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高校1年目
映画デート(3)
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浮かれていた俺はこれから起こる2時間30分の拷問を山城さんと二人仲良く受けることになる事をまだ知らなかった。
俺はポップコーンを片手に席に着くと、山城さんは売店で色々グッツやパンフレットを買いたいと言う事で売店に行ってしまった。
俺は上映前の数分間、暇になってしまったので、興味本位で今から上映される映画レビューを確認しようと思って、スマホで検索をかけてしまった。
レビュー点数をパッと見たところ最高5点中、平均3.1点、まずまずと言ったところだが、その内訳の棒グラフを確認すると高評価5点と低評価1点で両極に別れているのだ。
何か違和感を背筋に感じた、それは予兆と言うか、予知と言うか、胸騒ぎと言うか、言葉で説明し難い悪いことが起こる予感、そんなものが軽く背中に触れられたんだと思った。
俺はレビューコメントを開いて確認してしまったと同時に、山城さんが戻ってきて隣の席についていた。
上機嫌でニコニコと笑いが自然にあふれてしまっている彼女を見ていると、俺が手に入れたこのレビュー情報を伝えるべきか悩んでいる時間もなくすぐに上映が始まってしまった。
こうして始まった2時間30分の拷問とはどんなものか、思い出すだけで頭が痛くなるがその片鱗を理解して頂く為、出来る限りわかりやすく説明する。
エピソード7で伏線であった、主人公の出生の謎がただの一般人だったこと、ラスボスであったヴィランがサクッと小学生が考えたような内容で殺されてしまうことなど、細かいことを言えば山ほどあるのだが用意されていた伏線、をファンの希望を裏切るようにしてストーリーが構成されていた。
これは”宇宙銀河大戦”を大ファンであれば、EP7ストーリー内容から次回作を頭をおかしくなるほど考察してきたファンの脳を簡単に破壊するほどの破壊力だった。
別にストーリーがしっかりしていたら誰も文句なかったのだが、5分ぐらいで考えた中身が薄い内容に火に油を注ぐことになっていた。
これは裏切りであり、1000円ぐらいのチャーシューメンを注文したら、カップうどんが出てきたぐらいの出来事だ。
症状としては眩暈や頭痛で、隣にいた山城さんは相当症状が酷かったようで、上映中に横目で様子を見たら唇を嚙んで頭を抱える込んでいる様子を見てしまった。
山城さんに最後の止めを刺したのはEP4~6で巨悪の敵を打ち滅ぼした主人公が登場することがわかっていて、今作の主人公達の師匠的ポジションで登場すると噂されていたが、かつての英雄的面影はなく、汚い牛乳をがぶ飲みする、頭がおかしい老害になっていた。
山城さんはEP4~6の主人公が大好きだったのだが、見せ場もなく呆気なく殺されてしまった。
どうやらその瞬間、山城さんは何かが切れたらしく、何が起ころうが微動だにしていなかった。
山城さんはファンとしてプライドなのか、途中退席もしないでありのままにそれを受け入れようとし、2時間30分の拷問に耐え切っていた。
この作品はすぐに大炎上して、”宇宙銀河大戦”の正史から削除するように署名活動が起こるほどの問題作だった。
そして当時のレビューは辛辣を極めてた。
以下レビュー引用
・50才前後のおっさん同士がIMAXで見る為に意気揚々と片道1時間の道のりをきゃっきゃ言いながら車を走らせ鑑賞、帰り道、二人ともほぼ無言で帰宅した。
・ひとつだけ言えるとしたら、『あれは正史ではない』この一言だけでファンは救われると思うんだ。
・EP8のおかげでSW(宇宙銀河大戦)をなんの後悔もなく引退できたから、EP8には感謝してる。
・ヴォルド・ネズミーの暗黒面を垣間見た。
映画館を出た時の山城さんは、目が死んだ魚のような濁った色をしていて、反応も上の空のような感じだった。
上映前の上機嫌でニコニコと笑いが自然にあふれてしまっている彼女は何処か遠くに行ってしまったらしい。
そんな山城さんを連れて近くのカフェに着くと、彼女を席に座らせて飲み物を買って持っていくことにした。
あんなに和やかな雰囲気が、今では御通夜の帰りのように何とも言えない静寂に、俺は対処する方法がわからず半分パニックになっていた。
とりあえず、店員に現在限定メニューの名前が長すぎて覚えられないが、お勧めされたものを用意して山城さんの向かい側に座った。
俯いている山城さんに、飲み物が入っているカップを置くと申し訳なさそうに彼女が口を開けた。
「あ、ありがとう、その飲み物はいくらかかりました?」
俺はこんな状態の山城さんから、お金を受け取るのは心苦しくなっていたのと、少しでも気分を晴らして欲しいと言う思いから奢ることにした。
「いや、飲み物ぐらいは奢ります、是非とも奢らせてください。」
只、映画を見に行くだけで、こんなにも気まずい雰囲気を不条理に突きつけてきた、黒いげっ歯類のマスコットを助走をつけて全力でぶん殴りたいと思った。
そんな状況の中、俺のスマホが鳴り出した。
スマホの画面を見ると、そこには見慣れた阿部の二文字が表示されていた。
俺は慌ててテーブル上のスマホの画面が、山城さんに見えない様に両手で遮るように握った。
「ちょっと、バイト先から連絡があったんで話してきます。」
山城さんにそう言って席を外すと、店の外に出て阿部からの着信に出た。
「もしもし、いやー、今作は最悪でしたね。宇宙銀河大戦。EP7の監督をそのまま起用すれば、失敗にはならなかったと思うと残念ですね。」
まるで、自分も映画を見ていたと思うほどの感想を喋り始めた阿部だが、どうせこうなる事をわかっていたと思うと腹が立った。
阿部は元々映画の内容は知っていたのか、レビューで酷評である事を知っていたことを隠していたことを俺はすぐさま問い詰めた。
「お前!わかってただろう!」
「そんなに怒らないで下さいよ、短気は損気なんて言いますし、私なりにフォローの為に連絡を入れたんですから。」
阿部は俺が文句を言う前に、遮る様に話を始めた。
俺は今の現状を変えたいと思うと、不服だが阿部の話を聞く事にした。
「今、駅前の映画館にいるんですよね、電車で2駅上り線で移動してください。そこで夏祭りがやっている場所があるので、浴衣を着た人を追っかければお祭り会場に着きます。」
阿部は俺に、山城さんをお祭りに誘うよう提案してきたのだ。
そもそも、今日の映画の件も阿部が上手く手引きして実現出来たのに、重々しい雰囲気の中で山城さんを誘うなんてハードルが高すぎて困難だと思えた。
「俺にはそんなこと無理…。」
俺が言葉を言い終わる前に、阿部は一方的に電話を切った。
その後、何度も折り返しても阿部は電話に出ることは無かった。
山城さんをいつまでも独りにするわけにいかないと思うと、渋々、席に戻ったがやはり重々しい雰囲気は、変わることはなかった。
戻ってからスマホの画面を見ると5分しか経っていないのに、1時間ぐらいに感じる沈黙の中、息が詰まって窒息するんじゃないと思いながらも、俺はどうするべきか考えていた。
スマホを弄ることなく窓の外を眺める、哀愁が漂う山城さんの横顔を見ていると、何とも言えない焦りを感じていた。
このままでは、山城さんとの関係に大きな溝が出来て、これがきっかけで終わってしまうんじゃないのかと言う嫌な予感が頭の中で少しずつ肥大してきたのだ。
肥大化した思いが、風船のように膨らみ続けて限界まで溜まった瞬間、何か弾けたと思うと勝手に言葉が出ていた。
「あの!」
急に声を掛けられた山城さんは、驚きながらもこちらを向いた。
「近くでお祭りがやっているので行きませんか。」
唐突に誘われた山城さんは、何が起こっているのかわかっていない様子だったが俺の口は止まることなく話を続けた。
「近くでお祭りやっているので焼きそば食べに行きませんか!」
唐突に誘われた山城さんは、何が起こっているのかわかっていない様子だったが俺の口は止まることなく話を続けた。
「近くにお祭りやってるのでりんご飴食べに行きませんか!」
唐突に誘われた山城さんは、何が起こっているのかわかっていない様子だったが雰囲気に押されたのか小さく頷いた。
強引で滅茶苦茶な会話に、訳がわからないが笑いがこみ上げてきて笑ってしまった。
そんな俺を見ながら、山城さんも釣られて、クスクスと笑って尋ねてきた。
「そんなにお祭りに行きたかったんですか?」
「ええ、もちろん。」
そう言って、二人ともカップの中の飲み物を飲み切った。
俺と山城さんは電車に乗って、阿部が教えてくれたお祭りの会場に向かっていた。
電車の窓から、茜色に染まっていく空を見ながら、山城さんが映画館で買っていたグッズを両手に持ち外を眺めていた。
「あの、荷物、重くないですか?」
俺が半ば強引に荷物を持ちますと言って、持っている荷物を見て、山城さんはそう言った。
「全然、大丈夫です。むしろ良い運動です。」
今、元々、送るはずだった至福の時間を取り戻すことが出来るのであれば、荷物を持つぐらいは安いぐらいと思っていた。
それよりも、電車は珍しく混んでいて、山城さんと向き合う感じで数枚の布で隔てているとは言え、触れていると思うと色々と心臓が高鳴ってしまうのを素数を数えたり、外の景色を見ながら抑え必死になっていた。
駅を降りると疎らだが、浴衣を着た人々がお祭りの会場に向かうのを見つけて、後についていくようにして開催場所に向かっていた。
徒歩10分ほど歩いたところで、提灯や屋台の暖色的な照明の光が見えてきた。
阿部が言っていたとおり、お祭りが開催されていて、ラグビー用のグランド内に屋台が並んで人の賑やかな声が聞こえた。
その賑やかな声に誘われるように入り口まで来たが、初めにどの店に行くか決めていなかったことに気がついた。
「山城さんは何処か行きたい出店ってありますか?」
そう聞かれると彼女は、少し考えながら何か思い出したようにこう答えた。
「焼きそばか、りんご飴ですかね。」
俺はそんなこと自分で言っていたことを思い出して、少し恥ずかしい気持ちになったが、山城さんと夏を楽しめていることを強く実感していた。
まず、一番初めに訪れた屋台でりんご飴を買うと、両手に荷物を持っていて手を使えない俺は何となく思いついたことを山城さんに頼んでみた。
「りんご飴を口に入れてくれませんか、両腕が塞がっているので食べられないんで。」
そう言うと、彼女は楽しそうに袋からりんご飴を取り出すとこちらに向けてきた。
俺はそのりんご飴を強引に口に咥えた。
好きな人に初めて、食べ物を食べさせてもらうと言う貴重な体験を出来た俺は、その阿保っぽい恰好で屋台を巡ることになるが後悔どころか、夢のような体験に浮かれていた。
その後、焼きそば、たこ焼き、串焼きを買ってスタンドの空いているベンチに座って食べることにした。
両手の荷物を下ろすと、口に咥えてたりんご飴の飴が溶けてなくなったところからバリバリと音を立てて食べながら、山城さんに夏休み何をしていたか聞いてみた。
「山城さんは夏休みどうしてました?どこかに出かけたんですか?」
興味と言うべきだろうか、そんなに深い意味ななく、何をしていたか気になっていた。
学校の図書室で話していたように、ゆっくり話が出来るのが久しぶりだったからかも知れない、あの図書室で二人だけの話しているような雰囲気と同じで他愛のない話がしたかった。
山城さんはたこ焼きを食べながら、夏休みをどのように過ごしていたか、俺に楽しそうに思い出しながら話をしてくれた。
「夏休みは山梨の母方の祖母祖父の家に家族で遊びに行きました。毎年、親戚が集まって近くの川でバーベキューをするのが恒例なんです。」
山城さんはその他にも家族で海に行ったり、プールに行った話をしてくれたので、それを聞きながら俺は焼きそばを食べた。
今の俺には家族で出かけることがないので、煩わしいことがないと思うところもあるが、それがないとどことなく寂しい感じもした。
それよりも山城さんは楽しい夏休みを過ごせたようで、時々、話している最中に笑っていた。
ある程度、話し終わると彼女は不意に、夏休みどう過ごしたかを聞いてきた。
「登藤君は、夏休みは何処かに遊びに出かけたんですか?」
俺の頭の脳裏に真っ先に浮かんだのは阿部の顔だった。
今年の夏休みは良くも悪くも、あの火星の裏側からきた宇宙人に良く似た男に振り回されたが、最後の最後は願っていたような夏をこうして過ごせていると思うと、阿部は憎めないでいたが、阿部に対して言葉で説明が出来ないような、原因不明の負の感情を持っているのもわかっていた。
阿部の大声では言えない手伝いと、その営業活動のボーリン、他はバイト、今日の事を抜きで考えたら3種類しかない、本当に彩がない夏休みだった。
「全然出かけてないですよ、この前、阿部とボーリングに行ったぐらいで他は特にないですね。」
そう言うと俺は焼きそばを箸でつまむと口に入れた。
口に広がるのはお世辞でも美味しいとは言えない味だが、それでも箸を動かすことをやめることが出来なかった。
「登藤君の家は夏に家族で何処かに出かけないんですか?」
その言葉に若干、胸が低く唸るような鼓動を打つと同時に昔のことを思い出しそうになったが、無意識なのか、意識してなのかそこで踏みとどまることになった。
拒絶反応と言うか、今はこの雰囲気に溺れていたいと思い、当たり障りないように答えることにした。
「今年はみんな忙しかったんですよ、それに、多分来年も忙しんですよ。」
そう言うと暫く山城さんも俺も黙って、屋台で買ったものを食べながら賑わいを感じていた。
山城さんは何か思い出したように、苦笑いしながら話を始めた。
「今作のSW(宇宙銀河大戦)エピソード8はちょっと酷かったですね。」
その後、彼女は時間が許す限りこれでもかと言うぐらい、SW(宇宙銀河大戦)の辛辣な感想を聞き事になるが、こんな時間がいつまでも続けば良いと思っていた。
俺はポップコーンを片手に席に着くと、山城さんは売店で色々グッツやパンフレットを買いたいと言う事で売店に行ってしまった。
俺は上映前の数分間、暇になってしまったので、興味本位で今から上映される映画レビューを確認しようと思って、スマホで検索をかけてしまった。
レビュー点数をパッと見たところ最高5点中、平均3.1点、まずまずと言ったところだが、その内訳の棒グラフを確認すると高評価5点と低評価1点で両極に別れているのだ。
何か違和感を背筋に感じた、それは予兆と言うか、予知と言うか、胸騒ぎと言うか、言葉で説明し難い悪いことが起こる予感、そんなものが軽く背中に触れられたんだと思った。
俺はレビューコメントを開いて確認してしまったと同時に、山城さんが戻ってきて隣の席についていた。
上機嫌でニコニコと笑いが自然にあふれてしまっている彼女を見ていると、俺が手に入れたこのレビュー情報を伝えるべきか悩んでいる時間もなくすぐに上映が始まってしまった。
こうして始まった2時間30分の拷問とはどんなものか、思い出すだけで頭が痛くなるがその片鱗を理解して頂く為、出来る限りわかりやすく説明する。
エピソード7で伏線であった、主人公の出生の謎がただの一般人だったこと、ラスボスであったヴィランがサクッと小学生が考えたような内容で殺されてしまうことなど、細かいことを言えば山ほどあるのだが用意されていた伏線、をファンの希望を裏切るようにしてストーリーが構成されていた。
これは”宇宙銀河大戦”を大ファンであれば、EP7ストーリー内容から次回作を頭をおかしくなるほど考察してきたファンの脳を簡単に破壊するほどの破壊力だった。
別にストーリーがしっかりしていたら誰も文句なかったのだが、5分ぐらいで考えた中身が薄い内容に火に油を注ぐことになっていた。
これは裏切りであり、1000円ぐらいのチャーシューメンを注文したら、カップうどんが出てきたぐらいの出来事だ。
症状としては眩暈や頭痛で、隣にいた山城さんは相当症状が酷かったようで、上映中に横目で様子を見たら唇を嚙んで頭を抱える込んでいる様子を見てしまった。
山城さんに最後の止めを刺したのはEP4~6で巨悪の敵を打ち滅ぼした主人公が登場することがわかっていて、今作の主人公達の師匠的ポジションで登場すると噂されていたが、かつての英雄的面影はなく、汚い牛乳をがぶ飲みする、頭がおかしい老害になっていた。
山城さんはEP4~6の主人公が大好きだったのだが、見せ場もなく呆気なく殺されてしまった。
どうやらその瞬間、山城さんは何かが切れたらしく、何が起ころうが微動だにしていなかった。
山城さんはファンとしてプライドなのか、途中退席もしないでありのままにそれを受け入れようとし、2時間30分の拷問に耐え切っていた。
この作品はすぐに大炎上して、”宇宙銀河大戦”の正史から削除するように署名活動が起こるほどの問題作だった。
そして当時のレビューは辛辣を極めてた。
以下レビュー引用
・50才前後のおっさん同士がIMAXで見る為に意気揚々と片道1時間の道のりをきゃっきゃ言いながら車を走らせ鑑賞、帰り道、二人ともほぼ無言で帰宅した。
・ひとつだけ言えるとしたら、『あれは正史ではない』この一言だけでファンは救われると思うんだ。
・EP8のおかげでSW(宇宙銀河大戦)をなんの後悔もなく引退できたから、EP8には感謝してる。
・ヴォルド・ネズミーの暗黒面を垣間見た。
映画館を出た時の山城さんは、目が死んだ魚のような濁った色をしていて、反応も上の空のような感じだった。
上映前の上機嫌でニコニコと笑いが自然にあふれてしまっている彼女は何処か遠くに行ってしまったらしい。
そんな山城さんを連れて近くのカフェに着くと、彼女を席に座らせて飲み物を買って持っていくことにした。
あんなに和やかな雰囲気が、今では御通夜の帰りのように何とも言えない静寂に、俺は対処する方法がわからず半分パニックになっていた。
とりあえず、店員に現在限定メニューの名前が長すぎて覚えられないが、お勧めされたものを用意して山城さんの向かい側に座った。
俯いている山城さんに、飲み物が入っているカップを置くと申し訳なさそうに彼女が口を開けた。
「あ、ありがとう、その飲み物はいくらかかりました?」
俺はこんな状態の山城さんから、お金を受け取るのは心苦しくなっていたのと、少しでも気分を晴らして欲しいと言う思いから奢ることにした。
「いや、飲み物ぐらいは奢ります、是非とも奢らせてください。」
只、映画を見に行くだけで、こんなにも気まずい雰囲気を不条理に突きつけてきた、黒いげっ歯類のマスコットを助走をつけて全力でぶん殴りたいと思った。
そんな状況の中、俺のスマホが鳴り出した。
スマホの画面を見ると、そこには見慣れた阿部の二文字が表示されていた。
俺は慌ててテーブル上のスマホの画面が、山城さんに見えない様に両手で遮るように握った。
「ちょっと、バイト先から連絡があったんで話してきます。」
山城さんにそう言って席を外すと、店の外に出て阿部からの着信に出た。
「もしもし、いやー、今作は最悪でしたね。宇宙銀河大戦。EP7の監督をそのまま起用すれば、失敗にはならなかったと思うと残念ですね。」
まるで、自分も映画を見ていたと思うほどの感想を喋り始めた阿部だが、どうせこうなる事をわかっていたと思うと腹が立った。
阿部は元々映画の内容は知っていたのか、レビューで酷評である事を知っていたことを隠していたことを俺はすぐさま問い詰めた。
「お前!わかってただろう!」
「そんなに怒らないで下さいよ、短気は損気なんて言いますし、私なりにフォローの為に連絡を入れたんですから。」
阿部は俺が文句を言う前に、遮る様に話を始めた。
俺は今の現状を変えたいと思うと、不服だが阿部の話を聞く事にした。
