大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう

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奮闘

心配

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「奥様!ああ、よかった。こんなところにおられたのですね」
「……?」

顔をあげると、何故か目の前にラーナがいた。蹲り小さくなるセレーネを、ラーナは包み込むように抱きしめる。

「ああ、良かった。心配したのですよ」
「……」

優しい声音は、知らないはずのセレーネの心を慰めてくれているようで、ただでさえ止まらないで困っていた涙をより一層、零れさせる。

「……っ……う、…‥‥うぅ」
「奥様?」

泣き続けるセレーネを不思議に思ったのだろう。ラーナは首を傾げながらも、より強く震えるセレーネの身体を抱きしめた。

「ごめんなさい……っ……ごめんなさい」
「奥様、なぜそんなにお謝りになるのです。誰も、怒ってなどおりませんよ」

(違うのよ……ラーナ……本当に、謝らないといけないの)

泣き続けるセレーネをラーナは叱らず、無理矢理腕を引っ張って立ち上がらせようともせず、ずっと抱きしめてくれていた。市井の狭く暗い道に、セレーネの小さな泣き声が響く。大好きな主人に捨てられてしまった子猫のような声で泣き続けるセレーネに、ラーナは堪らない気持ちになって、地面に膝をつくと、彼女の頭をそっと撫でた。

しばらくそうしていると、セレーネは徐々にラーナに何故自分がここにいるのか、泣いているのか、きちんと説明しなければならないと思い始めた。

優しいラーナは、もしかしたら聞くつもりがないのかもしれないけれど、そのかわり深刻そうにエルゲンに今日のことを説明してしまうだろう。それではいけない。エルゲンに問われると、セレーネは嘘を吐くのが下手になってしまう。それなら今ここでラーナに説明して、彼女からエルゲンに伝えてもらった方がまだいい。

こんなにも優しいラーナに嘘を吐くことは憚られるが、仕方がない。セレーネは必死に嗚咽を噛んで、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「……ほんの少し、1人で歩いてみたくなったの。……っ……それで、道に迷って……ごめんなさい」
「左様でございましたか。……そうですね。奥様はお一人でお外を歩かれたことがないのでした。お可哀相に、奥様がそんなにも市井に興味をお持ちとは……気づくことが出来ずに申し訳ありませんでした」

憐れむような声音に、心が軋む。1人で市井を歩きたかったのは、本当のこと。でも、泣いている理由は道に迷ったからじゃない。でも「エルゲンは聖女様のことが好きなのよ」と言ったって、彼女は混乱するだけだろう。ラーナの謝罪に、セレーネは首を振るだけだった。

「……もう大丈夫。馬車に戻るわ」
「今度、エルゲン様にお頼みしてみましょう。さすがにお一人で出歩かれると危のうございますから、隠れて護衛などつけさせて……どうでしょう?」

立ち上がり、自分よりほんの少し背の高いラーナの優しげな顔を見上げる。

「そうね……。頼んでみましょう」

そんな彼女の微笑みに答えながら、セレーネはぎゅっと拳を握った。
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