大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう

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聖女

困惑

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「そうですよ、妖精の姫君……さ、治療室に行きましょうね」

エルゲンが足先の方向を変えると、子供達は一斉にエルゲンの足元に集い、抱き上げられているセレーネと目を合わせるためにつま先立ちをする。

「お姉ちゃん、大丈夫?怪我してたの?」
「や、やっぱり僕がしがみついちゃったから……ごめんなさい」
「僕達が何度も追いかけっこしようって言っちゃったから……」

しょんぼりと肩を落とす子供達に、セレーネは微笑みかけた。

「大丈夫ですわ。ほんの少し……すりむいただけですもの」

セレーネの言葉に子供達はホッと息を吐いて、エルゲンの真白の袖から各々手を離した。エルゲンはやんわりと微笑んで、今度こそ治療室へと向かう。一歩出遅れて、背後からレーヌの付き添っている気配がした。何故、着いてくるのだろうか。と思いながらもセレーネは何も言わずにエルゲンの腕の中で大人しくしている。

(き、気まずいわ……)

エルゲンの長い袖をぎゅうと握り込むと、大勢の視線から逃れたからか、エルゲンが耳元に唇を寄せて「どこか痛みますか?」と心配げに問いかけてくるので、セレーネは忙しなく首を振った。

神殿の内部は殊の外広い。治療室は、神殿の奥にあった。日当たりの良い部屋の片隅に白い寝台が1つ。茶色や青色といった色の瓶が玻璃の張られた棚の中にびっしりと納まっている。アルコールの匂いに、ふわふわとした真綿。古びた机に、何が書かれているのかよく分からない黄ばんだ紙、必要最低限の羽ペンとインク。普通の治療室だろうに、教会の中というだけで静謐さを帯びているように感じるのは……気のせいだろうか。

「……足を怪我したのでしょう。裾をめくりますよ」

セレーネを白い寝台の上に寝かせ、エルゲンは遠慮がちに裾をめくり、すでに乾いている傷口を見て、治療するための準備に取り掛かった。何故か、レーヌもその場を離れようとはせず、エルゲンの傍に立って、彼の準備を手伝っている。

「消毒しますが……沁みますから、私の腕を掴んでいても構いませんよ」

言われた通り、セレーネはエルゲンの真っ白な服の裾を握り込んで、消毒の刺激に耐えた。

「はい、よく頑張りました」

足の治療を終えて、エルゲンはそっとセレーネの額に口づける。傍に立つレーヌが息を呑む気配を感じた。しかしエルゲンはそれに構わず、セレーネの小さな身体を抱きしめて「今日は楽しかったですか?」と問いかけた。セレーネはエルゲンが人前でこんなことをするとは考えていなかったため、「楽しかったわ」としどろもどろに答える。

「今日は、途中で様子を見ることすら叶わず、残念でした……今度は浜辺にでも行って、私と追いかけっこでもしましょうか?」
「……海、連れて行ってくれるの?」
「ええ」

頷いてくれたエルゲンに、セレーネは嬉しくなってレーヌの存在も忘れて満面の笑みを浮かべた。しかし、ふいにレーヌの表情が視界に映る。

彼女の浮かべる表情は、何故か困惑に満ちていた。
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