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第81話 ひと目ぼれ
しおりを挟む予想していた以上に和やかなディナーが終わった。僕は厨房に顔を出す。今日のお礼と、ここを去った日に食事を無駄にしてしまった謝罪のためだ。
「いえいえ、あの日は思いのほか陽菜さんが早くお帰りになったので、無駄にはなっていないんですよ。それに、また相模原さんに召しあがってもらえて私は嬉しいです」
シェフは能代さんという五十代半ばの男性だ。城南家の専属シェフとして、来客を大勢呼ぶパーティーから普段の夕食まで一切を請け負っている。
祐矢氏が銀座のレストランから引き抜いてきたとのことだが、和洋中のどんな料理も手を抜かないし、目も舌も極上の喜びを与えてくれる。それにしても、あの日は陽菜さん、帰ってたんだ。
――――そうか。陽菜さん、クールな感じだけど、ちゃんと家族のこと考えてるんだろうな。僕のときも同席してくれた。
ふた月ぶりに晄矢さんの部屋に入る。目の前にはソファーとテーブル。その後ろに晄矢さんの書斎机と僕の机が並んでいた。事務所と同様、ここにも僕の残像があった。
「どうした? 入れよ」
「あ、うん」
既に先に戻っていた晄矢さんは、部屋着に着替えてソファーで寛いでいた。僕はその前に座る。
「明日、立花が送ってくから、クローゼットのスーツ持っていけよ」
「え? でもあれは……」
「これからも事務所で仕事頼むことあるからさ。あって困るもんでもないだろ?」
そりゃそうだけど……それならウニクロで良かったのに。高級過ぎるんだよ……。けど、今はそのことで時間を割くのも勿体ない。僕は本題に入った。
「それで、さっきの話だけど」
「あ、やっぱり?」
やっぱりもなにも、お泊りを条件に晄矢さんが約束したんじゃないか。僕は言葉にせず、表情で気持ちを表した。
「ああ、はいはい。わかったよ……。じゃあ、まあ本当のこと話すよ」
晄矢さんは、勿体ぶるようにコホンと一つ咳をする。少し頬が赤いのは、さっきのワインのせいだろうか。
「つまりさ、俺は涼に一目ぼれしたんだな。それで……まあなんだ。ずっと付け回してた」
…………。
一瞬の沈黙。今、晄矢さん、なんて言った? 目の前ではバツの悪そうな顔をした晄矢さんが僕の顔を盗み見るようにしてる。
「ど、どういうことだよっ、それ! 嘘ばっかり!」
「嘘じゃない。本当だよ」
思わず立ち上がった僕。テーブルについた手を、晄矢さんが掬うようにして握った。
「やめ……」
「ちゃんと話すから聞いてくれ、涼」
僕はその訴えるような瞳に促され、再び浮かせた腰を下ろす。それは長い夜の始まりだった。
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