大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう

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神官長

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前へ進み出てきた人間に、広間全体がどよめいた。その人物に、セレーネは見覚えがあった。

女神の祝福を受けし、神官長─エルゲン。

きっちりと着こんだ礼服はおそろしく白く、何か零そうものなら心臓が止まってしまうのではないか。そんな緊張感を覚えるほどに、彼の全身は顔と髪以外のすべてが白かった。

顔は白皙の美貌と称賛することすらおこがましいほどの美貌。唇は薄く品がありほんのりと赤みを帯びている。なにより魅力的なのはその笑み。見れば女神に微笑まれたのではないかと錯覚してしまうほどの神々しさを称える微笑みだ。歩くたびに揺れる髪は長く艶やかながら、光の当たる角度によって金にも白にも見える不思議な色合いをしている。

この国で彼を嫌う者は誰1人としていない。「彼を嫌う者は悪魔だ」そう言わしめるほど、この国の誰も彼もが彼を慕う。

彼を慕うのは人間だけではない。彼はこの国を守護するとされる「女神」の祝福さえ受けている。祝福を受けた者の力は絶大だ。

祝福とはつまり「聖なる力」のこと。「聖なる力」を用いれば、目の前に万の数に至る瀕死の兵がいても、回復させることが出来るという。

故に、王族でさえ彼の言葉を無下には出来なかった。そして王以外、決して彼を呼捨てにすることは許されない。彼は王に近いわけでも、まして俗世の人に近いわけでもない。この国で最も「女神」に近しい人間なのである。

「……何用ですか、エルゲン様」

驚愕の様子を見せるロイに、エルゲンはより一層笑みを深めた。

「長い間、あなたの婚約者であられたセレーネ様におかれましては、将来の王妃候補というお立場もあって気苦労もあられたことでしょう。もう少し寛大な措置をなされては?」

彼がそう発言すると、広間が大きくどよめいた。

エルゲンは確かに絶大な力を有しているが、決してその力を無闇に振りかざし、国政に意見し乱すことはなかった。

そんな彼が告げる言葉に、いかほどの重みがあるだろう。

先まで皇子の意見に賛同の意を示していた者達は、その瞬間一斉に考えを改め始める。


──……確かに。セレーネ様は偉そうなお人だったが、王妃になるための重圧でそのようになられたのかもしれない。

──……あのエルゲン様が仰るんだもの。きっと大変なご苦労をされていたのかもしれないわね

──……ロイ皇子はもしや、それを知らずに大勢の前で?……少しお可哀相ではないか。


一気に変わった広間の雰囲気を無視しながら、エルゲンはセレーネの横に並びたち、耳打ちした。

「気をしっかりお持ちください」

今まで一度も話したことのないエルゲンに話しかけられて、セレーネは何を言うでもなくただドレスを握りしめた。

(変なの。話したこともない人に助けられるなんて)

そんな2人の様子を見て、ロイの横でしくしくと泣いていた男爵令嬢はあからさまに顔を顰めた。実はこれが彼女の本性である。セレーネはそのことを良く知っていた。

彼女は自らの身分を利用し、市井に出ては路上に蹲る浮浪者達を笑い、馬鹿にし、ひどい時にはその頬を平手で打ったりするような最低な人間だったのだ。

気の強いセレーネは、そんな彼女に対して、浮浪者にしたことをやり返した。馬鹿にして笑い、その頬を平手で打った。

『どう、悔しいでしょう?あなたがしたことはこういうことよ』

おそらく皇子がいう「それが未来の王妃のすることか」というのは、このことだ。セレーネは、確かに我儘で傲慢なところがあるが、隠れて誰かを苛めるような陰険な人間ではない。

長い間、セレーネの婚約者であったロイはそんな彼女を知ろうともしなかった。信じようともしなかった。その事実にセレーネは打ちのめされるというより呆れていた。

「……エルゲン様が、そう仰るなら」
「そんな、ロイ様……」

ロイの言葉に、エンリケは縋るような素振りを見せる。

そんな彼女に対して、エルゲンは一層笑みを深めた。深まりすぎたその笑みに、セレーネは何かの深淵を覗いた時のようにぞっとする感覚を覚えた。
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