大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう

文字の大きさ
上 下
21 / 73
奮闘

心配 2

しおりを挟む


「セレーネ!!」

疲れて寝台の上で横たわっているところに、慌ただしく廊下を走るような足音が聞こえたかたと思うと、乱暴に扉が開かれた。驚いて飛び起き、入って来た人物を見ると、驚くべきことにその人物はいつも朗らかな笑みを浮かべていて、何事にも動じないはずのエルゲンだった。

「エルゲン?」

小さな声で呼びかけると、エルゲンは安堵の息をつくも、険しい表情を崩さずに寝台の傍まで寄り、セレーネの額に自らの額を押し付けた。エルゲンの澄みすぎて底の見えない深い色の瞳と目があってしまい、セレーネの心臓は底に響くような音をたてる。

「全く、あなたという人は……いくら市井を歩いてみたかったからと……無理無謀を」

溜息と共に紡がれる言葉に、セレーネはただ小さく「ごめんなさい」と視線を伏せることしか出来なかった。するとエルゲンは険しい表情を収め、困ったような顔をする。

「困りました。そんなにも素直に謝られては……」
「……ごめんなさい」
「もう謝らないでください、セレーネ。あなたの願いに気づくことも出来ず忙しくしていた私が悪いのですから」

エルゲンは、もう険しさの一つも残さずに笑みを浮かべた。いつもの穏やかで春の陽だまりのような温かな微笑みだ。この笑顔を見るとほっとする。

「エルゲンは、悪くないわ」
「……今日のあなたは一体どうしたのでしょう?」
「ひどいわ、私だって反省することはあるもの……」

セレーネが顔を俯けて静かに告げる。エルゲンは背中を丸めて小さくなるセレーネの身体を抱きしめ、寝台にのりあげて、華奢な身体を抱き上げ自らの膝の上に乗せた。

「暗く狭い路地にいたと聞きました。怖かったでしょう?」

そう問いかけながら、エルゲンはセレーネの肩に顎を置き、その首筋に頬を寄せた。エルゲンの暖かな体温が気持ちよく、くすぐるような吐息が愛おしい。愛おしくて、途方もなく切ない。

「……そんなに怖くなかったもの」
「泣いていたと聞きましたが?」
「……怖くなかったの、本当だもの」
「そういうことにしておきましょうね」

エルゲンは子供をあやす様な仕草でセレーネの背中を撫でた。

「エルゲン……」
「どうしました?」

エルゲンは密着させていた身体をほんの少し話して、セレーネの寄る辺のない迷子のようなその表情を覗き込んだ。

「……セレーネ?」
「ううん、なんでもないの」

愛しさが溢れて「好きよ」と口から零れそうになってしまった。だけどもう、そんなことは言えない。心の中で言うしかない。これからはそうしないと、エルゲンが苦しまなくていいように。ちゃんとしないと。セレーネは言い聞かせて、「好きよ」と零しそうになってしまった唇をぎゅっと閉じて、エルゲンの頬を撫でた。

「本当に、なんでもないの。ちょっと疲れたから、もう眠るわ」
「……セレーネ?」
「……エルゲン、おやすみなさい」
「……え、ええ。ゆっくり休んでください、セレーネ」

静かに告げられた言葉に頷いて、セレーネは目を閉じた。しばらくの間、エルゲンは寝台の近くに留まって見守ってくれているようだったが、しばらくすると、静かに部屋を出て行った。

彼の体温がまだ身体の薄い皮を破って、内側まで沁み込んでしまったみたいだ。身体全身がぽかぽかしている。愛しい体温。それを逃がさないように、セレーネはより深く布団を被った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います

りまり
恋愛
 私の名前はアリスと言います。  伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。  母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。  その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。  でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。  毎日見る夢に出てくる方だったのです。

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

もういいです、離婚しましょう。

うみか
恋愛
そうですか、あなたはその人を愛しているのですね。 もういいです、離婚しましょう。

あなたの姿をもう追う事はありません

彩華(あやはな)
恋愛
幼馴染で二つ年上のカイルと婚約していたわたしは、彼のために頑張っていた。 王立学園に先に入ってカイルは最初は手紙をくれていたのに、次第に少なくなっていった。二年になってからはまったくこなくなる。でも、信じていた。だから、わたしはわたしなりに頑張っていた。  なのに、彼は恋人を作っていた。わたしは婚約を解消したがらない悪役令嬢?どう言うこと?  わたしはカイルの姿を見て追っていく。  ずっと、ずっと・・・。  でも、もういいのかもしれない。

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。 婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。 美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。 そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……? ――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

奪われる人生とはお別れします ~婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました~

水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。 それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。 しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。 王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。 でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。 ※他サイト様でも連載中です。 ◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。 ◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。 本当にありがとうございます!

処理中です...