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第101話 好きになって良かった。
しおりを挟む「涼を見張ってるのはねえ。頼まれた仕事とはいえ、楽しかったんだよなあ」
「何言ってんの……ちっとも楽しくないよ……。じゃあ、居酒屋の話は嘘?」
「え? いや、全くの嘘じゃない。あの時その場にいたのは間違いない。ただし、隣の部屋にいた客だけどね。あんまりうるさいんで辟易してたところに涼が来た」
「ああ……そう、なんだ」
なんだか僕は脱力した。晄矢さんは時々僕のバイト先に足を運んでいたらしい。適当な変装をして……。全く気が付かなかった。
「親父には感謝してるよ。おまえと面と向かえる口実を作ってくれてさ」
ハンドルに手を置き、僕に顔を向けてニコリと笑う。
「金にものを言わせるつもりじゃあなかったんだ。けど、会ってすぐに断言されたのはちょっと戸惑ったかな」
僕は体を売りませんってやつかな。だって、いきなり『俺の恋人になってくれ』とか言われたら、そういう危険な状況に何度も遭遇してきた僕としては警戒するの、当たり前じゃないか。
僕は一緒に過ごすようになって気持ちが傾いていった。けど、晄矢さんはそうじゃなかったんだよな。なんだか複雑。
「ずるいよ、晄矢さん。そんな事情があったなんて……全然教えてくれなかったじゃないか……」
「言えないよ。涼や両親、おばあさんに危険が及ぶようなことは、どんな些細のことでも」
「そうだけど……」
目の前を、晄矢さんの大きな手が通り過ぎ、僕の頬を捕まえた。
「許せよ。もう、なにもかも終わった」
組織が壊滅した。晄矢さんは僕が帰省している間に、両親が岐阜に来れるよう手配していた。まさかその直前にばあちゃんが倒れるとは、思いもしなかっただろうけれど。
今朝の髭剃りとネクタイは、両親が病院に着いたこと、知っての行動だったんだろうなあ。
「うん……」
僕だけ知らなかったのは、子供扱いされたみたいでちょっとだけ残念。けど、何も知らないまま晄矢さんのこと好きになってよかったと思う。
「こっち向いて……」
晄矢さんの体が、助手席の僕を覆うのがわかる。顔が近づき、息がかかる。僕は促されるまま顎を上げる。
「ありがとう……ずっと……」
全てを言い終わる前、柔らかい唇が触れる。僕の体も感情も、熱いキスに全部持って行かれた。
それから1週間、僕は想像もしなかった家族との休日を過ごした。ばあちゃんが無事退院したのを見届け、東京への帰路に着く。駅には晄矢さんが迎えに来てくれた。
岩崎から漬物を貰ったのは、それから2日後の朝だ。長かった夏休みは終わり、後期が始まる。
塾講師のバイトと予備試験の勉強に励む日々。僕らは須らく日常に戻った。
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