「今、駅前の映画館にいるんですよね、電車で2駅上り線で移動してください。そこで夏祭りがやっている場所があるので、浴衣を着た人を追っかければお祭り会場に着きます。」
阿部は俺に、山城さんをお祭りに誘うよう提案してきたのだ。
そもそも、今日の映画の件も阿部が上手く手引きして実現出来たのに、重々しい雰囲気の中で山城さんを誘うなんてハードルが高すぎて困難だと思えた。
「俺にはそんなこと無理…。」
俺が言葉を言い終わる前に、阿部は一方的に電話を切った。
その後、何度も折り返しても阿部は電話に出ることは無かった。
山城さんをいつまでも独りにするわけにいかないと思うと、渋々、席に戻ったがやはり重々しい雰囲気は、変わることはなかった。
戻ってからスマホの画面を見ると5分しか経っていないのに、1時間ぐらいに感じる沈黙の中、息が詰まって窒息するんじゃないと思いながらも、俺はどうするべきか考えていた。
スマホを弄ることなく窓の外を眺める、哀愁が漂う山城さんの横顔を見ていると、何とも言えない焦りを感じていた。
このままでは、山城さんとの関係に大きな溝が出来て、これがきっかけで終わってしまうんじゃないのかと言う嫌な予感が頭の中で少しずつ肥大してきたのだ。
肥大化した思いが、風船のように膨らみ続けて限界まで溜まった瞬間、何か弾けたと思うと勝手に言葉が出ていた。
「あの!」
急に声を掛けられた山城さんは、驚きながらもこちらを向いた。
「近くでお祭りがやっているので行きませんか。」
唐突に誘われた山城さんは、何が起こっているのかわかっていない様子だったが俺の口は止まることなく話を続けた。
「近くでお祭りやっているので焼きそば食べに行きませんか!」
唐突に誘われた山城さんは、何が起こっているのかわかっていない様子だったが俺の口は止まることなく話を続けた。
「近くにお祭りやってるのでりんご飴食べに行きませんか!」
唐突に誘われた山城さんは、何が起こっているのかわかっていない様子だったが雰囲気に押されたのか小さく頷いた。
強引で滅茶苦茶な会話に、訳がわからないが笑いがこみ上げてきて笑ってしまった。
そんな俺を見ながら、山城さんも釣られて、クスクスと笑って尋ねてきた。
「そんなにお祭りに行きたかったんですか?」
「ええ、もちろん。」
そう言って、二人ともカップの中の飲み物を飲み切った。
俺と山城さんは電車に乗って、阿部が教えてくれたお祭りの会場に向かっていた。
電車の窓から、茜色に染まっていく空を見ながら、山城さんが映画館で買っていたグッズを両手に持ち外を眺めていた。
「あの、荷物、重くないですか?」
俺が半ば強引に荷物を持ちますと言って、持っている荷物を見て、山城さんはそう言った。
「全然、大丈夫です。むしろ良い運動です。」
今、元々、送るはずだった至福の時間を取り戻すことが出来るのであれば、荷物を持つぐらいは安いぐらいと思っていた。
それよりも、電車は珍しく混んでいて、山城さんと向き合う感じで数枚の布で隔てているとは言え、触れていると思うと色々と心臓が高鳴ってしまうのを素数を数えたり、外の景色を見ながら抑え必死になっていた。
駅を降りると疎らだが、浴衣を着た人々がお祭りの会場に向かうのを見つけて、後についていくようにして開催場所に向かっていた。
徒歩10分ほど歩いたところで、提灯や屋台の暖色的な照明の光が見えてきた。
阿部が言っていたとおり、お祭りが開催されていて、ラグビー用のグランド内に屋台が並んで人の賑やかな声が聞こえた。
その賑やかな声に誘われるように入り口まで来たが、初めにどの店に行くか決めていなかったことに気がついた。
「山城さんは何処か行きたい出店ってありますか?」
そう聞かれると彼女は、少し考えながら何か思い出したようにこう答えた。
「焼きそばか、りんご飴ですかね。」
俺はそんなこと自分で言っていたことを思い出して、少し恥ずかしい気持ちになったが、山城さんと夏を楽しめていることを強く実感していた。
