大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう

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花籠の祭典

慎重

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遠くから敵が近づいてくるのに、逃げない。


第三者から見たらさぞ滑稽な場面に見えるだろう。けれど、案内役の青年が倒され、ラーナが傷つき動けない今、セレーネが取った選択こそ最も人道的なものであると言えた。


「……あなた達は、私が誰か知っていてこんなことをするの?」

セレーネは冷静さを半分失っていたが、それでもできるだけ静かな声音で問いかけた。そうすることによって、自分はまだ冷静だと自分自身に言い聞かせることが出来るのだと考えていた。

しかし、相手はそんなセレーネの考えを見透かしているかのように、深くかぶったフードからかろうじて見える口元に薄笑いを浮かべて余裕に構えている。そしておどけたふうにセレーネの質問に答えてみせた。

「ええ、知っておりますよ?あの一国を買えるほどの財産を持つ大富豪が可愛がっていた麗しき令嬢。そして今は大陸で唯一女神の祝福を受けるエルゲン神官長様がこの上なく溺愛する奥方。あなたはご自分が思う以上に価値のある存在ですね」

そう言って笑うのは、男だった。しかしその顔は見えない。

「……お可哀想に。あなたは生まれた時から何不自由なく育ち、今も尊い方の寵愛を一身に受けているというのに。過分な幸運を手に入れた者は、妬まれる機会も非常に多い。憐れに思いますが、俺たちにはどうすることも出来ません。なにせ俺たちは過度な幸運を妬む奴らからおこぼれをもらう存在ですからね」

自らの立場を達観している風にのたまう男は力を抜いて立っているように見えた。

油断を誘おうとしているのかもしれない。

セレーネはただ身構えるしか出来ない。

認めるしかなかった。今ここで自分にできることはなにもない。かろうじて出来ることといえば、とにかく目の前にいるこの薄気味悪い集団を逆上させないこと。それ以外には何もできることはないと。

例えば大声を出したとしても、相手を逆上させるだけかもしれない。

力づくで抵抗したとしても、セレーネにはちっぽけな力しか出ず、逆に相手に徹底的に痛めつけられてしまうかもしれない。

とにもかくにも、抗うには今の現状はあまりにセレーネにとっては分が悪かった。

薄暗い地下道の天井からはポタリと静かに水滴が落ちる。

「……」

セレーネは、どうすることも出来ないことを歯がゆく思いながら、相手の出方を見ていた。

しかし、出方を見ようと構えた時、ふっと目を大きな手で覆われて、鼻と口を布で覆われた。

嗅いだことのない、奇妙な香り。

それを嗅いだ瞬間。

セレーネの意識は白に溢れ、次の瞬間には真っ黒に染まった。
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