーヌのように振る舞ったかもしれない。
想像したって仕方のないこと。だけど、ほんの少し過去がずれていたら?
今の未来はなかった。
考えても仕方のない「事実」
けれど、牢に入り涙を流すレーヌに、セレーネどうしても「別の未来の自分」を重ねて見てしまう。
「セレーネ」
穏やかなのに、どこか芯のある声音で呼ばれる。そのたびにセレーネは、人生という道を歩く時、隣で歩いてくれるのはエルゲンなのだと実感して安堵する。
「……そもそも、あなたがあの雪の日に、私を見つけなければ、きっと私はここにはいません。元々私には、あなたに恋い焦がれて生きる道か、あの雪の道で死ぬか……私の人生の分かれ道はそれのみだったのです」
「……」
いつもの数倍強い口調で断言したエルゲンはもう1つのほうのセレーネの手を取り、その華奢な身体を引き寄せる。
「愛しています、セレーネ。あなたが横にいない未来など私に訪れることはなかった」
切なく甘い響きを伴う声音によって紡ぎ出された言葉に、セレーネは嗚咽を漏らす。
注がれる温かな愛情がどうしょうもなく愛しくて、何か返したくて。でも、今は抱き寄せてくれるその身体を抱きしめ返すしか出来なくて。
2人は、女神像に見守られながら、しばらくの間抱き合っていた。
159
お気に入りに追加
4,906
あなたにおすすめの小説

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

あなたの姿をもう追う事はありません
彩華(あやはな)
恋愛
幼馴染で二つ年上のカイルと婚約していたわたしは、彼のために頑張っていた。
王立学園に先に入ってカイルは最初は手紙をくれていたのに、次第に少なくなっていった。二年になってからはまったくこなくなる。でも、信じていた。だから、わたしはわたしなりに頑張っていた。
なのに、彼は恋人を作っていた。わたしは婚約を解消したがらない悪役令嬢?どう言うこと?
わたしはカイルの姿を見て追っていく。
ずっと、ずっと・・・。
でも、もういいのかもしれない。

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ
曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。
婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。
美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。
そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……?
――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

奪われる人生とはお別れします ~婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました~
水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。
それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。
しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。
王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。
でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。
※他サイト様でも連載中です。
◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。
◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。
本当にありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる