『ショート怪談』訪れるもの

迷子の男性

　お昼ご飯でカレーうどんを食べている時、インターホンが鳴り響いた。
　こんな時間に誰だろうか？先日は宗教の勧誘だったし、嫌なんだよなぁ。
　少し不安を感じながら、私はドアに向かって歩みを進めた。

　玄関の扉を開けると、そこには私の見知らぬ男性が立っていた。スーツ姿の彼は見た目は普通の人だが、なんだか不思議な雰囲気をまとっている人だった。
　彼は微笑みながら、言葉を口にした。

「すみませんが、お宅の方ですか？」

　私は戸惑いながらも、慎重に答えた。

「はい、なんのご用でしょうか？」

　男性は少しためらった後、口を開いた。

「実は、恥ずかしながら迷子になってしまって。この辺の道に詳しい方がいらっしゃると聞いて、お尋ねした次第です」

　見た目は30代くらいの男性で、話し方も落ち着いているこの人が迷子？
　にわかには信じ難いし、この辺の道に詳しい人なら私なんかより警官に聞いて欲しい。すぐのところに交番だってあるのだから。
　ただ、こういうやからは変に刺激するよりも、話を合わせた方が安全だろう。

「そうですか、それならどちらまで向かわれるのですか？スマホとかで地図を開けます？」

「ああ、恥ずかしながら、紙の地図でしたらありますよ」

　男性は頭をかきながら、ポケットから地図を取り出した。このご時世にスマホすら持ってないスーツ姿の人間などいるのかと驚いたが、私は彼に地図を見せてもらいながら、道案内をしてあげることにした。

　しかし、私が地図を見る手を伸ばすと、男性は突然声を荒げた。

「あ、まって！　見つかりました！！」

　彼の声は歓喜に変わり、私はその様子に驚きながら、彼の顔を見つめた。
　すると、男性の顔が変わり始めた。ずるりと皮膚が剥がれ、ぐちゃぐちゃと肉が崩れ、骨だけになった顔で、彼は笑う。

　私は恐怖に身を震わせながら、後ずさりした。男性はゆっくりと近づき、私に囁いた。

「良かったー、ここだったんですね」

　骨だけになり声帯をなくしたはずの彼の声は冷たく、不気味に響き渡った。
　私は悲鳴を上げながら逃げ出そうとしたが、足がすくんでしまった。

　すると、男性は急速に私に近づき、その手を伸ばした。恐怖で固まる私の顔の横から黒い手のようなものが伸び、彼を包んでいく。

「ありがとうございました」

　その声はどこか安堵しているようだったが、私は恐怖に耐えきれず気絶してしまった。


　目を覚ますと、私は自分の部屋にいた。汗まみれになりながら、私は呼吸を整えた。しかし、あの男性の存在が、あの黒い何者かの異様さがまだ頭に残り、心の奥底に恐怖が広がっていた。

　あの出来事は現実なのか、それともただの悪夢なのか。私は迷いながらも、彼との出会いを思い出した。彼の言葉が頭の中で反響し、私は確信した。

　あの男性は、ただの迷子ではなかった。彼は、死者だったのだ。そして、私の家に訪れたのは、彼の魂がさまよい続けているからだったのだろう。

「あの男性は、いったい何者なのだろう…」
　私は不安に満ちた声でつぶやいた。しかし、その答えを見つけることはできず、私はただ恐怖の中に取り込まれていったのだった。