6 / 73
結婚生活
年の離れた友人
しおりを挟む
セレーネが向かった先は、王都郊外にひっそりと佇む煉瓦造りのお洒落な洋館。洋館と言っても、それほど大きな建物ではなく、二階建ての一軒家よりは大きい程度である。
馬車を門前につけると、さっそく屋敷の扉が開いて、淡い色合いドレスを身に纏った上品な老婦人が現れた。彼女は調香師としてとても有名な女性で、名をアマンダと言う。セレーネとは王都の仕立て屋で出会った。
あまり誰かと意気投合することのないセレーネにとって、初めて趣味の合った友人でもある。
「セレーネ、いらっしゃい。どうぞ、中へ」
穏やかな声に即されて、セレーネはゆっくりと馬車を降りた。御者には何時に迎えにきて欲しいと伝えて、帰らせる。
「久しぶりね、アマンダ。お元気だった?」
「ええ、ええ、元気でしたよ」
「最近はまた部屋に籠りっぱなし?駄目よ、たまには外に出ないと」
「そう仰いますけど、あなたはどうなのかしら?セレーネ」
そう返されてしまえば、何も言い返すことは出来ない。なにせセレーネも人に指摘なんて出来ないくらい屋敷に籠りっぱなしの人間なのだから。
友人がいないことも外に出ない理由の1つではあるけれど、それ以外にも理由はあって、最たる理由は、そもそも買い物に行く必要がないからである。
服が欲しいと言えば仕立て屋やデザイナーが屋敷を訪れるし、宝石が欲しいと言えば宝石商が自ら足を運んでやってくる。
セレーネの所有する財産は、王族が喉から手が出るほど欲しがるほどのもので、そんな彼女の所有する財産の恩恵にあずかろうと、行商人自らが彼女の元へ駆けつけて、顧客になってもらおうとする。エルゲンの私邸に移ってからは、そういう機会は減ったが、昔からの個人的な繋がりで、セレーネが良く欲しいと思う物を売る仕立て屋やデザイナー、宝石商には時折エルゲンの屋敷を尋ねてもらっている。
というわけで、必要なものが勝手に寄って来るような生活をしているので、セレーネはアマンダの言葉に何も言い返すことが出来なかった。渋い表情を浮かべるセレーネに対してアマンダは微笑んで「お茶を用意するから、いつものところで座っていて頂戴」と言葉を掛ける。
それに頷いて、いつものところ──アマンダ自慢の中庭の東屋へ向かった。
アマンダは調香師ということもあってか、庭に香りの元となりそうな花や草を植えている。彩り鮮やかな庭は趣味良く整えられており、セレーネはここに来るといつも自分自身の心すら整うような気がして、この景色を見られる東屋をとても気に入っていた。
「……今日はカモミールティーですよ」
「ありがとう。アマンダ」
「いいえ、それからクッキーもありますからね。どうぞ好きなだけお食べになってくださいまし」
差し出されたのは、淡い金色のカモミールティーが入った玻璃のグラスに、花柄文様の大皿に入った香ばしいバターの匂いを放つクッキーだった。
「アマンダは私を太らせようとしてるのね」
「あらあら、何を仰いますことやら。あなたはもう少し太った方がよろしいわ」
優しく笑うアマンダにつられて、セレーネもクスクスと笑いを零した。
馬車を門前につけると、さっそく屋敷の扉が開いて、淡い色合いドレスを身に纏った上品な老婦人が現れた。彼女は調香師としてとても有名な女性で、名をアマンダと言う。セレーネとは王都の仕立て屋で出会った。
あまり誰かと意気投合することのないセレーネにとって、初めて趣味の合った友人でもある。
「セレーネ、いらっしゃい。どうぞ、中へ」
穏やかな声に即されて、セレーネはゆっくりと馬車を降りた。御者には何時に迎えにきて欲しいと伝えて、帰らせる。
「久しぶりね、アマンダ。お元気だった?」
「ええ、ええ、元気でしたよ」
「最近はまた部屋に籠りっぱなし?駄目よ、たまには外に出ないと」
「そう仰いますけど、あなたはどうなのかしら?セレーネ」
そう返されてしまえば、何も言い返すことは出来ない。なにせセレーネも人に指摘なんて出来ないくらい屋敷に籠りっぱなしの人間なのだから。
友人がいないことも外に出ない理由の1つではあるけれど、それ以外にも理由はあって、最たる理由は、そもそも買い物に行く必要がないからである。
服が欲しいと言えば仕立て屋やデザイナーが屋敷を訪れるし、宝石が欲しいと言えば宝石商が自ら足を運んでやってくる。
セレーネの所有する財産は、王族が喉から手が出るほど欲しがるほどのもので、そんな彼女の所有する財産の恩恵にあずかろうと、行商人自らが彼女の元へ駆けつけて、顧客になってもらおうとする。エルゲンの私邸に移ってからは、そういう機会は減ったが、昔からの個人的な繋がりで、セレーネが良く欲しいと思う物を売る仕立て屋やデザイナー、宝石商には時折エルゲンの屋敷を尋ねてもらっている。
というわけで、必要なものが勝手に寄って来るような生活をしているので、セレーネはアマンダの言葉に何も言い返すことが出来なかった。渋い表情を浮かべるセレーネに対してアマンダは微笑んで「お茶を用意するから、いつものところで座っていて頂戴」と言葉を掛ける。
それに頷いて、いつものところ──アマンダ自慢の中庭の東屋へ向かった。
アマンダは調香師ということもあってか、庭に香りの元となりそうな花や草を植えている。彩り鮮やかな庭は趣味良く整えられており、セレーネはここに来るといつも自分自身の心すら整うような気がして、この景色を見られる東屋をとても気に入っていた。
「……今日はカモミールティーですよ」
「ありがとう。アマンダ」
「いいえ、それからクッキーもありますからね。どうぞ好きなだけお食べになってくださいまし」
差し出されたのは、淡い金色のカモミールティーが入った玻璃のグラスに、花柄文様の大皿に入った香ばしいバターの匂いを放つクッキーだった。
「アマンダは私を太らせようとしてるのね」
「あらあら、何を仰いますことやら。あなたはもう少し太った方がよろしいわ」
優しく笑うアマンダにつられて、セレーネもクスクスと笑いを零した。
62
お気に入りに追加
4,906
あなたにおすすめの小説

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

あなたの姿をもう追う事はありません
彩華(あやはな)
恋愛
幼馴染で二つ年上のカイルと婚約していたわたしは、彼のために頑張っていた。
王立学園に先に入ってカイルは最初は手紙をくれていたのに、次第に少なくなっていった。二年になってからはまったくこなくなる。でも、信じていた。だから、わたしはわたしなりに頑張っていた。
なのに、彼は恋人を作っていた。わたしは婚約を解消したがらない悪役令嬢?どう言うこと?
わたしはカイルの姿を見て追っていく。
ずっと、ずっと・・・。
でも、もういいのかもしれない。

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ
曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。
婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。
美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。
そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……?
――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

奪われる人生とはお別れします ~婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました~
水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。
それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。
しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。
王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。
でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。
※他サイト様でも連載中です。
◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。
◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。
本当にありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる