大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう

文字の大きさ
上 下
32 / 73
聖女

帰路

しおりを挟む
「さ、今日はもう一緒に帰りましょうか」

レーヌの表情を食い入るように見つめていたセレーネは、エルゲンの言葉にハッとして、身体を離した。エルゲンが帰って来る時間は今よりもう少し遅い時間のはずなのでは。そう思い問うと、エルゲンは肩を竦めた。

「ええ、まあそうなのですが。怪我をしているあなたが心配ですし。それにもう、レーヌに教えられることは全て教えましたから。これからは、もう遅く帰る必要もないですよ」

にっこりと微笑むエルゲンに、セレーネは複雑な心持ちになる。エルゲンが早く帰ってきてくれることを嬉しいと思う反面、このままではずっとエルゲンはレーヌへの恋心を自覚しないままになってしまうのではないか。それでは駄目ではないのか。なんて考えてしまう。

「……セレーネ?どうしました、嬉しくありませんか?」

ほんの少し寂しそうに眉を顰めるエルゲンにセレーネは慌てて首を振る。嬉しくないわけがない。嬉しくないわけがないのだが……。

「……レーヌ様は大丈夫なのかしら」

いきなり名指しされて驚いたのか、レーヌはびくりと肩を震わせて、おずおずとした様子でセレーネへと視線を向ける。

「わ、私は……あの、大丈夫です」

レーヌはただたどしい言葉遣いで、遠慮がちに笑った。とはいうものの、何故かその瞳にはほんの僅か、切ない光が浮かんでいた。

「何か分からないことがあれば、すぐに教えてくださいね」

教え子に微笑む教師のようにエルゲンはやんわりと微笑んだ。そんな彼の顔を見て、レーヌはやはり複雑そうな顔をする。

「セレーネ」
「なあに?」
「子供達がまた来て欲しいと言っていましたが、怪我が治るまでは屋敷で大人しくしていなさい」
「……分かったわ」

セレーネがコクリと頷くのを見届けて、エルゲンは治療するための道具を丁寧に棚に収め、再びセレーネの華奢な身体を抱き上げる。

「レーヌ、セレーネが教会を尋ねる時には時々、様子を伺ってあげてください。この人は時々、突拍子もないことをやらかしてしまいますから」
「え……ええ、分かりました」
「それから、以前あなたが提案していた地方神殿の視察についてですが、あなたと視察へ赴く神官に、ヘーゼル神官を推薦しておきました。視察には2人で向かってください。彼女は女性ですし、私と行くよりよほど気楽でしょう」
「え、でも……」
「何か問題が?」
「い、いえ……その、分かりました」

レーヌはほんの少し当てが外れたと残念そうな顔をして、セレーネへちらりと視線を向けた。その瞳の奥に、羨望のようなものが見て取れる。

セレーネは確信した。

レーヌはやっぱりエルゲンのことが好きなのだ。と、するとやっぱり、エルゲンが自分の気持ちに気づけば万事上手くいくのではあるまいか。そんなことを考え始めるセレーネの思考を遮るように、エルゲンは「帰りますよ」と一声かけて、レーヌによって開かれた扉から治療室を出た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います

りまり
恋愛
 私の名前はアリスと言います。  伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。  母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。  その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。  でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。  毎日見る夢に出てくる方だったのです。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。 婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。 美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。 そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……? ――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

処理中です...