彼女に思いを伝えるまで

猫茶漬け

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高校1年目

映画デート(1)

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 阿部の家に行ってから、俺と阿部の付き合い方と言うか人間関係は変わっていた。
 それは阿部が俺にシナジーと言うか、シンパシーと言うか、好意を言うか、良い印象を持っていて協力的である事がわかったからだ。
 俺自身では、相手の気持ちとか理解するのが鈍い方だと思っていて、阿部は自分自身の語る事で、協力的あるを意思表示したかったんだと都合の良い解釈かも知れないが、そう受け取ることにしていた。
 そして、阿部は俺が望む未来についてもどうしたいのかを理解して、お互い上手くやっていけないかと言う事を言いたかったんだと、勝手理解した気でいた。
 阿部の家で新たにやって欲しいことがあると言う事で、斑目さんと友好的な関係をなって欲しいと言う事で、それは阿部が斑目さんと言う人脈が欲しいと言うことだった。
 
 「友達の友達で彼女から協力を得たいのですよ。その為には登藤しか適任者がいないんですよね。」

 阿部の家に行った日に阿部は困ったように頭を掻きながらそんなことを言ってきた。
 確かに、阿部の事を毛嫌いしていると言うか、警戒しているのか、良く思っていない事はボーリングの時に態度でわかっていて、人間としての相性の良し悪しだろうと思う。
 とは言え、考えてみれば、俺は阿部ぐらいしか飲食を一緒にしたことがないし、山城さんとは阿部が切っ掛けをくれなければ、話も出来なかっただろう。
 そんなコミュニケーション能力皆無に等しい人間が、あんなに気が強く、頭の回転が早い人間とコミュニケーションを取れるわけがないのだ。
 例えるならば、斑目さんはスポーツカーとすれば俺は軽トラで、同時に走り出したら並走するには軽トラに合わせて必要があるので、斑目さんに合わせると言うストレスがかかる訳だ。
 わざわざストレスを受けたまで、付き合うような人間関係なんて言うのは上手くいかないのは目に見えてわかる事だ。
 そんな訳で阿部に、SNSで連絡を取りつつどのようなメッセージを送ればいいかと、助言を求めるも阿部は答えは何とも言えないものだった。

 「深い意味を考えずに、浅く適当に何か話をしたらどうですか?」

 阿部の話を真に受けたわけじゃないが、取りあえず何かSNSでメッセージを送らないと始まらないので、当たり障りのない内容を送った。
 その内容は覚えていないが、適当な楽しかったとか、また4人で行けたら良いね、のような本当にどうでも良い内容だった。
 それに対して彼女からの返信は”そうだね”と一言だった。
 これを見て恐らく7割の人が諦め、2割の人が偶々忙しかっただけだと思い、1割の人がまだ希望があると思うが、俺は7割のところに該当していた。
 もうこれではどうにもならないと言う事で、偶々、阿部とバイトのシフトが被ったので二人で客が少ない閉店間際、暇だったので話をしていた。

 「登藤は、自身が思っている程、人に好かれないタイプだと思っていますが、誰しも誰かに好かれるわけではないのです。」
 
 阿部の言い分は、人は無意識に善意の好意だろうが、悪意がある好意だろうと、まずは疑うもので、それは水面に映った自分を見ながら、その後ろの水底を凝視して覗いてみる。
 その水底の暗がりから、底が見えると初めて足を入れてみようと思う。
 だから、斑目さんも登藤の様子を見ている段階なんだと言った。
 こんな難しい事を阿部自身が考えて話をしているのかと聞いたところ、聞きかじった受け売りの言葉だと阿部は話していた。

 「じゃあ、お前がやっても出来るんじゃないか?」

 俺が出来るなら阿部でも出来るのではと思う単純な考えだが、阿部はそれを否定した。
 阿部の考えでは、斑目さんは阿部の周囲にある噂や、この前の限りなく黒に近いグレーな話など悪評を知っているから、阿部と関わらない様に警戒していると言う事だ。
 阿部は斑目さんに、どう思われようと何とも思っていないのは、誰かに嫌われることに慣れているからと話していたが、どうやって斑目さんから協力を得る方法があると言うのだろうか。
 それと斑目さんに何をさせようとしているのかと言う事も喋ろうとしなかった。
 レジ台に立ちながら阿部と俺しかいない空間で、阿部は何を聞かれようとそのことについてはそのうち話すと言うだけで一切話さなかった。。
 店の自動ドアが開く音がして、俺と阿部がそっちの方を向きながらいつも通りの挨拶をした。

 「いらっしゃ……。」

 俺は驚いて、言葉が止まってしまった。
 自動ドアから入ってきたのは、山城さんだった。
 全体が砂浜のような白色に、所々に薄い青のボーダーラインが入ったワンピースに、肩に掛けていた小さな茶色いカバン、古代ローマ人が履いてそうなサンダル、まさに夏が似合う服装に見惚れて仕舞い、頭の思考力も奪われていた。
 隣にいる阿部が手を振っているのを見て、俺は筋肉が硬直して心臓が高鳴っていく、緊張が心地良いが苦しいような良くわからない状況で彼女と目が合ってしまった。
 これまでは図書室で会う時に、入り口で深呼吸や素数を数えたりして、心身を落ち着けてから話に行くことが出来た。
 しかし、今はそんな心を落ち着ける事も忘れて、俺の心身が高揚していく中、彼女がこちらに来るまでに数秒、頭で色々流れる言葉に頭が破裂していた。
 さぁ、彼女が手が届くぐらいの近くまできた時に、口から言葉が出ない、どうすれば良い、完全なパニックの中で俺の頬に衝撃が走った。
 それは阿部が俺の頬を叩いた衝撃で、俺は何が何だかわからないが状況で無意識で阿部に文句を言うべく阿部の方を向いた。
 
 「蚊が居たんで、逃げられましたね。」

 あの薄気味悪い笑い方で阿部は笑っていたのだが、俺はその衝撃で脳が正常になったのか、頭から自然に言葉が出てきた。

 「山城さん、酷くないですか!阿部ったら俺の頬を叩いておきながら笑っているんですよ。」

 山城さんは、そんなつまらない三文の価値もない芝居にクスクスと笑ってくれていたのを見ると、やはり彼女は俺が崇める女神であったと心底感じていた。
 俺は内心で阿部に感謝していて、叩かれた事など彼女の笑顔と自然な会話の走り出しを手に入れることが出来るなら、些細な代償でしかなかった。
 それよりも、時計を見ると時刻は21時45分、だいぶ夜更けで日本は海外よりは治安が良いが、10代の女の子が外を出歩くのは少し危ないと思うが大丈夫なのかと心配になった。
 
 「えーっと、何をお求めで?」

 まずは、要件を聞かないと始まらないと思い口に出したもの、なんか違和感がある言葉を選んでしまった。
 言った後でもっとこう、軽いと言うか近いと言うか、友達らしい自然な言葉を選んで聞くべきだったと、独りで内心後悔していた。
 会話が八百屋のおっさんと仕事帰りのOLみたいな、この後、御贔屓でいらないのにトマトとかナスをおまけして仕舞いそうな会話に、頭が痛くなってきた。
 山城さんは何か少し考えたのか目を少し逸らすと、間を空いてからこう答えた。

 「今日、旅行の帰りでジュースを買いに来ました。」
 
 旅行と聞いて真っ先に頭に浮かんだのが、山城さんの水着姿が脳内で一瞬だが星の数ほどのバリエーションで展開されて脳内を9割ほどを支配していた。
 普通に考えて連想するなら旅行、海、水着となるところを中間の海を飛ばして即座に水着にたどり着くところが、自分自身を軽蔑すべきところだと思った。
 脳内にあふれ出す煩悩に何とも言えない申し訳ない気持ちになりながら、何とかその場を上手くつなぐ為に、とりあえずジュースコーナーに案内するようにしていた。

 「あちらにジュースコーナーがありますので、案内しますよ。」

 俺は心の中で煩悩退散と思いつつ、山城さんをジュース売り場に連れて行くことになったのだが、阿部が何故かついて来ていた。
 
 「阿部はこの時間レジ打ち担当だろ、レジから離れるなよ。」

 バイト先でのレジ打ち担当が決まっており、2時間交代でレジ内の金額確認をして交代しているのだが、今日の最後のレジ担当は阿部であった。
 阿部が防犯的な意味も含めて、商品を会計していない客が出て行かない様に、見てなくてはならない事になっていた。
 
 「別にいいじゃないですか、この時間は客足がないですし、入り口には入店音が鳴るので、その時に戻りますよ。」
 
 阿部の屁理屈にまともに反応するのも面倒なので放っておいた。
 山城さんは何やら同じ500㎜ペットボトルを何かに憑りつかれたように、次々と床に置いてあるレジ籠に入れていくのを見て、何事かと気になったので聞いてみた。
 
 「それ、好きなんですか?」
 
 山城さんはそれを聞くとハッと我に返り手を止めると、レジ籠から溢れかえりそうなジュースを見て、恥ずかしそうに理由を話してくれた。
 
 「実は、その、コラボキャンペーンがあって…。」

 ジュースには、言わずと知れた名作映画”宇宙銀河大戦”のキャラクターがラベルになっていた。
 この”宇宙銀河大戦”とは40年前のB級映画で、特撮映画の原点にして頂点となったSF映画だ。
 その独特の世界観と、重厚なストーリーに何度もリメイク版が撮影され、何度も上映されて、まさにSF映画の金字塔と言うべき作品、40年前のストーリーをエピソード4~6として、ここ数年前に前日譚であるエピソード1~3が上映され、現在、最新作のエピソード8は近日中に各劇場で上映される予定だ。
 約5分ぐらいだろうが懇切丁寧に顔色を変えず、山城さんの淡々と話をしているのと、初めて見せられたオタク的な一面を、俺は顔色を変えない様に内心、困惑していた。
 あの阿部でさえ、何が起こっているのかわからない状況に、呆然と口をはさむこともなく、その説明を聞いていた。
 しかし、ようやく落ち着いてきて言葉のピッチがゆっくりと元に戻っていき、思い出したかと思うようにこう言った。
 
 「ラベルの裏にくじがついていて、当たると無料の映画チケットが貰えるんですが、なかなか出なくて、こうして買い漁っているんです。」
 
 山城さんの目的はわかったが、その宇宙の闇のような黒い液体を飲みすぎて、身体的に健康面で暗黒面に落ちないか心配になった。
 俺がそんな事を思っていたところで突然に、阿部が思い出したかのように話を始めた。
 
 「実はそのくじが当たりまして、映画のチケット持っています。しかも三枚、誰かに売ろうと思っていましたが、もしよかったら3人で見に行きませんか?」

 その言葉に、山城さんはあまりの嬉しさにその場で軽く跳ねながら「え、いいんですか?」と映画に行くことを了承した。
 俺の頭では、ラーメン屋で中華麺を啜りながら話をしていた時に阿部が言っていた、山城さんとのデートの切っ掛けを作ると言う言葉が頭で再生されていた。
 いや、まさかと頭で何か考えていると、阿部が「もちろん、登藤も行きますよね?」と聞いてきた。

 「ああ、もちろん。」 

 俺はその場の流れで、すぐに行くことを了承したが、頭の隅で何か忘れているようなそんな感じがしていた。
 しかし、そんな思いよりもその場の流れとは言え、山城さんと遊びに行くことが出来る喜びと、とんとん拍子で話が進んでくのに頭がついていっていなかった。
 
 「じゃあ、連絡先交換しておきません?いつ頃だったら暇なのか連絡を頂けたら、登藤と調整しますんで。」

 阿部がそう言うと三人でスマホを取り出すと、その場で連絡先を交換することとなり、スマホのディスプレイに山城さんの連絡先が表示された時は、何とも言えない高揚感にこれから始まる山城さんとの桃色に近い妄想で頭がいっぱいになりつつある中、足元の黒い塊に気がついた。
 それは先ほど、山城さんが籠に入れていた2本飲めば、あまりの糖分の多さに気分が悪くなる宇宙の闇のような黒い液体のペットボトルだった。
 山城さんにはもう山ほど買う理由もないので、俺は棚に戻してしまって良いだろうと思い、それを手に取ると棚に戻し始めた。
 
 「登藤君、ごめんなさい、私が片付けなくちゃいけないのに。」

 山城さんがペットボトルを戻している俺に気がついて声をかけてきた。

 「いえ、まぁ、仕事ですし、当然ですよ。それにあまり人を待たせたままは良くないですし、早く行った方が良いですよ。」

 そう言うと、山城さんは外の駐車場で待っている家族の事を思い出したようで、籠からペットボトルを数本取るとそれを抱えてお礼を言って、阿部とレジに向かっていった。
 その後ろ姿を見ながら、俺はその場で小さくガッツポーズをした。 
  
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