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聖女
怪我
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「今日はずいぶん、楽しそうな声が聞こえていたと伺いましたよ」
子供達に穏やかな声音で話しかけるエルゲンは、駆け寄って来る子供達の頭を1人1人丁寧に撫でながら、ゆっくりとセレーネへ視線を向けた。
「お姉ちゃんが、いっぱい遊んでくれたんだよ!」
「追いかけっこも、かくれんぼもしたの!」
「絵本だって読んでくれたんだよ~!」
わちゃわちゃと声をあげる子供達は、一斉にセレーネの方を振り向き、何人かはセレーネの元へ戻ってきて「また、遊びに来てくれるって!」と満面の笑みを浮かべながら、セレーネの袖の裾を掴んだ。
「いけませんよ。その方はとても忙しくていらっしゃるのですから……」
レーヌは子供達を咎めるような口調で言ったが、子供達は頑として聞き入れない。ふいに、エルゲンがセレーネの元へと歩み寄った。
周囲には気を遣わせるからと、2人の関係を明かしてはいないが、エルゲンが近寄り取った距離は赤の他人と呼ぶにはあまりにも近すぎる距離だった。
「え、エルゲ──……きゃ!」
思わず、名前を呼び掛けてしまってセレーネだったが、唐突に身体が浮いて、視界が高くなった。子供達がこちらを見上げている。レーヌも驚いたように目を見開いていた。
「怪我をしていらっしゃいますね」
静かな声で問いかけてくるエルゲンに、セレーネは目を見開いた。一体、どうして気付いたのか。咄嗟に膝をみて見ても、そこは服の布に覆われ見えない。一体どうして彼は気づいたのか。視線を巡らせると、はたと袖の裾の部分に僅かに血がついているのに気がついた。足から流れる血が気づかぬ間に手について、服の裾につけてしまったのかもしれない。自分自身ですら気づかなかったのに、エルゲンはすぐに気づいた。
「……ほんの少し転んでしまったの」
落ち込んだ風に言うセレーネに、エルゲンは軽く首を振った。
「怪我をしたら、すぐに周囲にいいなさい」
「ごめんなさい。……迷惑を掛けに来たんじゃないのに」
「……迷惑なものですか。子供達がこんなに楽しそうにしている姿を久しぶりに見ましたよ……。ありがとう、セレーネ」
やんわりと間近に見るエルゲンの笑顔は慈愛に満ちて、恐ろしく美しい。
「さあ、治療に行きましょうね」
「じ、自分で歩けるわ。降ろして頂戴」
「いけません。今日はもう十分に駆け回っていたのでしょう?神官達がそう言っていましたよ。……私もあなたが元気いっぱいに走っている姿を見てみたかったというのに」
ぽつりと呟かれた言葉に、セレーネはポカンと口を開いた。
「わ、私の走っている姿なんて面白くも何ともないわ」
「そんなことはありません。まるで妖精が羽を広げて飛んでいるようだと皆、噂しておりました」
「……よ、妖精」
子供達にそんなことを言われたことを思い出し、ほんの少し照れ臭くなってミレーユはそっと長い睫毛を伏せた。
子供達に穏やかな声音で話しかけるエルゲンは、駆け寄って来る子供達の頭を1人1人丁寧に撫でながら、ゆっくりとセレーネへ視線を向けた。
「お姉ちゃんが、いっぱい遊んでくれたんだよ!」
「追いかけっこも、かくれんぼもしたの!」
「絵本だって読んでくれたんだよ~!」
わちゃわちゃと声をあげる子供達は、一斉にセレーネの方を振り向き、何人かはセレーネの元へ戻ってきて「また、遊びに来てくれるって!」と満面の笑みを浮かべながら、セレーネの袖の裾を掴んだ。
「いけませんよ。その方はとても忙しくていらっしゃるのですから……」
レーヌは子供達を咎めるような口調で言ったが、子供達は頑として聞き入れない。ふいに、エルゲンがセレーネの元へと歩み寄った。
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「え、エルゲ──……きゃ!」
思わず、名前を呼び掛けてしまってセレーネだったが、唐突に身体が浮いて、視界が高くなった。子供達がこちらを見上げている。レーヌも驚いたように目を見開いていた。
「怪我をしていらっしゃいますね」
静かな声で問いかけてくるエルゲンに、セレーネは目を見開いた。一体、どうして気付いたのか。咄嗟に膝をみて見ても、そこは服の布に覆われ見えない。一体どうして彼は気づいたのか。視線を巡らせると、はたと袖の裾の部分に僅かに血がついているのに気がついた。足から流れる血が気づかぬ間に手について、服の裾につけてしまったのかもしれない。自分自身ですら気づかなかったのに、エルゲンはすぐに気づいた。
「……ほんの少し転んでしまったの」
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「怪我をしたら、すぐに周囲にいいなさい」
「ごめんなさい。……迷惑を掛けに来たんじゃないのに」
「……迷惑なものですか。子供達がこんなに楽しそうにしている姿を久しぶりに見ましたよ……。ありがとう、セレーネ」
やんわりと間近に見るエルゲンの笑顔は慈愛に満ちて、恐ろしく美しい。
「さあ、治療に行きましょうね」
「じ、自分で歩けるわ。降ろして頂戴」
「いけません。今日はもう十分に駆け回っていたのでしょう?神官達がそう言っていましたよ。……私もあなたが元気いっぱいに走っている姿を見てみたかったというのに」
ぽつりと呟かれた言葉に、セレーネはポカンと口を開いた。
「わ、私の走っている姿なんて面白くも何ともないわ」
「そんなことはありません。まるで妖精が羽を広げて飛んでいるようだと皆、噂しておりました」
「……よ、妖精」
子供達にそんなことを言われたことを思い出し、ほんの少し照れ臭くなってミレーユはそっと長い睫毛を伏せた。
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