まず、一番初めに訪れた屋台でりんご飴を買うと、両手に荷物を持っていて手を使えない俺は何となく思いついたことを山城さんに頼んでみた。
「りんご飴を口に入れてくれませんか、両腕が塞がっているので食べられないんで。」
そう言うと、彼女は楽しそうに袋からりんご飴を取り出すとこちらに向けてきた。
俺はそのりんご飴を強引に口に咥えた。
好きな人に初めて、食べ物を食べさせてもらうと言う貴重な体験を出来た俺は、その阿保っぽい恰好で屋台を巡ることになるが後悔どころか、夢のような体験に浮かれていた。
その後、焼きそば、たこ焼き、串焼きを買ってスタンドの空いているベンチに座って食べることにした。
両手の荷物を下ろすと、口に咥えてたりんご飴の飴が溶けてなくなったところからバリバリと音を立てて食べながら、山城さんに夏休み何をしていたか聞いてみた。
「山城さんは夏休みどうしてました?どこかに出かけたんですか?」
興味と言うべきだろうか、そんなに深い意味ななく、何をしていたか気になっていた。
学校の図書室で話していたように、ゆっくり話が出来るのが久しぶりだったからかも知れない、あの図書室で二人だけの話しているような雰囲気と同じで他愛のない話がしたかった。
山城さんはたこ焼きを食べながら、夏休みをどのように過ごしていたか、俺に楽しそうに思い出しながら話をしてくれた。
「夏休みは山梨の母方の祖母祖父の家に家族で遊びに行きました。毎年、親戚が集まって近くの川でバーベキューをするのが恒例なんです。」
山城さんはその他にも家族で海に行ったり、プールに行った話をしてくれたので、それを聞きながら俺は焼きそばを食べた。
今の俺には家族で出かけることがないので、煩わしいことがないと思うところもあるが、それがないとどことなく寂しい感じもした。
それよりも山城さんは楽しい夏休みを過ごせたようで、時々、話している最中に笑っていた。
ある程度、話し終わると彼女は不意に、夏休みどう過ごしたかを聞いてきた。
「登藤君は、夏休みは何処かに遊びに出かけたんですか?」
俺の頭の脳裏に真っ先に浮かんだのは阿部の顔だった。
今年の夏休みは良くも悪くも、あの火星の裏側からきた宇宙人に良く似た男に振り回されたが、最後の最後は願っていたような夏をこうして過ごせていると思うと、阿部は憎めないでいたが、阿部に対して言葉で説明が出来ないような、原因不明の負の感情を持っているのもわかっていた。
阿部の大声では言えない手伝いと、その営業活動のボーリン、他はバイト、今日の事を抜きで考えたら3種類しかない、本当に彩がない夏休みだった。
「全然出かけてないですよ、この前、阿部とボーリングに行ったぐらいで他は特にないですね。」
そう言うと俺は焼きそばを箸でつまむと口に入れた。
口に広がるのはお世辞でも美味しいとは言えない味だが、それでも箸を動かすことをやめることが出来なかった。
「登藤君の家は夏に家族で何処かに出かけないんですか?」
その言葉に若干、胸が低く唸るような鼓動を打つと同時に昔のことを思い出しそうになったが、無意識なのか、意識してなのかそこで踏みとどまることになった。
拒絶反応と言うか、今はこの雰囲気に溺れていたいと思い、当たり障りないように答えることにした。
「今年はみんな忙しかったんですよ、それに、多分来年も忙しんですよ。」
そう言うと暫く山城さんも俺も黙って、屋台で買ったものを食べながら賑わいを感じていた。
山城さんは何か思い出したように、苦笑いしながら話を始めた。
「今作のSW(宇宙銀河大戦)エピソード8はちょっと酷かったですね。」
その後、彼女は時間が許す限りこれでもかと言うぐらい、SW(宇宙銀河大戦)の辛辣な感想を聞き事になるが、こんな時間がいつまでも続けば良いと思っていた。
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