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第88話 帰省前日

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 盛りだくさんの昨日が終わり、もうお腹いっぱい(物理的にもお腹いっぱい)。さっさと日常に戻さないと。
 塾のバイトを終え、いつも通り図書館に行った。今日は閉館までここで勉強する。

 集中してたところにスマホの振動が。晄矢さんだ。時間を見るともう4時過ぎてた。

「はい。ちょっと待って」

 室内では会話は出来ない。僕は慌てて外にでる。冷房の守護を離れると、4時とはいえまだ灼熱。建物の影に僕は立った。

「なに? 今勉強中だよ」
『ああ、ごめん。すぐ終わるよ』

 事務所から電話してるんだろうか。晄矢さんの向こうはしんとしてる。

『立花から聞いたけど、次は冬休みってどういうこと?』

 なんだよ、もう……子供か。

「そこ行くと腑抜けるって、立花さんから聞かなかった? 僕は受験生なんだから、大事にしてよ」

 うっ! と言ううめき声が聞こえた。まさか忘れてたんじゃないだろうな。

「僕は晄矢さんみたいに天才じゃないんだ。しっかり勉強時間を確保しないと来年の予備試験に間に合わない」
『いや、俺が天才とかは買いかぶり過ぎだけど。確かにそうだな……。うん、わかった』

 おや、あっさり引き下がってくれた。予備試験、司法試験の壁が高くて厚いこと、さすがに晄矢さんもわかってんだろうな。

 本音を言うと、晄矢さんには勉強方法や苦手分野の攻略法とか伝授してほしい気持ちもある。
 ああいうのは受験経験者の話を聞くのがすごく役立つんだ。けど、会うと良からぬ方向に行くのがわかってるから迂闊に頼めない。

『じゃあ、攻略法とか俺のやってた勉強の仕方、まとめたのをメールで送るよ』
「え? マジでっ! それは滅茶苦茶嬉しいっ!」
『だろ? ホントは直で伝授したいんだけど……俺も会うと狼になっちゃうからなあ』

 狼……言わずもがなだな。狼になったり豹変したり。要はケモノになってしまうと。僕はくすりと笑みを漏らす。

『あ、笑ったな。ふふ。涼の笑顔見たい』
「馬鹿……」

 せっかく電話をくれたので、僕らは今後のことを簡単に決めた。事務所のバイトは僕の夏休み中のみ週1で請ける。大学が始まったら塾の講師だけで手一杯なので原則無し。

『原則な。特例はあるわけだ』

 変なところを念押しする晄矢さん。

「あ、そうだ。明日の夜、東京を出る。帰省してくるよ」
『あ、そうだったな。気を付けて。東京駅まで送ろうか?』
「いいよ。子供じゃないんだから」

 晄矢さんの夏休みは、一応お盆にあったらしいんだけど、例の公判前だったので休みらしい休みは取れなかったとこぼしていた。

『俺も一緒に行こうかな。岐阜。明日なら何とかなる』

 冗談じゃない。僕は丁重にお断りした。


 ――――そうだ。電話ついでにばあちゃんに一度電話しておこうか。

 ばあちゃんの家に電話する。このくらいの時間ならいるはずだ。
 けれど、10回ほど鳴らしてみたけど応対はなかった。広い家じゃないし、畑にでもいるのかな。
 僕は大して気にもせず、電話を切って涼しい室内に戻った。



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