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想い

反省

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「……なるほど」

エルゲンはセレーネの話を聞いても、動じなかった。レーヌがエルゲンのことを好きだと思ったというくだりでは、若干目を見開いて「そう見えるのですか?」と問いかけてきたので、セレーネは「たぶん。その可能性が高いの」と答えた。

「何故、そう思うのか聞いても?」

レーヌがエルゲンを好いていると思う理由。そんなものはたくさんあるが、なにより彼女はセレーネと張り合うような言動を見せた。自分の方が早くエルゲンと出会ったのだと。言葉を被せるように言ってきたことも、エルゲンに伝えた。

(愚痴を零すようで嫌だけど、嘘を伝えるよりずっといいわ)

「……ふむ」
「でも、彼女は自分の気持ちに気づいていないみたいだったから『あなたはエルゲンのことが好きなのね』というような感じの言葉を掛けてしまったの。あなたとレーヌ様は無意識にでも相思相愛だと思っていたから。早く自身の気持ちに気づいて欲しくて」
「……なるほど」

エルゲンは困った風に笑いながら、考え込むように視線を伏せた。自分の不甲斐なさと向こうみずなところを、セレーネは深く反省する。どんなにエルゲンの幸せを願っていたとしても、行動が正しくなければ、ただただ迷惑を掛けてしまうだけなのだ。自分の行動、思考を全て正しいと過信してはいけない。その事実を突きつけられて、セレーネはやっぱり決まりが悪くて、しゅんと肩を落とす。

「セレーネ、そんなに落ち込まないで」

エルゲンは、それでもセレーネを身勝手だと罵らず、やんわりと春の日差しのようにほほ笑んだ。

「大丈夫です。今すぐ何とかすることは出来ませんが、レーヌが何か仰るようなら、私が対処します」
「……あなたに頼ることしか出来なくなっちゃって……ごめんなさい」

セレーネが出来ることは何もない。もしレーヌが本当にエルゲンのことを好いているのなら、エルゲンの妻である自分が、レーヌに言えることは何もないのだ。謝ることくらいはしたいけれど、謝るのだって失礼な話だ。自尊心が高いと自負しているセレーネも、レーヌの立場に立って、慕う相手の妻に無責任に謝られたらと想像するだけで胸がムカムカする。

「任せてください。何かあればすぐにあなたにもお知らせしますから」

そう言ってエルゲンはセレーネの髪をひと房掬い、丁寧に撫でた。


それから数ヵ月が経って、エルゲンはいつも通り教会に務めて、セレーネは屋敷の中で本を読んだり、たまに市井に行ってみたりと通常通りの日常を送っていた。エルゲンは以前にも増してセレーネに好意を伝えるようになったし、セレーネ自身も、何か少しでも不安なことがあれば逐一エルゲンに伝えるようにした。

夫婦仲は今まで以上に順風満帆。このまま、波もたつことなく平穏に日々が過ぎ去るかと思われたのだが、寒い季節が深まり始めた、その日。エルゲンはどこか思いつめたような顔をして屋敷へ帰って来た。
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