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愛を乞う
天使
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「……エルゲンは、本当は……、私のこと、好きじゃないと思ったの」
気づけば、セレーネはそんなことを口走っていた。腰の上で震える手に自らの手を重ねる。
「あなたは、自分で気づいていないかもしれないけど……、レーヌ様のことが好きなんだと思ったの」
セレーネはゆっくりとエルゲンと視線を合わせた。エルゲンの目は今までにないくらい見開かれている。金色の滲む深みのある色の瞳。またその頬を1つの雫が伝う。
「ありえません」
「エルゲン……?」
「天地がひっくり返ったとしても、そんなことはありえません」
断言するエルゲンに「一体どうして、断言することが出来るのか」問いかけようとしたところで、エルゲンはそっと目元を拭って、震える手でセレーネの頬を撫でた。ほんの少し心に余裕が出来たらしい。いつものように微笑んで見せて、それでもセレーネの身体を離そうとはせず、彼はぽつぽつと話し始めた。
「あなたに……結婚を申し込んだ時に、きちんとお伝えすればよかったですね」
そう言い置いてから、エルゲンは「とても昔の話です」と柔らかく語り始めた。
とても、昔。けれど私にとってその記憶は昨日の記憶よりも鮮やかで鮮明なものです。
それは冬の寒さが一際際立つ日でした。
冬の真白の中、私はボロ布をその身に纏い、路地を転々としては道端に落ちるゴミを拾い集める日々を送っていました。幼い頃の私は、そういった暮らしを送っていました。
そしてその日。私はついに力尽きて、寝転がっているその場所がどこだか分からないまま「もう死んでもいいから」とそのまま倒れ伏し、すでに心の中で自らの生を捨てていました。
すると遠くから馬蹄の音が聞こえてきました。地面が揺れているのも分かります。「ああ、神様が願いを聞き届けてくださって、私はこのまま馬車にひかれて死ぬことになるのだ」と漠然とそんなことを考えていた時、なぜか近づいてきた馬蹄の音は私を越えることなく、目の前で止まりました。
私は僅かに視線をあげて、馬車から降りてきた人の顔をその視界に入れました。
真白の雪の中、温かそうなふわふわした金髪に透明度の高い青の瞳。
天使が迎えにきてくれたのだと、私は思いました。その人は同時に降りてきた初老の男性から「セレーネ」と呼ばれていらしたので。目の前にいる天使は、「セレーネ」という名なのだと思いました。
その愛らしい天使は私を見て「そんなところで寝ていて寒くはないの?」と不思議そうに尋ねてきました。しかし私の唇はかじかんで、そして質問の意味を考える余裕さえありませんでした。ただ、私の中に再び灯った生への執着だけが私の唇を動かし「パンをください」と、そう言ったような言葉を紡いだような気がします。
気づけば、セレーネはそんなことを口走っていた。腰の上で震える手に自らの手を重ねる。
「あなたは、自分で気づいていないかもしれないけど……、レーヌ様のことが好きなんだと思ったの」
セレーネはゆっくりとエルゲンと視線を合わせた。エルゲンの目は今までにないくらい見開かれている。金色の滲む深みのある色の瞳。またその頬を1つの雫が伝う。
「ありえません」
「エルゲン……?」
「天地がひっくり返ったとしても、そんなことはありえません」
断言するエルゲンに「一体どうして、断言することが出来るのか」問いかけようとしたところで、エルゲンはそっと目元を拭って、震える手でセレーネの頬を撫でた。ほんの少し心に余裕が出来たらしい。いつものように微笑んで見せて、それでもセレーネの身体を離そうとはせず、彼はぽつぽつと話し始めた。
「あなたに……結婚を申し込んだ時に、きちんとお伝えすればよかったですね」
そう言い置いてから、エルゲンは「とても昔の話です」と柔らかく語り始めた。
とても、昔。けれど私にとってその記憶は昨日の記憶よりも鮮やかで鮮明なものです。
それは冬の寒さが一際際立つ日でした。
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そしてその日。私はついに力尽きて、寝転がっているその場所がどこだか分からないまま「もう死んでもいいから」とそのまま倒れ伏し、すでに心の中で自らの生を捨てていました。
すると遠くから馬蹄の音が聞こえてきました。地面が揺れているのも分かります。「ああ、神様が願いを聞き届けてくださって、私はこのまま馬車にひかれて死ぬことになるのだ」と漠然とそんなことを考えていた時、なぜか近づいてきた馬蹄の音は私を越えることなく、目の前で止まりました。
私は僅かに視線をあげて、馬車から降りてきた人の顔をその視界に入れました。
真白の雪の中、温かそうなふわふわした金髪に透明度の高い青の瞳。
天使が迎えにきてくれたのだと、私は思いました。その人は同時に降りてきた初老の男性から「セレーネ」と呼ばれていらしたので。目の前にいる天使は、「セレーネ」という名なのだと思いました。
その愛らしい天使は私を見て「そんなところで寝ていて寒くはないの?」と不思議そうに尋ねてきました。しかし私の唇はかじかんで、そして質問の意味を考える余裕さえありませんでした。ただ、私の中に再び灯った生への執着だけが私の唇を動かし「パンをください」と、そう言ったような言葉を紡いだような気がします。
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