大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう

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旦那様の想い人

老紳士

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飛び出したところで、セレーネは辺りを慎重に見渡す。さすが王都ということもあって、背の高い建物が多い。いつも馬車で通る道とは少しずれているから、ここが何の通りであるのかは分からなかったが、道行く人に「大神殿はどこかしら」と尋ねると、「この通りを向こうへまっすぐ行って、三番目の曲がり角を左に、その後2番目の角を右に行くと、大神殿だよ」と教えてくれる。教えてくれた者に礼を言ったの後、セレーネは「3番目を左、2番目を右」と呪文のように唱えながら、大神殿へと急ぐ。

(少し中を覗いたら、帰るのよ)

自分にそう言い聞かせながら、セレーネは大通りを真っ直ぐ行き、3番目の角を左に曲がり、2番目の角を右に回る。広めの路地を抜けた先、そこは大きな広場のようになっていて、見慣れた噴水がそこにあった。噴水の向こうには青と白のコントラストが美しい大神殿が厳かに建っている。

入るのは簡単だ。

祈りたいと願う人間のために神殿の大扉は夜を除いて開きっぱなしなのだとエルゲンから聞いたことがある。

セレーネは髪を隠していた大きな布を被り直して、礼拝のために入っていく人々に混じり、こっそりと大扉を潜った。聖女選定式の時とは違い、豪奢で装飾品のない礼拝堂に、煌びやかな貴族の姿はない。そこには市井の人間が多くいて、誰も彼もが真剣な表情で祈っていた。

何を祈っているのだろう、と気になりながらもセレーネはキョロキョロと辺りを見渡す。しかしエルゲンの姿も、ましてレーヌの姿も見えない。もう少し待っていようかと思い、セレーネは近くの席に腰をおろした。

「おや、お嬢さんも祈りに来たのかね?」

ハッとして、横を見るとそこにはたっぷりとした髭を蓄えた優しげな老紳士が座っていた。突然話しかけられて驚いたまま固まっていると、老紳士は「おお、突然話しかけてすまない」とこちらも驚き、申し訳なさそうに肩をすくめる。

「い、いいえ。いいですの。……私は、祈りに来たわけではありませんわ」
「おやおや、とすると神官長様を見に来たのかね」

老紳士のからかうような口調で紡がれた言葉に、セレーネは身を固めた。

「ど、どうしてお分かりになったの?」
「なあに、エルゲン様が神官長になられてから、この辺りに住む若い娘さんは皆、麗しいあのお姿を見にやってきなさるのでな」

(ああ、なるほど……)

セレーネは納得して頷いた。そんなセレーネの容貌をまじまじと見て、老紳士は「お嬢さんは、美人じゃのお」としみじみと言った。人の良さそうな老紳士だ。セレーネはあまり市井の人と話す機会がなかったので、ほんの少し興味が湧いて、老紳士に問いかける。

「おじいさんは、何を祈りにいらしたの?」
「儂も祈りに来たわけではないんじゃよ。ここに預けている子供達を見に来たんじゃ。今は様子を見終わって休んでいるところじゃよ」

そういえば、大神殿や他の神殿にはたくさんの子供達がいるとエルゲンに聞いたことがある。皆、親を亡くした子か、あるいは捨てられてしまった子か。そういった子供達を引き受け、育てることもまた神官の役割なのだと、慈しみに溢れた声でエルゲンが教えてくれた。

「そうじゃ、お嬢さんも少し子供達を見ていくかい?可愛いぞ」

エルゲンもよく預かっている子供達のことを可愛いと言っている。実のところかなり気になりはするのだが、今日はあくまでエルゲンの様子を伺いにきただけなので、セレーネは慎重にお断りした。

「そうか、残念じゃのお」
「また今度、必ず来ますわ。その時に案内してくださいまし」
「うんうん、そうしておくれな」
「……あの、ところでおじい様。……神官長様のお顔が見えませんけれど、どこにいらっしゃるのでしょう?」
「さてな。何か買い出しに市井に出ているのかもしれぬ」

そう言われてしまい、セレーネは肩を落とした。完全に行き違ってしまったらしい。

(……今日のところは本当に出直した方が良さそうね)

セレーネは立ち上がり、老紳士に丁寧に礼をして大神殿を後にした。
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