上 下
102 / 111

第101話 好きになって良かった。

しおりを挟む


「涼を見張ってるのはねえ。頼まれた仕事とはいえ、楽しかったんだよなあ」
「何言ってんの……ちっとも楽しくないよ……。じゃあ、居酒屋の話は嘘?」
「え? いや、全くの嘘じゃない。あの時その場にいたのは間違いない。ただし、隣の部屋にいた客だけどね。あんまりうるさいんで辟易してたところに涼が来た」
「ああ……そう、なんだ」

 なんだか僕は脱力した。晄矢さんは時々僕のバイト先に足を運んでいたらしい。適当な変装をして……。全く気が付かなかった。

「親父には感謝してるよ。おまえと面と向かえる口実を作ってくれてさ」

 ハンドルに手を置き、僕に顔を向けてニコリと笑う。

「金にものを言わせるつもりじゃあなかったんだ。けど、会ってすぐに断言されたのはちょっと戸惑ったかな」

 僕は体を売りませんってやつかな。だって、いきなり『俺の恋人になってくれ』とか言われたら、そういう危険な状況に何度も遭遇してきた僕としては警戒するの、当たり前じゃないか。

 僕は一緒に過ごすようになって気持ちが傾いていった。けど、晄矢さんはそうじゃなかったんだよな。なんだか複雑。

「ずるいよ、晄矢さん。そんな事情があったなんて……全然教えてくれなかったじゃないか……」
「言えないよ。涼や両親、おばあさんに危険が及ぶようなことは、どんな些細のことでも」
「そうだけど……」

 目の前を、晄矢さんの大きな手が通り過ぎ、僕の頬を捕まえた。

「許せよ。もう、なにもかも終わった」

 組織が壊滅した。晄矢さんは僕が帰省している間に、両親が岐阜に来れるよう手配していた。まさかその直前にばあちゃんが倒れるとは、思いもしなかっただろうけれど。
 今朝の髭剃りとネクタイは、両親が病院に着いたこと、知っての行動だったんだろうなあ。

「うん……」

 僕だけ知らなかったのは、子供扱いされたみたいでちょっとだけ残念。けど、何も知らないまま晄矢さんのこと好きになってよかったと思う。

「こっち向いて……」

 晄矢さんの体が、助手席の僕を覆うのがわかる。顔が近づき、息がかかる。僕は促されるまま顎を上げる。

「ありがとう……ずっと……」

 全てを言い終わる前、柔らかい唇が触れる。僕の体も感情も、熱いキスに全部持って行かれた。



 それから1週間、僕は想像もしなかった家族との休日を過ごした。ばあちゃんが無事退院したのを見届け、東京への帰路に着く。駅には晄矢さんが迎えに来てくれた。
 
 岩崎から漬物を貰ったのは、それから2日後の朝だ。長かった夏休みは終わり、後期が始まる。
 塾講師のバイトと予備試験の勉強に励む日々。僕らは須らく日常に戻った。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺(紗子)
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

俺の親友のことが好きだったんじゃなかったのかよ

雨宮里玖
BL
《あらすじ》放課後、三倉は浅宮に呼び出された。浅宮は三倉の親友・有栖のことを訊ねてくる。三倉はまたこのパターンかとすぐに合点がいく。きっと浅宮も有栖のことが好きで、三倉から有栖の情報を聞き出そうとしているんだなと思い、浅宮の恋を応援すべく協力を申し出る。 浅宮は三倉に「協力して欲しい。だからデートの練習に付き合ってくれ」と言い——。 攻め:浅宮(16) 高校二年生。ビジュアル最強男。 どんな口実でもいいから三倉と一緒にいたいと思っている。 受け:三倉(16) 高校二年生。平凡。 自分じゃなくて俺の親友のことが好きなんだと勘違いしている。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

処理中です...