彼女に思いを伝えるまで

猫茶漬け

文字の大きさ
上 下
3 / 20
高校1年目

一目惚れ(下)

しおりを挟む
 次の日、図書室に向かうと阿部が俺より先に着いたらしく、こちらを見つける素早く近寄ってきた。
 今日も山城さんは本を読んでいて、俺と阿部は気付かれないように少し離れたところの本棚の裏まで隠れて移動すると、棚と本の隙間からこっそり彼女の様子を見ていた。
 
 「まず、彼女を知ることから始めますか。」

 小声でそう言うと俺は阿部に文句を言った。
 
 「これじゃあ、これまでと対して変わらないじゃないか。」

 阿部は薄ら笑みを浮かべながら、海外のコメディアンがするような呆れたポーズをしながら言葉を続けた。

 「わかっていませんね、彼女の趣味は読書です。じゃあ、どんな本が好きなんですかね。恋愛ゲームは相手の好きなことを理解する事から始まるんですよ。」
 
 まるで歴戦の恋愛を勝ち抜いてきたようなことを言うと、スマホを取り出してシャッター音を鳴らさないように特殊なアプリで写真を撮り始めた。
 俺は阿部をすかさず止めて、声を殺しながら注意した。

 「ただのストーカーじゃないか。」
 
 阿部が俺の言っていることを無視しながら、隠し撮りを続け、面倒な奴をあしらうように言い返した。
 
 「毎日、待ち伏せして彼女を観察している癖に、今更、何を言ってんですかね。」

 俺は阿部の正論にぐうの音も出なかった。
 阿部は撮った写真の本の見開きを拡大して、見たことないアプリに写真を読み込ませると、見開きの字が読めるほどハッキリと映し出された。
 本の見開きの左上あたりに本の題名が乗っていて、阿部はそれをすぐにネット検索を掛けるとジャンルや値段、出版社と言う情報をスマホの画面に表示させた。

 「彼女はホラーが好きみたいですね、同じ本でも読んで話しかけたらどうですか?レビューもなかなか高評価でAmazonで買えますよ。」

 阿部の勝ち誇ったような顔にイラつきながらも、彼女を知ると言う事に変な高揚を得ていた。
 その後も山城さんが教室に戻るところもバレない様に尾行して学年、クラス、席も特定すると、俺の中で何とも言えない高揚感は高まり、変な期待が頭を支配しはじめていた。
 阿部が俺に彼女の事を良く知る事を進めた事により、俺は純粋に彼女を知ると言う探求に憑りつかれていた。
 俺は彼女が読んでいた本をその日に書店に買い、その日にすべて読み切り、もう一度書店に足を運ぶと閉店間際に滑り込み、同じ著者の本をまとめ買いをして徹夜で読み切った。
 本を通じて山城さんが感じた事、思った事だと予想される情報が、頭の空白部分を満たされれば満たされるほど高揚感は高まり、心が通じているような錯覚に陥っていた。
 一言で言うと俺はどうしょうもない阿保だった。 
 俺は彼女の情報を入れる為に、学校の外まで大胆にも行動範囲を広げると言うと正気とは思えない行動に出ていた。
 俺には打ち込んでいたようなものがない事もあり、水を得た魚の如く彼女のストーキング行為に熱を入れていった。
 山城さんの家族構成から始まり、好みのお菓子は甘いもので、辛い物が苦手、駅前の古本屋には週に3~4回寄り道をして、帰り際に和菓子店で栗饅頭を買って帰る。
 飲み物はコーヒーや紅茶よりも緑茶や麦茶が好きで、彼女は独りでいることが好きなのか必要最低限の挨拶や会話以外で喋っているところを見たことがないが、彼女から漂う清純な雰囲気に周りが気軽に近づけないようだ。
 こうして、学校で見知った平面的な彼女が、色んな方向からの私生活を知る事で、よりハッキリとした立体的な形を帯びて、身近な存在に感じることで頭から変な汁が止めどなく溢れていた。
 俺は偶然、阿部とバイトが一緒に終わったので、この前のラーメン屋に立ち寄り、ここ数日の成果で手に入れた山城さんの私生活について熱弁をしていたら、阿部は始終腹を抱えて奇怪な声を上げながら笑っていた。
 笑い終わったと思うと、急に真顔になると俺を哀れんだ目で見ながらこう言った。
 
 「良かったですね、訴えられなくて。迷惑禁止条例でお縄にならなかっただけ運が良かったですよ。」
 
 読者の皆さんも知っての通り、ストーキング行為は、法令で禁止されているので真似をしてはいけない。
 恋は盲目と言うが、阿部に犯罪者予備軍と遠回しに言われなければ、俺は間違いなく、いつかお縄になって拘置所か留置所にぶち込まれていただろう。
 そして俺の知り合いの同級生として、テレビインタビューにモザイクがかかった阿部が出て、変成器で声を変えながら“いつかやると思っていた”などとコメントすると言う恐ろしい光景が脳裏に浮かんだ。
 阿部は呆れながらも、話を掘り下げる。

 「んで、いつ声をかけるんですかね。」
 
 俺はストーカーに片足を突っ込んでいると言うのに、山城さんに直接接触する事だけは避けていた。
 自分自身に魅力がないこともあるが、山城さんに嫌われる事だけは避けたかった。
 そもそも、もっと大きな壁があり、この高校は工業高校だが、女生徒が在籍しているのは95%ぐらいが応用デザイン科とカラーリングアーツ科と言う非常に偏差値が高い頭が良い生徒しかいない学科と、それに別で機械科、電気科、工科は男で選りすぐりの馬鹿しかいない学科となっている。
 そんな学校内は応用デザイン科やカラーリングアーツ科が、他科を完全に見下しているし、関わりたくない言うのを全面的に出してきていた。
 この学校は女子生徒が生徒会やら行事やら何もか女性が仕切っていると言う、Twitterでやたら主語がデカいあの界隈の願望を具現化したような環境だった。
 あの界隈みたいな過激な思想を持っている人がどれくらいいるか知らないが、俺が山城さんの立場だったら今後の学園生活を考えると、俺みたいな馬鹿を相手にして周りからあらぬ暴言、誹謗中傷を受けたくはないと思うのは当然だ。
 嫌われなければ運命と言うものがあると信じ続けて、高校を卒業する寸前に告白して付き合う可能性があると言う淡い期待があり、そもそも、死を急ぐような当たって砕けてバラバラになるようなことは誰だって避けたいところだ。
 しかし、近い未来に彼女が他の誰かを好きになってしまった場合は、強制的に望みが断たれる恐れと、そうなった時に俺はどんなことになってしまうのかと想像にしただけで耐えられる気がしなかった。
 だったら、もう一層の事、砕け散った方が諦めがついてしまえば真っ当に生きていけるように思いつつも、彼女の思いを断ち切りたくないおもっていた。
 こういった思いや考えが入り乱れていて、色んな思いが絶妙なバランスで、完全に思考が膠着している状態を維持させていた。
 必要なものはたった一つの最後の一押しだった。
 
 「・・・切っ掛け、どんな形でもいい、切っ掛けがあれば。」
 
 気がつけばそんな心の声が口から洩れていた。
 俺の頭に中では、パンを咥えて曲がり角でぶつかる話でも、髪に芋ケンピンがついている話でも、自然に声を掛けるチャンスがあればもしかしたらと言う希望だけがあったが.、その先の事は考えるほどの想像力はなかった。
 阿部はその言葉を聞き逃す訳もなく、何か閃いたのか唇をベロベロと舐めながら何かよからぬことを考えながら不気味に笑い始めた。
 
 「それなら、私に名案があります。」

 阿部は何故かその名案に根拠も何もないのに目から自信があるように見えた。
 そんな阿部の言葉に藁をもすがる様に俺は飛びついた。 

 「教えてくれ!」

 俺は身を乗り出しそうになったところで、阿部はスッと手の平を俺の前に出して静止した。

 「そうですね、私も今困っていることがありましてね、協力していただけるなら、教えてあげても良いですよ。」
 
 俺はまたしてもこの気前の良い悪魔に魂を売ることになったことを後悔するのは数週間後の事でもう少し先の話になる。

 図書室に向かうと、入り口にいる阿部がこちらを見つけて、手を振ってこっちに来るように呼んでいた。
 どうやら、山城さんはまだ来ていないらしく、阿部が図書室の奥の方に行くのをついていくと、この前と同様に本棚の裏側に隠れ、本と棚の隙間から山城さんが来るのを待ちながら名案について語りだした。
 
 「これから、山城さんが来たら声を掛けて日常会話をして下さい。」

 俺は阿部が何を言っているのか一瞬、理解できなかった。
  
 「お前、名案ってただのナンパじゃないか。」

 狼狽える俺を見て意地が悪そうな顔をしながら、阿部は表情筋をどう動かしたらそうなるのかわからないが、ニヤニヤと口から歯茎が見えるような表情で笑っていた。

 「まあまあ、良いじゃないですか。話をしなくては何も始まりませんし、私の秘策は手の内を明かしてしまうと上手くいかないので多少は頑張ってもらわないと。」

 俺は阿部の頭に腕を回すと力いっぱい締め上げる。
 
 「ふざけるなこの野郎!」

 「イデ、イデデ!」
 
 ヘッドロックで阿部は悶絶しながらも表情が笑っていて、それが余計に腹がたった。
 
 「あ、山城さんが来ましたよ。」

 俺は阿部を離すと、音を立てない様に棚と本の隙間を覗くと山城さんが長机に座ろうとしていた。
 今から声を掛けることを想像すると、緊張感が一気に高まって、この場から逃げ出したくなった。
 阿部が急に俺の肩を両手で掴むと全力で無理矢理に本棚から長机の方に押し出し、あまりにも勢いがあった為、コケそうになり、前のめりになりながら近くの机に手をつき、足を踏ん張って倒れそうになるのを耐えた。
 姿勢が安定して目線を上げた時に山城さんと目が合ってしまった。
 彼女の視線は完全に俺を見ていて、その距離は1m程、俺はもうこうなった以上やるしかないと思いつつも何を言い出せば良いかわからなかった。
 急激に身体の血液が一気に顔に集まってきて顔が熱いし、筋肉が変に強張ってきて変な痙攣を起こし始めるし、正常に脳が活動している内に何でも良いから言葉を喉から搾りだした。

 「あ、すいません、躓いちゃって、大丈夫です。」
 
 そうじゃない.、彼女の事を心配するべきだろう、とすぐさま内心で素早い突っ込みを入れていた。 
 彼女の気を引くような言葉を出したいと思うほど、半分酸欠みたいに意識が呆然とし、地上で溺れているようだ。

 「あ、あ、あ、あの、その東野圭吾先生の“幻夜”ですよね、読んでる本、自分も好きなんですが....。」

 言葉が止まったのは山城さんの驚いた顔のせいだった。
 察しの良い人は気がついたと思うが、俺が彼女の読んでいる本がわかった理由にあった。
 数日前に阿部とスマホで写真を撮って本を確認していた時に、何故、本の表紙じゃなくて見開きだったのか。
 彼女は必ず読んでいる本にはブックカバーをつけているので、普通の通りすがりで見ただけではタイトルなんてわかる訳がないのだ。
 少し考えれば、俺が山城さんのことを調べまわっていることに数十秒ぐらいで何となく気がついてしまうだろう。
 これはとんだ墓穴を掘ったと同時に、そんな穴があったら入りたいぐらいであった。
 今、彼女の頭の中では驚きが疑問になり、答えを導き出そうとしていると思うと目の前が真っ暗になってきた。

 「登藤、こんなとこにいたのか。」
 
 阿部が突然現れると、俺の首に腕を回す、それは獲物を捕らえる蛸のように早かった。
 俺も山城さんも突然現れた阿部に驚きながら呆気に取られていた。

 「すいませんね、私の知り合いがお騒がせいたしました、じゃ、彼は私が用がありますんでこれにて。」
 
 そのまま阿部は俺を強引に図書室から引きずり出す形で逃がしてくれた。
 廊下に出るともう色々とやらかしてしまった俺は半分放心状態だが、その隣で阿部は小躍りしそうなほど面白がっていた。
 
 「いやぁ~、最高に良かったですよ。」

 普通だったら、恨み言の一つや二つ言ってやりたいがそんな気力は微塵に残されてはいなかった。
 
 「じゃあ、明日、私が山城さんに貴方と仲良くなる魔法を掛けてきますので、明日は彼女に会わないで下さい。それと明後日は彼女が喜びそうなお菓子を用意しておいて下さい。」

 阿部はそう言うと俺の肩を叩いて何事も無かったように小走りに立ち去って行った。
 俺はその後、どうやって教室まで戻ったか覚えていないし 授業中も下校中もバイト中も眠る寸前まで終った事を後悔してあーでもないこーでもないと色々と無駄に思考を働かせていた。
 そして朝がやってきて、目が覚めると昨日のことを考えたら、学校に行きたくないと思いつつも、制服に着替えて家を出た。
 俺は机に突っ伏しながら、教室で山城さんと会ったことを考えていた。
 山城さんと会ってからは日々の時間が充実していた。
 考えてみれば、彼女の事を思い、毎日、色々と行動(ストーキング)したことは心の溝を埋めて彩を与えてくれた。
 頭を坊主に丸め、阿保のようにバットでボールを叩くスポーツや、海外から来た毬を蹴るスポーツや、竹刀で相手をシバキまくる凶暴なスポーツを馬鹿にしてたが、彼らとは方向性が違えども似たような情熱を抱いていたのだ。
 俺は昨日の色々考えたが、今更何を考えても過去は消えないと言う結論にいたって帰りに阿部が言っていたお菓子を買いに行くことを考え始めていた。
 そんな時を見計らったように俺の肩を叩く奴がいて、俺は目線を上げると、そこには阿部が不気味な薄ら笑みを浮かべて立っていた。
 スッと阿部は耳元に顔を近づけると周りに聞こえないように耳打ちをした。

 「朗報です。上手くいきました。明日は必ず彼女の好きそうなお菓子を持ってお昼休みに会いに行ってきてください。」
 
 俺にはまだ山城さんに最後の会いに行くと言うチャンスがある、そこで昨日のマイナスをプラスに変えればと、恐ろしい程にポジティブな思考をしていた。
 冷静に考えてそんな事が出来るほど、熟達したコミュニケーション能力があれば、こんな事にはなっていないと気付くことはなかった。
 俺を突き動かすのはそんな足算引算的な合理性ではなく、出来るからやると言う感情で問題が解決しようとする知力のかけらもない脳筋系の思考だった。
 思いだけだったら山城さんを甲子園に連れて行けるし、全国高校サッカー選手権でハットトリックを決めていたし、全国高校総体剣道大会に出場していた。
 何言ってんだこいつと各方面から言われそうだが、それほどの熱量を持っていたことは確かだった。
 それはこれまでとは違い、俺の思いには気の迷いではなく本当に彼女が好きなんだと言う、自分の内にある思いに嘘偽りがないとわかったからだ。
 俺はその勢いで駅前の和菓子屋に行くと、栗饅頭のA3サイズほどの箱を脇に抱えて家に帰った。
 
 次の日のお昼休み、俺は図書室へ栗饅頭の箱を抱えて歩いていた。
 これまでとは全く違う、心が落ち着いた状態でありながら、心地いいぐらいの緊張感を感じていた。
 それは野球の9回裏、逆転チャンスで打席に立つ時、はたまたサッカーの延長戦PKのボールを蹴る時、剣道で蹲踞の姿勢に入った時、重要な局面で迎えるような心情の境地だった。
 図書室に入ると、既に山城さんはいつも通り本を読んでいた。
 俺は淀みなく足が動いていき、彼女の対面席に腰を掛けた。
 俺が座ると同時に、向かいに座っている彼女と目が合った。
 彼女は恥ずかしそうに口元を本で隠すようなしぐさをしていて、それが何とも言えない乙女の神秘的な可愛さと言えばいいのか、俺は目を離すことが出来ずに目的を忘れて数秒見入ってしまった。
 ハッと我に返っておとといの事について話をしなくてはならないと思い脇に抱えた栗饅頭の箱を机に出すと言葉を選びながら話を始めた。
 
 「一昨日は、急に声を掛けて驚かせてしまってごめん、お詫びの気持ちで用意したんだけど受け取って欲しい。」
 
 そう言い切るとA3サイズの箱を彼女の目の前に少し押し出した。
 冷静に考えると急に現れた不審者が理由がわからないけど、栗饅頭を渡してくるとか通報案件でしかなかった。
 山城さんは驚きながらもじっとこっちを見ながら何か考えているようだった。
 気まずい沈黙の中、俺はそれに耐えられなくなったので逃げるように一言、「それじゃあ」と言い席を立とうとした。

 「あの!」

 山城さんが俺を呼び止めた。
 彼女は目線を伏せながらも俺の顔をチラッと向けては戻すような目配らせをしながら話を始めた。

 「あの、別に嫌じゃないです。ちょっと驚いて声が出なかっただけで、それに私には量が多すぎて食べきれません。」

 俺は驚きすぎて何が何だか頭で理解できていなかった。
 俺は無意識に席を立とうとした動きを止め、逆に席にゆっくりと座りなおしていた。
 山城さんは俺が椅子に座るまで待つと、口元を隠していた本を長机の隅に置き、顔が伏せながらもこちらの顔を見ようとする事で彼女は意識していないが上目遣いになっていた。
 
 「一緒に食べませんか?」

 俺の頭が爆発を起こした。
 それは一瞬だった、視界が真っ白になったと思えばそのまま宇宙に放り出されて、光速で銀河系を飛び出し、宇宙の果てまで吹っ飛んでいた。
 宇宙の瞬く星の光が、光線になって無数に伸びては消えていく幻想の中で、生きていることについて全身全霊の感動と感謝の念を胸に抱いた。
 しかし、そんな思いをすべて無に帰す如く、俺の肩を掴んで一気に地球にある自分の体に意識を戻した奴がいた。
 俺はそいつの方を向くと、不気味で何とも形容しがたい笑顔の宇宙人と見間違える男、阿部がいた。

 「やぁ、やぁ、お二人様、ご機嫌いかがですか?」

 お前が来るまで最高にご機嫌だった、と言いたいところだが山城さんがいる手前、口に出すことが出来なかった。
 阿部はそのまま俺の隣に座るなり、和菓子の箱を手に取ると大袈裟にこう言った。

 「おっと、こんなところにお菓子の箱が!これは善良な私に女神から与えられたお恵みだ!」
 
 俺は阿部の手を掴んで、箱を取り上げた。

 「これは山城さんにあげたものだ、お前にはあげてない。」

 「まぁ、まぁ、良いじゃないですか、二人で食べるところだったんでしょ?こういうのは人数が多い方が良いことだと相場は決まっていますから。そうですよね、山城さん。」

 阿部は強引に、山城さんに了承を得ようとした。
 山城さんは人が良いのか「え、はい。」二つ返事で返してしまっていた。
 そんな彼女の優しさが俺ではなく阿部に向いているのが心底憎かった。
 阿部が勝手に和菓子の箱を開けると、中に入っている栗饅頭を誰よりも先に口にしていた。
 
 「お前はレディーファーストと言うのを知らないのか。」

 俺の注意も聞かずに阿部はそのまま栗饅頭をペロリと一つ飲み込んだ。

 「最近のトレンドは男女平等ですよ、そんなこと言っているのは昭和生まれの人達だけです。」
 
 こんな阿部とのやり取りをしていると山城さんはクスクスと楽しそうに笑っていた。
 このままだと阿部が全部食べてしまいそうなので、山城さんにも食べて頂きたいところだ。

 「山城さんも、どうぞ食べて下さい。」

 山城さんの方に栗饅頭が入った箱を向けると彼女は箱から一つ栗饅頭を手に取った。

 「あの、お名前を聞いてもいいですか?」

 山城さんの一言で俺は自己紹介をしてなかった事を思い出した、出来るだけ簡潔に言葉にした。

 「俺は登藤 清、宜しくお願いします。」

 この時、俺はやっと彼女の友達としてのスタートラインに立つことが出来た。 
 そして、阿部がかけたのは魔法ではなく、呪いであったことを聞かされて絶望に打ちひしがれる事を俺は知らなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隣の優等生は、デブ活に命を捧げたいっ

椎名 富比路
青春
女子高生の尾村いすゞは、実家が大衆食堂をやっている。 クラスの隣の席の優等生細江《ほそえ》 桃亜《ももあ》が、「デブ活がしたい」と言ってきた。 桃亜は学生の身でありながら、アプリ制作会社で就職前提のバイトをしている。 だが、連日の学業と激務によって、常に腹を減らしていた。 料理の腕を磨くため、いすゞは桃亜に協力をする。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

無敵のイエスマン

春海
青春
主人公の赤崎智也は、イエスマンを貫いて人間関係を完璧に築き上げ、他生徒の誰からも敵視されることなく高校生活を送っていた。敵がいない、敵無し、つまり無敵のイエスマンだ。赤崎は小学生の頃に、いじめられていた初恋の女の子をかばったことで、代わりに自分がいじめられ、二度とあんな目に遭いたくないと思い、無敵のイエスマンという人格を作り上げた。しかし、赤崎は自分がかばった女の子と再会し、彼女は赤崎の人格を変えようとする。そして、赤崎と彼女の勝負が始まる。赤崎が無敵のイエスマンを続けられるか、彼女が無敵のイエスマンである赤崎を変えられるか。これは、無敵のイエスマンの悲哀と恋と救いの物語。

おてんばプロレスの女神たち ~男子で、女子大生で、女子プロレスラーのジュリーという生き方~

ちひろ
青春
 おてんば女子大学初の“男子の女子大生”ジュリー。憧れの大学生活では想定外のジレンマを抱えながらも、涼子先輩が立ち上げた女子プロレスごっこ団体・おてんばプロレスで開花し、地元のプロレスファン(特にオッさん連中!)をとりこに。青春派プロレスノベル「おてんばプロレスの女神たち」のアナザーストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...