大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう

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聖女

甘やかし

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セレーネが怪我をしてからというもの……というより、エルゲンが告げた通り、その日以降彼の帰りはいつもより少し早くなった。聖女選定式も終わり、後始末も終わり、聖女レーヌの教育も終わり、やっと気がぬけたというように、エルゲンは思う存分セレーネを甘やかす。


「はい、どうぞ。口を開けてください」
「エ、エルゲン……怪我をしたのは足だし……自分で食べられるわ」
「最近はあなたの口に食べ物を運ぶ時間が取れませんでしたから……私に癒しの時間を贈ると思って」
「……」

縋るような目で見つめられて、セレーネは小さく口を開けた。久しぶりなので、ほんの少し頬に朱をのぼらせていると、エルゲンが目を弓なりに細めて、次から次へとセレーネの開いた口に柔い粥を運んでゆく。親鳥が小鳥に餌をやるような光景に見守っていたメイドや執事はほんわりと心を温かくした。

「美味しいですか?」
「うん……」

顔を俯かせながら、やわやわと粥を食むセレーネを見守りながら、エルゲンはほんの僅かに瞳を曇らせる。

「……セレーネ」
「なあに」
「何か、悩み事でもあるのではないですか……。最近、何故だかあなたの笑顔が僅かに曇ってみえるのですが」

エルゲンの見透かすような視線に、セレーネは目を見開いて、粥を食むのを止め、ごきゅりとそれを呑み込んだ。エルゲンが気づかないわけがなかった。セレーネはエルゲンを騙せるほどの演技力を持ち合わせてなどいない。そもそも彼に堂々と嘘を吐くことも難しいセレーネは、きゅっと唇を引き結んで黙りこくった。

「無理に問いたいわけではありません。……無理に聞いて、余計にあなたを苦しめることになるのは本意ではないからです。ですが……」

エルゲンの大きくあたたかな手が、セレーネの頬を包み込み、桜色の唇にそっと口づける。まるでこの世の全てを背負う儚い花びらに口づけるかのような柔らかな感触のそれ。ほぐされた心の隙間から、糸が一本零れる。

「……大好きよ、エルゲン。いつか……あなたが、私の傍にいられない時がくるかもしれないわね」
「……何をいうのですか、セレーネ」
「時々、本当に不安に思う時があったの。……悩みは、それだけ」

儚く笑んでみせるセレーネの華奢な身体を、エルゲンはたまらず抱きしめた。

「私があなたの傍を離れることは万が一にもありませんよ。絶対に。……あなたが私を嫌いにならないかぎりは」
「……うん」
「不安がよぎった時は、すぐに言ってください。私は何千、何万の言葉を尽くし、行動で示し、あなたの不安を取り除くために努力致します」

エルゲンの柔い口づけが、額に落ちる。心地よい感触に、セレーネはゆっくりと瞼を閉じた。
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