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花籠の祭典
百合のハンカチ
しおりを挟むゆっくりと、意識が浮上していく。
その感覚はまるで温かな水の中に顔を浸して、起き上がるときのような、まどろむような心地のするものだった。
が、ハッと目を覚ましたセレーネの目の前に飛び込んできたのは、粗末な灰色の天井。安らかなまどろみは一瞬にして覚めた。
恐る恐る視線をずらすと、何の用途に使うのか分からない麻縄や、鋼鉄の先の尖った何か。馬の鞍のようなものも置いてある。鼻をつくような錆の匂いもして、セレーネは眉を顰めた。
「……!」
ふと、両手の腕に違和感を感じて視線を下ろすと、耳障りの悪い金属音が響く。
両手にはそれぞれ長い鎖のついた腕輪が嵌められていた。
長い鎖の先をみると、そこは壁。
チェーンは、頑丈そうな楔で壁に打ち付けられていた。これでは逃げられない。
幸いにも口には何もはめられていない。大声を出せば、誰か気づいてくれるか。
と、セレーネは一瞬考えたがそくざにその考えを否定する。
この部屋には窓がない。唯一ある扉は赤茶色の錆びついた、これまた頑丈そうな扉だ。助けを呼べないどころか、下手をすれば扉の向こう側にいるかもしれない危険人物達に口を塞がれてもっと危険な目にあわされてしまうかもしれない。
「……はあ」
セレーネは打ちのめされて体を丸めて自分の足を見つめた。
(……ラーナは無事なのかしら)
地下道の中で足を怪我してしまったラーナ。今、彼女の姿はここにはない。ここまで連れ去られはしなかったのか。それとも、別の場所にいるのか。皆目検討もつかない。
しかし、とセレーネは考えを巡らせる。
今、自分はこうして生きている。
ということは、生きてここまで連れてこなければならない理由があったということだ。
セレーネは、安堵のため息を吐いた。
(……でも、待って。ここまで生かしておいて、私を連れ去れと命令された人物の前でいたぶられる可能性だってあるじゃないの)
そのように思考が行き着いた途端、セレーネはぶるりと背筋を震わせた。
安堵なんてしている場合ではない。逃げ出す方法を考え出さなくては。あるいは助けが来てくれる可能性を考えるべきだ。
(……時間通りに行かなかったらエルゲンがきっと変に思って助けに来てくれるはず……)
セレーネは心の中で、どうか助けてと祈りながら、安堵を求めて足元に乱雑に置かれたローブのポケットを確認した。
そこに入れていたのは神官長の紋章である二輪の百合が刺繍されたハンカチだった。
幸い、そこにはきちんとハンカチが入れてあった。
セレーネはそれを取り出して、頬を擦り寄せる。甘いラベンダーの香り。ミレーユは心許ない気持ちをひた隠して、どうにかそのハンカチを自らのドレスのポケットにしまった。
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