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奮闘
心配 2
しおりを挟む「セレーネ!!」
疲れて寝台の上で横たわっているところに、慌ただしく廊下を走るような足音が聞こえたかたと思うと、乱暴に扉が開かれた。驚いて飛び起き、入って来た人物を見ると、驚くべきことにその人物はいつも朗らかな笑みを浮かべていて、何事にも動じないはずのエルゲンだった。
「エルゲン?」
小さな声で呼びかけると、エルゲンは安堵の息をつくも、険しい表情を崩さずに寝台の傍まで寄り、セレーネの額に自らの額を押し付けた。エルゲンの澄みすぎて底の見えない深い色の瞳と目があってしまい、セレーネの心臓は底に響くような音をたてる。
「全く、あなたという人は……いくら市井を歩いてみたかったからと……無理無謀を」
溜息と共に紡がれる言葉に、セレーネはただ小さく「ごめんなさい」と視線を伏せることしか出来なかった。するとエルゲンは険しい表情を収め、困ったような顔をする。
「困りました。そんなにも素直に謝られては……」
「……ごめんなさい」
「もう謝らないでください、セレーネ。あなたの願いに気づくことも出来ず忙しくしていた私が悪いのですから」
エルゲンは、もう険しさの一つも残さずに笑みを浮かべた。いつもの穏やかで春の陽だまりのような温かな微笑みだ。この笑顔を見るとほっとする。
「エルゲンは、悪くないわ」
「……今日のあなたは一体どうしたのでしょう?」
「ひどいわ、私だって反省することはあるもの……」
セレーネが顔を俯けて静かに告げる。エルゲンは背中を丸めて小さくなるセレーネの身体を抱きしめ、寝台にのりあげて、華奢な身体を抱き上げ自らの膝の上に乗せた。
「暗く狭い路地にいたと聞きました。怖かったでしょう?」
そう問いかけながら、エルゲンはセレーネの肩に顎を置き、その首筋に頬を寄せた。エルゲンの暖かな体温が気持ちよく、くすぐるような吐息が愛おしい。愛おしくて、途方もなく切ない。
「……そんなに怖くなかったもの」
「泣いていたと聞きましたが?」
「……怖くなかったの、本当だもの」
「そういうことにしておきましょうね」
エルゲンは子供をあやす様な仕草でセレーネの背中を撫でた。
「エルゲン……」
「どうしました?」
エルゲンは密着させていた身体をほんの少し話して、セレーネの寄る辺のない迷子のようなその表情を覗き込んだ。
「……セレーネ?」
「ううん、なんでもないの」
愛しさが溢れて「好きよ」と口から零れそうになってしまった。だけどもう、そんなことは言えない。心の中で言うしかない。これからはそうしないと、エルゲンが苦しまなくていいように。ちゃんとしないと。セレーネは言い聞かせて、「好きよ」と零しそうになってしまった唇をぎゅっと閉じて、エルゲンの頬を撫でた。
「本当に、なんでもないの。ちょっと疲れたから、もう眠るわ」
「……セレーネ?」
「……エルゲン、おやすみなさい」
「……え、ええ。ゆっくり休んでください、セレーネ」
静かに告げられた言葉に頷いて、セレーネは目を閉じた。しばらくの間、エルゲンは寝台の近くに留まって見守ってくれているようだったが、しばらくすると、静かに部屋を出て行った。
彼の体温がまだ身体の薄い皮を破って、内側まで沁み込んでしまったみたいだ。身体全身がぽかぽかしている。愛しい体温。それを逃がさないように、セレーネはより深く布団を被った。
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