彼女に思いを伝えるまで

猫茶漬け

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高校1年目

思惑(1)

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 斑目さんが体育祭後の数日後に俺を美術室に呼び出した。
 理由は『絵が完成したから見に来れば?』そんな素っ気無いSNSのメッセージだった。
 俺はそれに『必ず見に行く』と答えると、数日間の頑張りが報われた事を実感しながら放課後に美術室に向かう事にした。
 斑目さんとの関係は顔の知っている知合いであり、アルバイトの許可の件で色々とお世話になった人だと言う事を逆手に取って、彼女に色々と改善した事について感謝の報告を主軸でコミュニケーションを取ることにした。

 「正当な理由で感謝の気持ちを伝えると言うのはどうでしょう。感謝され、褒められるのは悪い気はしないでしょうね。そこに少し彼女が興味を持ちそうなものを混ぜておけば、次に繋がりそうですね。ああ、でも悪い話でも良いですよ。悪化したことについて相談するなんて、一度、首を突っ込んだ側としては多少なりの責任を感じるのであれば、相談には乗ってくれそうですしね。」

 俺は初めてあった時から火星の裏側から来た宇宙人だと思ったが、徐々に阿部が人間の感性を逆手に取るところを見ていると、本当に宇宙人なんではないかと疑いたくなっていた。
 結果からするとこれは上手く彼女に響いたようで、SNSで会話のラリーが続いていった。
 更に追い風のように家庭内での状況が好転する出来事が起こった。
 先日、久しぶりに母さんと夕食を食べる事になった話をした。
 別に食べる事になったのは結果的なそうなっただけだが、アルバイトで稼いだ給料と阿部から臨時収入を合わせて十五萬円を封筒に入れて、母さんに手渡す事にした。
 正直、顔合わせるにしてもどんな顔で合えば良いのか、おかしな話だが両親から逃げ回る様にしていたことや、俺を見る度に両親は良い気分ではない事だけは察していた。
 だから、出来るだけ気に障らない事を避け、不安にさせるのも嫌だし、俺自身が嫌だった。
 しかし、そこに動機は違えど、何かしらの行動を起こす事が生じたことで、少し気持ちが軽くなったのは確かだった。
 丁度、去年の今頃に俺は玄関で土下座したことを思い出しながら、1階の台所まで来ると母さんにどんな風に声を掛ければ良いかわからなかった。
 そして、母さんも恐らくそうだったんだろう、こちらに気がついて振り向くと何とも気不味い雰囲気で顔を合わせる形になってしまった。
 眩暈のような視界が回る感じに気分が悪くなる前に逃げたくなったので、封筒をテーブルの上に置くとすぐに二階に逃げるように戻ろうとした。
 
 「待って!」

 いつもだったら逃げるように二階の自室に行く俺を引き留めることが無かったのに、引き留められたのに驚いたと同時に足が地面に吸い付いたように止まった。
 
 「もうすぐご飯が出来るから、一緒に食べましょう。」

 俺は久しぶりに食卓の椅子に座って料理をしている母さんの後姿を見ることになった。
 その後ろ姿を俺は無意識に目を離すことなく、これまで感じたことない程の穏やかな気分で眺めていた。
 大切な何か言葉に出来ないような風景が目の前に戻ってきていたことに身体は正直なのか、目から涙が零れそうになる。
 これまで流した涙の中で一番熱を持っていて、瞼がやけどするんじゃないかと言うほどだった。
 しかし、涙が零れない様に目を見開いて目の前の景色を目に焼きつけるようにしたのは、この気持ちを忘れない様に心に刻みつけてどんな事があってもやり遂げることを固く誓う為だった。
 そして、その熱量で俺は彼女に感謝を綴ったメッセージを送った。
 人は必死になると意外にも不思議なことに言葉や気持ちが素直に伝えることが出来るらしく、これまで気が進まなかったのが嘘のように言葉が頭から息をするような感覚で出てきた。
 しかし、俺の中では迷いのようなものが最後に残っていた。
 斑目さんにはアルバイトの許可を貰う件で、彼女は生徒会顧問のである武田先生に話を通してくれたおかげで、すんなりと話が進んだ。
 それは斑目さんの周りの評価の高さや信頼性があった為であり、それにあやかることで俺のような劣等生でも、特別にアルバイトの許可を貰えた。
 そんな相手にこれから俺がしようとしていることを考えた時、急に美術室の扉の前で急に足が止まってしまった。
 今更ながら、斑目さんに対して罪悪感を感じて躊躇している事に、自己嫌悪を感じていた。
 大きく深呼吸と同時にそんな思いを、腹の奥の方に押し込むようにして気分を切り替えて美術室の扉を静かに開けた。
 この前と同じように美術室内は斑目さんしかいなかったが、前より夕焼けの光が教室内に差し込み茜色に染まっていた。
 その中で、彼女は絵に向かい合うようにして手を顎に当てながらジッと見て、何やら物思いに馳せている様だった。

 「どう思う?」

 俺がゆっくりと近づくと同時に彼女は、俺に感想を聞いてきた。
 俺は知識がないが絵は美術室の教室に差し込む夕陽が描かれた風景画を眺めながら、最近起こっていた色々なことを思い出していた。
 そして、俺と阿部が見た夕陽とは全く違う事が何となくわかった時、俺は斑目さんの事を少し羨ましく思っていた。
 彼女の目に映る夕陽と俺が見ている夕陽は何が違っていたのか、同じ夕陽なのにこんなにも違うのだろう。

 「綺麗で色々と考えたくなる。どこか懐かしく思う感じがして、俺は好きだな。」

 本心を出来るだけ言葉にしてみたが、俺の語彙力ではこれが限界だった。
 斑目さんはその言葉を聞いて、視線を変えずにこちらに目を向けずに何か思いついた様に筆を取るとその場で絵の箸に何か描き始めた。
 顔を近づけ繊細に指を動かして小さいものを描いているらしく、暫くすると筆を置くとそこには目立たない様に小さく三毛猫が描いてあった。
 その猫は何処か遠くを見ているようなしぐさで、絵を見ている人に全く関心がないような姿だった。
 彼女は描き終わると満足したらしく、絵具やパレットを片付けだした。
 頭の中で何となくそれは元々の予定で彼女との次に繋げるような話を切り出せていなかった。
 どうしても、彼女の気を引かなくてはならないと言う使命があったわけじゃないのに、無性に焦っていたのはせっかくのチャンスを手放してしまうのはもったいないと言う思いだったと思うが、それはもっと単純に汚く浅ましく、嫌悪したくなることだと無意識に思っていたからだ。
 もしそんな思いが無かったらこんなにも躊躇することもなかったし、焦る必要もなかったが、俺自身の幻視が沈む夕日のように光が遠いのいていく感じと、夕闇が後ろから迫ってきて、全身が暗闇に飲み込まれていくような恐怖に近い感情に襲われることに逃げるように言葉を吐き出していた。

 「その、アルバイトの許可を貰うのに、色々と手伝ってくれてありがとう。その、もし良かったら御礼がしたいんだ。」

 もう本心で彼女に感謝をしているような気持ちがあるのかわからなくなっていて、俺は恐らく、あの時に見た幻視に近づくことが出来るなら、這いつくばり、卑しく、狡賢く、嘘を吐き、人の血を啜るような生き方をしても良いとも思っていたのかもしれないが、その姿は果たして人間としての形を保てているだろうかと言う疑問を思う事はなかった。
 
 俺は阿部から出される仕事をするのだが、これまでとは毛色が違う内容に少し不安を感じていた。
 
 「私はこの前の斑目さんの襲われる件で、新しいビジネスを考えたんですよ。題して吊り橋効果でトキメキ大作戦。」

 この悪ふざけで馬鹿みたいな名前に似合わず、やる事は倫理観と言うボーダーラインで綱渡りするような内容だった。
 依頼者の男性のターゲットの女性に俺がナンパを仕掛けて、それを依頼者の男性が助けると言う芝居をすると言う話で本当に質が悪い話だが、俺が驚いたのは意外にもこの仕事はかなりの件数が舞い込んできたことで、俺は頭が痛くなっていた。
 吊り橋効果とは、不安や緊張から引き起こされたドキドキする感覚を、あなたが好きだからドキドキしていると、錯覚する心理現象から生まれる効果であるが、これを疑似的に起こして異性の心を掴もうとする人がいるとは常識的に普通に生きてきた人は思わないだろう。
 俺はこの仕事をするときは必ず、阿部の家で阿部が用意した派手な服を着て、髪型を変え、目標と顔、姿、を確認して指定の場所に向かう事になっていた。
 俺ははじめの内は、阿部がそのような関係の人達を唆しているんじゃないかと思っていたが、数人の依頼者が何度も依頼してきていて、俺の頭は色々な考えが浮かんでしまっていた。
 
 「登藤が悪い訳じゃないですよ。登藤は切っ掛けを作っただけに過ぎないんです。彼女達は本質を見抜けなかっただけで、それは自己責任ですから気にするだけ無駄ですよ。」
 
 阿部のこの言葉が、俺の罪悪感を麻痺させていることも自身でも良く理解していた。
 俺には選択肢はないと思い込むのと目的の為に何でもすると誓った事を思い出し、その後の事には目を背けることにしていた。
 1人につき二、三千円の報酬は非常に有り難いが、これまでと違って週に3、4回のペースで依頼ではこれまでの稼ぎに比べて若干少なく、俺は不安を感じ始めていた。
 渡すお金が減ったことで両親に変に怪しまれるんじゃないか、それが気になり始めたら阿部に無理を承知に仕事量を増やして欲しいと話を持ち掛けたのだが、阿部はこと時ばかりは渋い顔をしながらこう答えた。

 「校内の太い客とやり取りしたいのですが、なんせしつこく嗅ぎまわる人がいますからね。彼女が何とかならないとどうにもなりません。後は登藤の働き次第ですよ。」

 斑目さんが何かしたわけではないのに、無性に彼女が心の底では煩わしいと思っていた。
 彼女は俺の為に色々と協力してくれた人でもあるのにどうしてこんな思いを抱くことが出来るのか、水面は綺麗なのに水底はヘドロのような沈殿物が溜まっているようなそんな状態だっただろう。
 そして、斑目さんの関係が仲の良い知り合いから進展しない事に焦燥を感じていたところに、ある思惑を持った人が俺に声を掛けていた。
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